前回寄稿させていただいた「フリーペーパー専門店「Only Free Paper」設立者が選ぶ、今面白い注目のフリーペーパー5選」が予想以上に多くの反響があったということで、改めてフリーペーパーについて寄稿させていただけることとなりました。
前回はジャンル問わずのセレクトで5冊ご紹介したのですが、今回はテーマを設けました。タイトル通り、「東日本」で発行されるフリーペーパーの中から注目の5冊をご紹介したいと思います。
1.『のんびり』(秋田)

B5判/66ページ/フルカラー
発行:秋田県 観光文化スポーツ部観光戦略課あきたびじょん室
配布場所:『のんびり』の思いに共感してくださった全国各地
刊行ペース:季刊
『のんびり』は人を基軸に「あきたのほんとう」をまっすぐ伝えるフリーマガジン。第1号が発行されたのは2012年7月。現在までに12号が発行されています。
第1号を手に取ったときのことを覚えていますが、素晴らしいフリーマガジンが誕生したなぁ、と思ったものです。それは、このクオリティで「無料」ということではなく、『のんびり』の編集部の思いが、コンセプト通り純粋に"まっすぐ''伝わってきたのです。
『のんびり』は秋田県のフリーマガジンですが、制作チームとして、秋田県外と秋田県内それぞれのメンバーが一緒になってつくっているのが大きな特徴です。編集長を務めるのは『Re:S(りす)』の藤本智士氏。『Re:S(りす)』は「Re:Standard=あたらしい"ふつう"を提案する」をコンセプトに、さまざまな活動をつづける編集事務所です。
秋田と言えば、まずは「きりたんぽ」そして「なまはげ」が思い浮かびやすいかもしれません。ですが、「寒天」も秋田の食文化でとても重要だということをご存じでしょうか?「ある年代の秋田のお母さんはなんでも寒天で固めちゃう」そうです。
実に多様で、そして見た目も美しいさまざまな寒天が秋田には存在し、「サラダ寒天」「牛乳寒天」「珈琲寒天」などもあるようです。創刊号ではそういった寒天文化を通して、秋田のリアルを見てみたいと「寒天博覧会」という催しを開催するまでの経緯を掲載しています(ちなみに5号でもさらに寒天を深く取材しています)。秋田の寒天、本当にすごいです。
もちろん寒天以外にも『のんびり』は秋田の魅力をたくさん紹介しています。秋田県にかほ市象潟出身の木版画、 池田修三氏(1922〜2004)の魅力を再発見したのは『のんびり』で特集されたのがきっかけです。最新号の12号では作曲家の成田為三氏を特集。「秋田県民歌」をはじめ、51歳の生涯を閉じるまでに300以上の作曲を行ったとされる作曲家です。

秋田の魅力を内と外から見つめなおし、そしてそれは日本を見つめなおすことにもつながり、秋田が日本のユタカさを引っ張る。
『のんびり』では秋田美人の本当の意味を「容姿が美しい人」ではなく、秋田でものづくりをする人、秋田を誇りに思い旅人をもてなしてくれる世話好きな人、秋田の未来を真摯に考える若い人だという、あたらしい「ふつう」を提案しています。
これからどんな形の秋田の「ふつう」を見ることができるのか。秋田とともに秋田の未来を歩んでいるフリーマガジン『のんびり』は、まさに本当の意味で秋田美人なフリーマガジンだと思います。
2.『g*g(ジージー)』(山形)

タブロイド判/12ページ/フルカラー
発行:学校法人東北芸術工科大学
配布場所:山形を中心に学校、図書館、文化施設や書店など。県外でも書店や文化施設で配布
刊行ペース:年2回(現在は一時休刊中)
『g*g(ジージー)』は東北芸術工科大学発行する、東北芸術工科大学への理解者、共感者を広めるための広報紙。タイトルの最初の「g」は芸工大のgで、もう一つの「g」は芸術市民のg。
あの絵が好き! このデザインかっこいい! いつもの景観がきれい! こんな風に日常の中で感動できる何かを持った皆さんを「芸術市民」と名づけて、そんな芸術市民の方々と芸工大が、「+」より強い「*」で結ばれることで、新しい地域社会を創り上げていきたい。そのような思いを込めて「g*g」と名付けられたタブロイド判の広報紙です。
僕が『g*g』と出会ったのは4年ほど前、山形まなび館を初めて訪れた時でした。その時の号もタブロイド判でしたが、リニューアル前でまだ現在のデザインではなかったのを覚えています。
『g*g』の内容は芸工大が「芸術市民といっしょに創る」ことを記事にしています。芸術市民は特別な存在ではなく、日常に生きる一般の人々です。小さな子どもからお年寄りまで、みんなが芸術市民です。『g*g』が伝えていることは親しみのある芸術、とも言えます。
ある時は「日本一『さくらんぼ』祭り」で真っ赤なさくらんぼと芸工大生が制作した『さくらんぼ神輿』で山形をアピールしたニュースを、あるときは地域の人々と共に創り上げる芸術祭「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2014」の様子を、そしてあるときは芸工大で4年間学んだ生徒が自分の父親のベーカリーショップを設計し、それが地域に愛されるお店となった過程を伝えています。

生活に密着してきた高畠石の利用実態の調査の様子が表紙を飾っています。
読みやすくわかりやすく、芸工大がどんな学校で、地域社会とどうつながるようなことをしたのか。『g*g』は芸術の意味やおもしろさを伝えることはもちろん、人のあたたかさもそれ以上に伝えています。
東北芸術工科大学への理解者、共感者を広めるための広報紙であると同時に、学生と地域の人々のつながりを伝えているこのフリーペーパーには、山形という土地の素晴らしさがあふれています。
3.『田んぼと油田』(秋田)

A4判/32ページ/フルカラー
発行:秋田大学 国際交流センター
配布場所:秋田県内の書店、施設、東京都内の書店など
刊行ペース:不定期
秋田のフリーペーパー『田んぼと油田』は、秋田大学に所属する9地域33名の留学生が、県庁所在地である秋田市から車で30分ほどの豊川地区を見て、そこに住む人たちにインタビューを行い、考えたことをまとめた無料の小冊子です。
三方を山と森に囲まれ、現在は「行き止まり集落」と呼ばれている豊島地区。かつては天然アスファルト、油田で栄え、多くの人々を集めた街。
留学生の出身は中国、モンゴル、マレーシア、イスラエルなど、実にさまざまです。そんな留学生たちが豊川に生きる人、豊川で育った人々に伺った話は、豊川の歴史と人々の物語。そこには豊川という土地を愛することから生まれる希望もあれば、「このままではダメだ」という葛藤もあり、夢と現実が交差していました。
この『田んぼと油田』は、文部科学省「地(知)の拠点整備事業」に助成を受け、国立大学法人 秋田大学国際交流センターが制作・発行しています。デザインや内容などをふくめ、秋田から発信されるフリーペーパーとして、充実の内容の1冊だと思います。
4.『チャンネル』(長野)

A4変形判/28ページ/フルカラー
発行:合同会社 ch.
配布場所:長野県を中心に書店、カフェ、ギャラリーなど
刊行ペース:隔月発行 (現在は不定期。1年ぶりの最新号は2015年4月中旬発行)
長野市の小さな本屋「Ch.books」が発行するフリーペーパー。毎号「LIVE IN NAGANO」をテーマに、長野県に生きる人やものに対して、派手に飾り立てずに手を抜かず、マジメすぎずにバカすぎず、丁寧に掘り下げているフリーペーパーです。
『チャンネル』は出会ったときからずっと好きで、長野の素晴らしさを伝えているのはもちろん、毎号バラエティにとんだ内容と特集が魅力的な1冊です。


『チャンネル』は取材や制作現場がすごく楽しそうだなぁ、と読んでいると感じます。
以前の特集では「結婚」「ツリーハウス」など、特集の視点が毎号独特で、ヨシモトブックス編集長、森山裕之氏のコラム連載「はあるかぶり」、長野で活躍する人と人をインタビューする「と」、長野の美女の寝顔を大胆にも1ページ掲載の「寝顔美人」、そして『チャンネル』編集長、島田浩美さんの旅の記録「二十四の浩美〜あの頃わたしは若かった〜」などの連載も豪華で、実におもしろいものになっています。
「猫特集」では「そろそろ猫の話をしようか。」という秀逸なコピーが生まれたり、編集長の旅の思い出にはいつもどきどきだったり(現在はバングラデシュ。事件が多いです)、漫画一コマ人生相談というコーナーでは読者の悩みに答えて、ある漫画の一コマを紹介したり、などなど、特集以外の充実度がすごいです。
ですが、発行のコンセプトは、まったくぶれておらず、長野県に生きる人やものに対して「丁寧に掘り下げている」フリーペーパーです。長野でおもしろいフリーペーパーと言えば、僕は『チャンネル』と真っ先に答えます。
『チャンネル』から感じたこと。それは長野の土地や文化がそのまま伝わってくる、というよりも、もっと身近で小さな本屋「Ch.books」という小さなコミュニティの、身の回りで起きるさまざまなことから生まれる好奇心だと思います。
その小さな好奇心から、長野の魅力がたくさん伝わってくるのです。長野の良さを知るのは、まずは『チャンネル』を読んで、そして「Ch.books」に足を運んでみてから。1年ぶりに発行される次号が一体どんな特集なのか、気になって仕方ないです。
5.『Common Magazine』(宮城)

B6判/80ページ/フルカラー
発行 : 株式会社PILE
配布場所: 宮城と東京を中心に全国のアパレルショップ、レコードショップ、ギャラリー、サンフランシスコ、ニューヨークなどでも配布
刊行ペース : 季刊(現在は次号発行に向けて一時休刊中)
地方誌といっても、掲載されている内容がその土地の伝統や文化、人のみにスポットを当てていないものもあります。
Common Magazineは2006年に創刊された、「世界に誇る東北出身のアーティストをCOMMON-SENSE(常識に)!」をテーマに「東北のストリートカルチャーを独自の視点からドキュメントする」フリーペーパー。
スケボー、グラフィティ、クラブミュージックなどを掲載し、国内外問わずアーティストやミュージシャンへのインタビュー、ニューヨークやボストンのスケーターへのインタビュー、音楽フェスのレポートなどを掲載。
バイリンガルで配布場所はサンフランシスコ、ロサンゼルス、ニューヨーク、ボストン、ポートランド、台湾、そしてハワイまで。
ストリートカルチャーでも「地方発」が確実に存在していて、その地方から世界と対等に渡り合うアーティストが多数登場しています。Common Magazineは毎号、巻頭では必ず仙台や東北出身、もしくは仙台や東北を拠点に活動するストリートカルチャーに生きる人々を「HUMAN REPORT」としてピックアップ・紹介しています。
福島県会津若松生まれのペインターMHAK as Masahiro Akutagawa、イラストレーション、ペインティング、カリグラフィ作品を中心に製作し、ジャンルを超えて様々な活動を行うUSUGROW、オーダーメイドでTシャツを製作しているファクトリー「AZOTH」など。
Dogtown、Wild Style、Thrasher Magazine、そしてVANS。それらは決して日本発ではないかもしれないけれど、それらのストリートカルチャーをこよなく愛し、自分たちの土地から発信するその精神に、僕はとても共感します。

自らの手で新たなスケートパークを作ろうとするプロジェクト「Onepark」を特集したIssue No. 23。
仙台を拠点に活動するヒップホップグループGAGLE(ガグル)が発表したチャリティーソングのタイトル「うぶごえ」から設立した「うぶごえプロジェクト」など、自分たちの東日本大震災からの復興の動きも掲載。
「デザイン・企画にこだわり、本誌を一つの『作品』と考える。情報誌よりも長く手元に置いてもらえる、コレクションしたくなるアートブックをテーマに各ページデザインや取扱う企画にもこだわりを持ち、毎号を1つの「作品」と捉え、編集・発行しています」
Common Magazineの発行のコンセプトと東北を愛する思いは、日本だけではなく、海を超え、多くの人々をつなげています。
ジャンル、発行意図、発行元など実にさまざまなこれらのフリーペーパー。配布場所を記載してはいますが、こういったフリーペーパーがいったいどこにあるのか? という質問に対して、「人や何かが集まるところ」「おもしろい動きがあるところ」と一言で説明するとわかりやすいかもしれません。
そういった場所は全国各地に必ず存在します。場所や土地があって、そこに人がいて、そこから発信されるフリーペーパーたちはどれもその土地と紐づき、新しい何かが生まれる過程を記録しています。
その記録する過程が、他のどの媒体よりも、フリーペーパーは特に早く、そして深い印象があります。フリーペーパーの本当のおもしろさを知るには、まだまだ時間がかかりそうです。
1983年、福島県生まれ。フリーペーパー専門店「Only Free Paper」元代表。新聞のみの「Only News Paper」、Amazonにない本を紹介する「nomazon」、 漫画と音楽の企画「ミエルレコード」(OTOWAとの「紙巻きオルゴール漫画」で 第17回文化庁メディア芸術祭 マンガ部門 審査委員会推薦作品選出)など。企画とディレクション。本とさまざまなコトの周辺で日々動いています。