最近、20世紀を代表する政治学者であるピーター・ドラッカー氏がメンターとして経営者たちと接する中でのやり取りをまとめた『A Year with Peter Drucker』という本が話題になっています。ドラッカー氏をメンターとした経営者の中には、同じく20世紀を代表する経営者として知られるゼネラル・エレクトリック社の元CEOジャック・ウェルチ氏を始めとした大物が名を連ねています。

メンターを持つことは、外資系企業のエグゼクティブの間では比較的ポピュラーで、ビジネス上で重要な職責を担う立場の人物や経営者たちが、重要な決断する手助けや日々のプレッシャーと対峙して打ち勝つために大いに活用されています。

メンターとして設定する人物は、ドラッカー氏のように、ビジネスにおける抜群の知見や実績を持ち、相手の話を引き出し、有意義なやり取りができるスキルを持った人物であることが理想的です。しかし、なかなかそこまでの人物には巡り会うことができないので、多くの人がメンターを持てないのが実情です。

今回の記事では、こうした特別なメンターを探し出す必要がなく、それでいて一流のメンターとやり取りをする以上の効果が期待できる「ピア・メンタリング」という手法をご紹介します。

MoffやHAKUTOもピア・メンタリングを採用

まず自己紹介をしますと、私はP&Gでキャリアをスタートさせ、コンサルティングファーム、そしてライフネット生命の立ち上げに参画し、同社上場後はベンチャー企業の立ち上げや成長支援を行うインクルージョン・ジャパン株式会社という会社を経営しています。

今回ご紹介するピア・メンタリングという方法は、P&G時代の優秀な外国人マネージャーたちのメンタリングと、その後転職した組織開発専門のコンサルティングファームでの研究活動、MITのオットー・シャーマー氏からの助言をもとに開発しました。

そして数多くのベンチャー企業経営者に対する実地を通した試行錯誤に基づき、特にベンチャー起業を行う経営者にとって、最大限の効果を発揮できるよう、より実務的なものにブラッシュアップをした手法になっています。

最近では、IoTの分野で一躍有名になった株式会社Moff代表の高萩昭範氏や、先日、Googleの宇宙開発コンテストで日本のHAKUTOチームが中間賞を獲得したことなどで脚光を浴びる、日本発宇宙ベンチャーの株式会社i-space代表の袴田武史氏などが、このピア・メンタリングに長期間にわたって参加し、その飛躍の一助となりました。

「ピア・メンタリング」の概要

この手法は、古くはアインシュタインなどとも共同研究を行った著名な物理学者であるデヴィッド・ボーム氏が、自分の研究チームの中で行った話し合いのスタイル、いわゆる「ボーム・スタイル」がベースとなっています。

ピア・メンタリングでは、お互いに共通のテーマを持った6〜8人が集まり、定期的に2〜3時間程の会合を開催し、その中で互いの関心ごとや相談ごとを共有し、全員で考えます。

米国MITにて、企業のイノベーションや組織的な課題に取り組むオットー・シャーマー氏(「U理論」の提唱者としても有名)は、さまざまな企業のリーダーとの話し合いの際に、この手法を採用し、彼らにピア・メンタリングを勧めています。

ピア・メンタリングの持つ構造的特長

この手法の最大の特長は、ある時は自分が他のメンバーに弱みや悩み事を開示・相談する立場になり、ある時は他のメンバーの弱みを聞き、相談に乗る立場になることで、完全に対等な関係が保たれる点にあります。

この「対等」な立場であることで、話を聞き出す熟練したスキルが互いになくとも、やり取りを進めるうちに開示度合いを深めることができます。そして、参加者たちはビジネス上のスキルの高さや経験さえあれば、その話し合いの中で、互いに有益で実践的なアドバイスを行うことができるのです。

優れたメンターがなかなか見つからない理由の1つとして、ビジネス上の十分な経験や知見、洞察がある人物はどうしてもその経験ゆえに、一方的な情報提供を行いがちで、対話による深いやり取りが実現できないことが挙げられます。

一方で、十分な経験や知見がない人物をメンターにしてしまっては、話を聞いてはもらえたものの、パフォーマンスの向上や問題解決を得ることをあまり期待できないという状況に陥ってしまいます。

ピア・メンタリングの準備・実践方法

Step1.6〜8人の固定チームを募る

まず、この営みに参加するメンバーを選定し、声掛けを行います。選定のポイントは、以下の3点となります。

・ピア・メンタリングへの参加に対する興味や高いニーズ(悩み)がある

・ビジネスマン・事業経験者としての高い実績や試行錯誤の経験がある

・参加者同士が日常の仕事で、互いに課題の当事者同士になっていない

特に、こうした「気兼ねなくじっくり相談できる場」に対するニーズは、皆さんが普段思っている以上に多くの人が持っていますので、幅広く声掛けをしてみることをお薦めします。

Step2.12週間の予定を固定する

前出のMITオットー・シャーマー氏は、自分の運営経験上からも、この営みを「12週間、毎週連続で行う」ことを強く勧めています。冒頭にも述べた通り、この会の参加者たちは、互いに有能であることが重要ですので、多くの場合は多忙です。

12週連続して開催する場合、参加候補者の3カ月分のスケジュールを集約した上で開催日程を決定するという手順が不可欠になります。そのため、参加者が確定後、1カ月程度経過してから初回が開催されますことを見込んでおきましょう。

Step3.初回を開催する

開催は、参加メンバー全員が一同に顔を合わせることができる、6〜8人で1島のテーブルで行います。初回開催のアジェンダとしては、以下のようなイメージです。

開催背景の説明

発起人した人物が、自分個人としてどんな背景や理由があり、こうしたピア・メンタリングを開催したくなったかを共有します。

1人1人の自己紹介

発起人と同じように、各参加者が、参加するに至った背景、この場に求めることを共有します。

対話スタイルの確認

下記に示す、この場での話し合いのスタイルについて確認を行ないます。このスタイルは前出のデヴィッド・ボーム氏が自著『On Dialogue』の中で詳しく解説をしており、「ボーム・スタイル」(お互いが話の流れに沿って、思い浮かんだことを述べていくダイアログと呼ばれる話の進め方)として知られています。

対話におけるルールは以下のようなものになります。

・対等で自由な立場で参加する:たとえば「未来の教育」が話題となって会話をしている時に、「大学教育の専門家として言えば、これは◯◯」というように、肩書などを提示し、権威づけして話をしない。どの分野であっても、専門家・素人といった背景や立場を超えて、対等で自由に会話をする。

・自分の考えにこだわらない:いわゆる「仮説の保留」を大切にし、すべての意見や考え方、推測は現時点での1つの仮説にすぎない、あとで変わるかもしれないという前提で会話を進める。

特に、「この答はAに決まっている!」といった断定的な話し方をしてしまうと、別の考えを持った参加者が「いや、そうじゃなくて...」と、かなり強力な反論をしなければならなくなってしまう。会話の語尾を「◯◯かもしれない」とするだけで、こうした断定表現を防ぎ、仮説の保留を行ないやすくなる。

・自分の考えや背景をオープンにする:自分の感情面での感じ方、たとえば「この話をしていると、なんだかモヤモヤするんです」「僕は、そういうものの見方がキライなんです」といったことを、素直に言葉にして表現する。そして、その後に自分がなぜそのように感じるのか、その背景や事情、背後にある考えを丁寧に説明する。

・人の意見の背景を理解しようとする:他の人の発言が、自分にとってスッと理解できなかったり、受け止められない内容だった時に、「それは間違った考えだ」と断定するのでなく、「なぜ、そのように考えるのか、その背景を知りたい」というスタンスで接する。

特に、人の発言1つひとつに対して「それは正しい」「そこは間違っている」など、正誤や善悪の判断をしてしまっている時は、そうした判断をストップし、その背景を尋ねる質問をする。

仮のダイアログの開始

上記のルールを意識し、「互いに今気になる話題」というテーマで、全体の話し合いを行ないます。

チェック・アウト

予定時間が終了したら、最後に参加者1人ひとりが、その時の素直な気持ちを、順番を決めずに1〜2分で言いっぱなしにして共有します。

これは、互いのリフレクション(振り返り)を目的とするため、質問をしたり、相手の話に突っ込むことはしません。なお、この「順番を決めない」というルールは、話し合いの自主性を保つ上で極めて大切です。ですから、「じゃあ、右回りに順番で」とは、しないでください。順番を決めた瞬間に「順番が来るまでは自分が何を話すかソワソワし、順番が終わったら安心して集中力を欠く」といったことが起きてしまいます。

Step4.2回目以降を継続開催する

2回目以降の開催は、以下の手順にて行います。

冒頭に各人がチェック・インを行う

上記で説明したチェック・アウトの逆で、会が開始する際に、自分がその瞬間気になっていること、最近考えていることなどを、やはり順番を決めずに1〜2分で言いっぱなしで話します。この内容は、必ずしも現在の悩みである必要はなく、純粋に自分が気になっていることを共有します。

自由にダイアログ(対話)を行う

チェック・インの内容などを踏まえ、自由に対話を行っていきます。この対話の中では、自分が気になっていること、他の人が気になっていることがゆるやかに行き交うようになりますので、気負わずに対話を進めていきます。

時間が来たらチェック・アウトを行って閉会する

予定の時間が来たら、1回目と同様にチェック・アウトをして閉会します。

以上の流れを、12回繰り返すのがピア・メンタリングの進め方となります。

実際にどのような変化が起きるか?

このように、進め方のプロセスは至ってシンプルなピア・メンタリングですが、実際に開催すると、回を重ねるたびに、以下のような変化が起きます。

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まず、1〜2回目では、お互いに知らない相手同士での会話なので、あまり互いの心情まで含めた開示は行われません。これが、回を重ねて3回目を過ぎるあたりから、互いの信頼感、顔見知り感が高まり、徐々に心情的な部分、本質的な悩みなどが開示されるようになります。

それを受けて、メンバー同士でのやり取りの踏み込みが深まり、本質的な課題や悩み、問題点について活発で深いやりとりがされるようになっていきます。そして、これらの指標が高まっていくにつれ、互いに「この場であれば、気兼ねなく何でも受け入れてもらえる」という感覚が醸成されていきます。この要素は、心理学的に「安全地帯」と呼ばれるものです。

小さい子どもが、両親の所でいつも受け止められると安心を感じるほど、外に出た時は、積極的に活動し、リスクを取ることができるようになることが知られていますが、「安全地帯」とはまさに、こうした心境を指します。

こうして、回を重ねるごとに、この「安全地帯」効果が高まっていき、参加するメンバーは、互いに有意義なアドバイスをしたり、検討などをすることに加え、より積極的なチャレンジに取り組み、日々のプレッシャーや重責と向き合いやすくなっていくでしょう。

実施する際のFAQ

最後に、実際にピア・メンタリングを主宰し、運営する際のFAQをまとめます。

Q:毎回の所要時間は、大体どのくらい必要ですか?

A:たとえば、19:30〜22:30など3時間程度の開催で、十分な効果が発揮できます。間に10分程の休憩をはさみ、前後半それぞれ90分程度というのが、集中しやすい運営です。

Q:開催する場所は、どのような所がいいでしょうか?

A:参加メンバーの会社の会議室などが、お勧めです。可能であれば、毎回同じ場所での開催だと、運営も安定し、参加者たちも話し合いに集中しやすくなります。都市部であれば、貸し会議室などもお勧めです。

Q:話し合いのテーマなどは特に定めなくていいですか?

A:実際に運営してみると、特別なテーマを設定せずとも、話し合いは進んでいきます。毎回冒頭のチェック・インなどで興味感心が共有され、開催を重ねるごとに互いの背景などが、どんどんわかっていきますので、テーマ設定は不要となります。

Q:開催時以外で、どのようなことをすると効果的ですか?

A:その場で話をした内容、気になったことなどを日常の業務で試してみたり、そこで接する人たちに共有したりすると、フィードバックが集まり、さらに効果的になります。また、毎回のやりとりを逐次議事録に取り、参加者内のみで共有する方法も効果的です。

Q:12回の開催が終ったあとは、どうするのですか?

A:参加者全員で、その後どうするかを検討します。場合によっては、さらにこの営みを継続することもありますし、場合によっては数カ月に1度集まろう、という話になることもあります。

いかがだったでしょうか? 日常の中で頼りになる相談相手が欲しい、ピーター・ドラッカーのような素晴らしいメンターに巡り会ってみたい、といったことが頭をよぎった方は、ぜひともこのピア・メンタリングを実践してみてはいかがでしょうか?

吉沢康弘(よしざわ・やすひろ)/インクルージョン・ジャパン株式会社ディレクター

150429peer_mentoring003.jpg1976年神奈川県生まれ。東京大学大学院工学系研究科修了。P&G、組織開発コンサルティングHumanValue社、同社でのWebベンチャー創業プロジェクトを経て、ネットライフ企画(ライフネット生命保険の前身)に参画。ライフネット生命保険にてマーケティング・事業開発を担当後、ベンチャーの創業・成長を支援するインクルージョン・ジャパン株式会社を創業し、現在に至る。研究者であった父の影響から、マーケティング・事業創出・組織マネジメントなどをアカデミックな視点で捉え、実業での経験をベースとして、その内容をとりまとめ、情報発信や他事業への展開を通して活用・検証することをライフワークとする。