『コンサルティングの極意: 論理や分析を超える「10の力」』(岸田雅裕著、東洋経済新報社)の著者は、「東大に入ったものの、霞ヶ関にも、財閥系企業にも銀行にも憧れはなく」、下積みよりいまのやりがいを求めたかったためパルコに入社したという人物。その後、さまざまなプロセスを経て、コンサルタントとして活躍しているそうです。つまり本書は、そんな異色の経歴があるからこそ生まれたものともいえるでしょう。
実際の経験から学んだことを軸として、コンサルタントに必要な能力・資質である「10の力」を各1章ごと、全10章という構成によって解説した内容。各章のタイトルおよびサブタイトルは、次のようになっています。
聞く力 相談されることから仕事は始まる先見力 常にクライアントの利益を第一に考える
献身力 正しい方向にクライアントを導けるか
突破力 自分の限界を超えるまで考えて考え抜く
巻き込み力 志とコミュニケーションで人を動かす
共創力 共にプロジェクトを創っていく
好奇心 常に新しいことを学び続ける
歴史観 歴史ぬきにブランドは語れない
忘れる力 ストレスは上手にコントロールする
恋愛力 個人と個人で惹かれ合う関係を築けるか
根本的な考え方を知るために、きょうは第1章「聞く力 相談されることから仕事は始まる」に焦点を当ててみたいと思います。
コンサルタントとはなにか
一般によく理解されているとはいえないのが、コンサルタントという仕事。それどころか「自称コンサルタント」が詐欺事件を起こしたりすることもあるので、さまざまな誤解を受けることもあるといいます。そんなこともあり、著者はいつも「コンサルタントとはどういう仕事か」を「プロフェッショナル」という観点から説明するのだそうです。
プロフェッショナルということばは、「プロ(前)」と「フェス(告白する、申告する)」に分解でき、諸説あるとはいえ、その意味は「人前で自分の信仰心を明らかにする」というもの。この根底にあるのは、かつてキリスト教がローマ帝国から適正宗教とみなされ、信者が危険な目に遭うこともあったという史実だといいます。つまり著者は「プロフェッショナル」の語源が内包する厳しいコンフィデンシャリティ(守秘義務)を引き合いに出し、コンサルタントにもそれが求められると主張しているわけです。
つまり、そのような職業を選んだということは、「守秘義務を守ることや、顧客の利益を先んずること、利益相反を避けることを誓ったということ」だという考え方。(20ページより)
コンサルタントには聞く力が必要
コンサルタントは、しゃべりがうまいとか、パフォーマンスが巧みだとか、押し出しが強いと思われがち。しかし実際には、自分が正しいことを証明する職業ではないと著者。なにかに悩んでいるクライアントが持っている仮説について一緒に考え、もしもその仮説が正しければ、「正しいですよ」と背中を押す。違っていたなら、「こういう選択肢もあるんじゃないですか」と提示する。「あなたならどうする?」と聞かれたら、「私だったらこう考えます」と助言する。つまり、クライアントが自分の進むべき道を見つけるための手助けをする役割だということ。
もちろん正しいと思うことをいわなければならないわけですが、それを受け入れてもらおうと思ったら、まずは話す力よりも聞く力の方が重要。特にお互いの意見が違うときは、相手が解決策を自分の意思で選択し、自信を持って決断できるようにする必要があるといいます。
そしていちばんいいのは、何度か話し合いをするうち、コンサルタントが提案した解決策を、クライアントが「自分たちも前からそうするのがいいと思っていた」といい出すこと。「それは私たちがいった意見です」と主張するのではなく、「クライアントはコンサルタントと仕事をしていくなかで、コンサルタントの提案を自分たちの意見としてしっかり固めたのだろう」と考えるべきだということです。
違ういい方をするなら、コンサルタントに重要なのは自己主張ではなく、「聞くことによって引き出す」ことだという考え方。(23ページより)
聞く力のベースは語彙力
「聞く力」を養うには、語彙力を磨くことが重要。なぜならコンサルタントの場合、「聞く」といっても、ただ黙っていれば相手が勝手に話出すというわけにはいかないから。ある程度、相手と実りのある会話を重ね、こちらが相談するに足る人間だと思ってもらわなければいけないということです。
また相手との間に年齢の開きがあった場合、人生経験や読んできた本の数も違って当然。そうでなくとも経営者や経営幹部には教養のある人が多く、語彙力にも差が出てくる可能性があるため、コンサルタントはそこで背伸びをしなければならないと著者はいいます。
いまの70代は漢文の素養がある人も多い。全共闘世代は学生時代にマルクスや左翼系の難解な本を読んでいますし、日本人の歴史観に大きな影響を与えた網野善彦さんなどの著作を読破しています。ですから彼らが若いころに読んだ本を読まないと、「教養が足りない」と思われてしまう。(29ページより)
いまはボキャブラリーが幼稚なまま社会人になった人が多いと著者。しかし相手に聞くためには質問をしなければならない。そのためには語彙が必要だという考え方です。(28ページより)
質問するには下調べが必要
たとえば企業の社長に「社長を経験しなければわからないこと」を聞いてみたとしても、本音が帰ってくるとは限りません。相手に関する情報をしっかりと頭に入れておかないと、信頼されることもないでしょう。
そこで著者はそういうとき、その社長の足跡を徹底的に調べるのだそうです。いまはインターネットで過去の新聞、雑誌などでのインタビュー記事や発言録を読むことも可能。企業のサイトで社員向けのメッセージを出していることもありますし、その気になればかなりの情報を得ることができるわけです。
そしてその後、すべての出来事をノートに書き出し、「そのとき彼がなにを考えたか」を想像し、さらに「いまはどういう悩みを持っているか」などを考えてみる。こうしたことをしてから社長に会うのと、下調べをせずに会うのとでは、会話の質がまったく違ってくるといいます。
人間は、自分に対して本当に興味を持って、敬意を抱いているとわかる相手に対しては好意を持ち、そういう相手の質問にはきちんと答えてくれるもの。だから、下準備は欠かせない。しかし下準備が大切なのは、コンサルタントだけではなく、他の業種にもいえると著者は主張しています。(32ページより)
印象的だったのは、行間からにじみ出てくるストイックな姿勢。自分の仕事に自信を持っているからこそ、謙虚に現実と向き合おうという思いが伝わってくるのです。そういう意味ではコンサルタントを目指す人だけではなく、すべてのビジネスパーソンにお勧めできる一冊だと思います。
(印南敦史)