『雑談力がアップする「ひと言」の魔法』(水橋史希子著、ぱる出版)の著者は、26年間にわたり日本航空(JAL)の客室乗務員(CA)として活躍してきた人物。本書では、そのような経験のなかで培った「おもてなし会話術」を紹介しているわけです。
ここで著者が提唱しているのは、コミュニケーションのきっかけを作る実践方法である「言葉の種まき」。ひと言を添えるだけで、相手との会話が驚くほど良好になるコミュニケーション手段だそうです。
長年の経験からご搭乗時の雰囲気でその方がいつもご利用される顧客なのかわかるようになっていましたので、「おはようございます。いつもありがとうございます」と「いつも」の種まきをしていました。たった3語ですが、この言葉でお客様は自分自身に言ってくれているんだと親しみを感じ取ります。(「はじめに」より)
つまりは、言葉によるちょっとした気づかいということでしょうが、その効果は絶大だとか。相手にも自分にも、心にプラス効果が生まれるのだそうです。第5章「あなたの印象度をワンランク上げるテクニック」から、いくつかを引き出してみます。
あらゆる「共感」は好感につながる
フェイスブックで、たくさんの「いいね」をもらえるとうれしいもの。それは、「いいね」を通じ、多くの人から「小さな承認」を得ているからだと著者は分析しています。承認は、誰もが持っている「まわりの人から認めてもらいたい」という欲求のひとつ。だからこそ、日ごろから身近な人と共感し合えていれば、お互いの存在がさらに近くなるわけです。
フェイスブックで「いいね」をもらえるのは、食事ネタ、天気、ペットの話題など、どこにでもあること。誰もが「うん、そうだね」と思える、何気ない日常の会話です。だから、そのまま言葉の種まきとして発すれば、周囲の人からの共感を得ることができると著者。
「桜の季節ですね。花粉症は大丈夫ですか?」「空の色がきれいですね」
「今朝、地震がありましたよね。結構揺れましたね」
「今日のランチは何にしたの?」
「あそこのラーメン、おススメだよ」
(161ページより)
日々、自分から発する小さな言葉の種まきによって、たくさんの共感と承認を得ること。それが円滑な人間関係への第一歩だといいます。(160ページより)
会話のコミュニケーションでは、まず「そうですね」で共感
「イエス・バット(YES・BUT)法」とは、相手にマイナスの感覚を与えずに反論するためのコミュニケーション方法。ポイントは、相手の話に賛成できず、自分の考えを伝えたい場合でも、「いえ。それは違います」と即座に反論しないことだとか。
まずは相手の考えをじっくり聞き、「はい、そうですね」「おっしゃるとおりです」「なるほど」などの言葉によって認めることが大切。そうやって受け入れたうえで反論した方が、その後の会話がスムーズに進むそうです。なぜなら、相手は拒絶された感覚にならず、反対の考えを受け入れることができるから。
また、話をするときに「いや、それは〜です」というように、相手の意見を否定することは避けたいところ。「いや」「いいえ」「そうではない」「それは違う」など、否定する言葉から始まる会話は、相手にマイナスの印象を与えてしまうからです。そしてその感覚は、会話が終わったあとも植えつけられてしまうもの。
「なるほど、たしかにそういうことはありますね」「私はこのように考えているのです」
「いかがでしょうか?」
相手の意見が自分とは違う場合も、はじめから切り捨てることなく、まずはキャッチすることが大切だということ。
なお、共感力のある人は、人の気持ちをわかろうとする人で、それは同情することとは違うそうです。人の気持ちに寄り添うことと、その気持ちになってしまうこととはまったく別だということ。親しい友人が悩んでいるとき、一緒に悩んでいても暗い気持ちになるだけ。話を聞きながら共感し、その人自身が前向きな答えを見つけることができるよう解決法を導き出していくことが、相談相手としてベストだと著者は記しています。(162ページより)
無理な笑顔より表情のバリエーションを
「笑顔と真顔の差をなくしましょう」
これは、フライト前の打ち合わせで声に出していた、CAたちの表情についての注意点だそうです。接客時は笑顔でも、作業中などに真顔になってしまうとギャップが生まれ、つくり笑顔だという印象が強くなってしまうもの。「その笑顔ががんばってつくられている」と感じると、相手の気持ちとの間にへだたりができて当然です。
だからこそ、日ごろからなるべく自然で穏やかな表情を維持したいところ。がんばってつくり笑顔になるより、表情のバリエーションをもっていた方が、コミュニケーションの幅が広がるといいます。特に言葉の種まきをするときの表情を意識すると、相手に言葉以上の気持ちが伝わるものだと著者は主張しています。
また、姿勢と声のハリも大切な注意点。なぜなら声は、自分で考えているよりも、はるかに強い印象を与えるものだから。暗い声、ぼそぼそとした力のない声は、「やる気なし」「不機嫌」「自信がなさそう」「希望がない」などの否定的なイメージをつくってしまうもの。そしてそれが、「まわりへの気配りができていない」という印象に結びつきます。おおげさにいえば、「つきあいたくない人」「関わりたくない人」ということになりかねない。最初のひとことで、そこまでの印象を与えかねないということです。
「姿勢をよくして、おなかから声を出そう」と意識するだけで、声は変わるそうです。そして、しっかりした声を出せば、「やる気があり、自信があり、希望もあって心配りができる人」という印象になるとか。言葉の種まきにとっては、声も重要な要素だということです。(168ページより)
きれいすぎる敬語よりも自然体
接客業の言葉は、セリフどおりになっていてはお客様の心に残らないもの。ベストは、その人らしさが出る自然体の言葉。逆に、長い間フライトで接客をしてきて、一番したくなかったことは「慇懃無礼」な態度でお客様に接することだったそうです。慇懃無礼な態度とは、「うわべではていねいなようにしているが、とても偉そうな対応をすること」。いわゆる「上から目線」だということです。
正しい敬語を使うことは大切だけれど、言葉づかいが完璧すぎると、かえって相手に嫌な感じを与えてしまうことがあるもの。心がこもらない、マニュアル的な態度をされたと思わせてしまうわけです。また心理的にも、相手を寄せつけない壁をつくるとか。むしろ完璧でなく、少し足りないくらいの方が、安心感を与えて居心地がよくなるといいます。それは、言葉の種まきで始まる会話も同じ。
【フライトでの会話】《会話A》
お客様「君は何年フライトしてるの?」
CA「はい、今、10年になります......」
《会話B》
お客様「君は何年フライトしてるの?」
CA「えっと、まだまだ未熟ものなんです」
《会話C》
お客様「君は何年フライトしてるの?」
CA「お客様、それに答えたら年がばれますから。どのくらいに見えますか?」
(175ページより)
Aの会話では「あ、そうなんだ」で会話は終わってしまいますが、Bの場合はお客様の興味を引き出すことが可能。会話Cはさらに上級者で、「どのくらいに見えますか?」と質問することによって、お客様の気持ちを惹きつけています。自然体で対応することにより、相手をリラックスさせる。それが真のおもてなしにつながると著者はまとめています。(173ページより)
考え方に説得力があるのは、実際のCA経験に基づいたものだからでしょう。そしてその考え方や方法論は、日常での会話にも活かせるものだと思います。
(印南敦史)