「経営理念はなぜ必要なのか?」
「ブレない経営理念はどうつくるのか?」
「経営理念を浸透させるにはどうしたらいいのか?」
(「はじめに」より)
『経営理念の考え方・つくり方』(坂上仁志著、日本実業出版社)の著者は、上記のように思ったことがある人のために本書を執筆したのだそうです。つまり対象は中小企業の社長や、大企業内で経営理念の重要性を再認識したリーダー、これから起業しようとしている人など。そして、「経営理念って、よくわからない」という人も。ニッチなようで意外にターゲットは広そうです。
ただし経営理念について理解したいのなら、まずは基本的な部分から学ぶ必要があるでしょう。そこできょうは基礎の基礎というべき部分について記された第1部第1章「経営理念に関する誤解」から、いくつかを引き出してみたいと思います。
なんのために経営理念について知りたいのか?
経営理念について考えるときには、自分自身の考えをはっきりさせることが大切。別の言葉に置き換えると、「自分自身に問う」ことでもあると著者はいいます。それは、自分自身のなかにある「動機」を見つけるということ。そして経営理念について考えていくと、次のようなことがらに突き当たるそうです。
「なんのために経営理念を知りたいのか?」
「なんのために経営をしているのか?」
「なんのために働いているのか?」
つまり、他人が決めることでもなければ、「これが絶対に正しくて、これが絶対に間違っている」というものでもないということ。絶対の答えがない世界であり、自分で自分の答えを見つけ出さなければならないということ。そのときのヒントは、「なんのために」。つまり、その目的や動機に気をつけ、「理由の理由」を見つけ出すことが大切だというわけです。(8ページより)
売り上げを高めるために経営理念はあるのか?
著者が主催する経営理念セミナーで話を聞くと、積極的な経営者に限って「売り上げを高めるために経営理念をつくろうと思っています」というのだそうです。ただし、この考え方は間違ってはいないものの、少し誤解があるのだとか。しっかりとした経営理念がある会社は、業績がよい傾向があるものの、だからといって、経営理念をつくったから必ず売り上げがアップするわけではないということ。経営理念がある状態をつくるだけで、業績アップを期待しすぎない方がいいということです。
では、経営理念と業績に関係はあるのでしょうか? この問いに対して、著者は「YES」、関係があると断言しています。そして、ここで引用しているのは、『収益結晶化理論』(宮田矢八郎著、ダイヤモンド社)内の、「会社の売上高と経営理念のある比率は正比例の関係にある」という考え方。
・売上~2.5億円=「理念がある」が47%
・売上~10億円=「理念がある」が57%
・売上~30億円=「理念がある」が70%
・売上30億円以上=「理念がある」が76%
また、利益と経営理念の関係もほぼ同じような正比例の関係になるのだといいます。つまり、経営理念と業績は正比例するといえるわけです。(10ページより)
経営理念と社是、社訓は違うものなのか?
では、社是、社訓、クレド、モットーは同じものなのでしょうか? それとも違う? この点をはっきりさせておくことが大切だと著者。
社是 = 会社が是(正しい)とするもの
社訓 = 会社で守るべき教え(訓は教えの意)、会社の教訓
信条 = 信ずる道理(条は筋の意味)
モットー = (イタリア語)方針、信条、スローガン
スローガン = (英語)理念や目的を、簡潔に言い表したおぼえやすい句
クレド = (ラテン語)「志」「信条」「約束」を意味することば
ウェイ = (英語)道、やり方、方向性、価値観
行動指針 = どのように行動するかの基本となる方針
ミッション = 使命、重要な任務、命を捧げる覚悟があるもの、ブレないもの
ビジョン = 将来の構想、展望、自社が目指す姿
バリュー = 価値観、価値基準、判断基準
ちなみに社是と社訓は同じように見えますが、より正確に考えると違うそうです。以下の実例で、具体的な違いを確認してみましょう。
三菱重工業「社是」
一、顧客第一の信念に徹し、社業を通じて社会の進歩に貢献する
一、誠実を旨とし、和を重んじて公私の別を明らかにする
一、世界的視野に立ち、経営の革新と技術の開発に務める
ヤマトホールディングス「社訓」
一、ヤマトは我なり
一、運送行為は委託者の意思の延長と知るべし
一、思想を堅実に礼節を重んずべし
三菱重工業の場合は「社是」なので、会社が是(正しい)とするもの。3つの是を要約すると、「貢献することが是」「和を重んじることが是」「技術の開発に務めることが是」、つまり、それらが会社として正しいことだといっているわけです。
対するヤマトホールディングスの場合は「社訓」ですから、会社で守るべき教訓。「こうするべし」という教えになっているのはそのせいです。特に1つ目(ヤマトは我なり)は、「自分自身=ヤマト」という意識を持ちなさい」という思いであり、教え。この教えが社訓となるわけです。
つまり、三菱重工業の社是を「社訓」に変えたり、ヤマトホールディングスの社訓を「社是」にしたりすると、それぞれ3つの文章が少しおかしくなるわけです。たとえば三菱重工業の社是の3つ目(世界的視野に立ち、経営の革新と技術の開発に務める)は、社是(=会社が是とするもの)であっても社訓(=会社で守るべき教え)ではないということ。
こうして考えると、社是と社訓との違いがよくわかるのではないでしょうか。なおすべては書き切れませんが、本書では信条、モットー、スローガン、クレド、ウェイ、行動指針、ミッション、ビジョン、バリューについてもわかりやすく説明されています。(17ページより)
これらを確認しただけでも、経営理念がどのようなものであるかが理解できるのではないでしょうか? なお、こうして目的などを含めた基本的な部分について触れたあと、第2部では経営理念を考えるための手段など、具体的なことがらについても詳細に解説されています。先に触れたとおり、なんらかのかたちで経営に関わる人にとっては、とてもわかりやすい構成です。ぜひ一度、手にとってみてください。
(印南敦史)