「子育てサークル」と聞いて、どんな光景を思い浮かべますか? 晴れた空、公園の芝生、走り回る子ども、談笑する母親たち......。
筆者が仲間と運営している子育てサークルは、最後の部分が違います。談笑しているのは母親だけでなく、父親も自然にそこにいるのです。いろんなパパがいて、いろんなママがいて、いろんな家族のカタチがあって。設立から2年半。「パパもママも同じ子育て仲間」をモットーに立ち上げた子育てサークルは、今日もたくさんの笑顔であふれています。
筆者はフリーランス翻訳者。在宅でライフハッカーなどのサイトに翻訳記事を書きながら、7歳と3歳を育てる「子育て主夫」をしています。ありがたいことに最近ではだいぶ仕事も増えたので、子育て主夫というよりは、「ワーキングファザー」(ワーパパ)と言った方がいいかもしれません。最近よく見るワーママ動画は自分のことではないかと思うほど、お迎え時間に追われる日々を送っています。
妻は研究者で育児休業を取りにくく、第1子、第2子どちらのときも生後2カ月で職場に復帰しました。平日の帰宅は、ほぼ深夜。そこで我が家では、比較的自由のきく私が、ずっとメインで子育てをしてきました。
(正確には、第1子のときはサラリーマンとして2年間の育児休業を取って子育てに専念したのですが、その後さまざまな事情が重なり、退職して兼業主夫になりました。そのあたりの経緯は、著書『子育て主夫青春物語』をご覧ください)
立ちはだかる男女の壁

長男の育休生活が始まったころは(多くの育休パパがそうであるように)、女性ばかりの育児の世界になじめずにいました。生後4カ月ごろ、「ママ友を作ろう」と意気込んで、一度だけママの集う場所に行ったことがありましたが、会話も盛り上がらず「あんなところ男の行くところじゃない」と、自ら壁を作ってしまったのです。ママ界デビューに失敗した私は、家に閉じこもる、いわゆる「孤育て」に邁進しました。
1日中、泣くばかりの息子と2人っきり。話し相手もいない状態に、日々気持ちは鬱屈していきます。これはヤバいと感じた私は、ベビ連れで東京中を散歩するなどの工夫をしながら、何とか孤育てを乗り切っていました。
でも、それも1年と続きませんでした。息子が1歳に近くなるにつれて、モンスター化に悩まされるようになったのです。手抜きとはいえ、せっかく作った離乳食を、手でぐちゃぐちゃかきまわした挙句、壁にビシャッ。......あの瞬間の無力感といったら、経験した人にしかわからないでしょう。ほかにも、ここには挙げきれないほど、悩みはつきませんでした。夜、帰宅した妻に悩みを相談しても、あまり共感を得られません。それもそのはず。だって妻は、この時期の子育てを経験したことがないのだから。
「そうか、子育ての悩みに、性別は関係ないんだ!」
そう思った私は、悩みを共有できる仲間を求めて、遠ざかっていたママ界のドアを、再び叩くことにしたのです。
壁は、自分で作っていた

決意を新たに向かった児童館。1回目は、前回と同様、話す相手も見つからず、30分で逃げるように帰ってきました。2回目は1時間がんばってみました。そして3回目、「前も来てましたよね」と、1人のママさんが声をかけてくれたのです。いろいろ質問してくれたので、話も盛り上がり、自然と何人かのママさんと話せるようになりました。離乳食の悩みも、ここにいるママさんは全員がわかってくれました。不思議なもので、こうして共感してもらうだけで、気持ちがすっと楽になっていくのを感じていました。
「こんなに居心地のいい場所から、なぜ遠ざかっていたのだろう」
そう思ったときに気がついたのです。壁は、自分で作っていたのだと。
それからというもの、心の中にある壁を取り払うことを意識するようになりました。息子が1歳1カ月のときに妻の仕事で渡米したのですが、そこでもなるべく、男女を意識しないで"自然体でそこにいる"ことで、どこでも受け入れてもらえるようになりました。それ以降、子育てが総じて楽しいものになりました。
「孤育て」に悩むパパママに、外出のきっかけを

そんな経験があったため、2011年に帰国して次男が生まれたときには、すぐに活動を開始。妻が復職した生後2カ月から、次男を連れてあちこちに顔を出しました。そのころには日本でも育休を取るパパが増えており、Facebookなどのソーシャルツールもうまく使いながら、たくさんのパパママと知り合いになりました。
そして、多くの育休パパママの復帰が近づいた3月のある日、「最後に何かしたいね」と盛り上がり、公園で1品持ち寄りランチピクニックを企画しました。これが大盛況で、平日にもかかわらず、約30組の親子が集合。1歳にもならない子どもを抱きながら笑顔で話すパパママの姿を見ているうちに、これは社会的に意味があることなのではないかと思うようになりました。1人目で"孤育て"に悩んでいた私のようなパパママに、外出のきっかけを作ることの重要性を感じたのです。
そこで、数人の仲間に声をかけて、新しい子育てサークルを立ち上げることにしました。
パパの育児を「あたりまえ」に

設立にあたり、外出のきっかけ作りのほかに、もう1つ目標を定めました。それは、パパの育児を「あたりまえ」にすること。
時は2012年、イクメンブームのまっただなかで、パパサークルなどが増えている時期でした。私もパパ活動に参加していたので事情は知っていたのですが、パパサークルやパパ育児講演会に集まってくるのは、アツいパパばかり。イクメンブームは父親の育児に注目を集めたという点で大成功を収めたのですが、明らかな2極化が起こっていたのです。
メディアを通して見る「イクメン」の姿は、身の回りにロールモデルがいない限り、どうしても別世界のことのように思えてしまいます。つまり、「非イクメン」の目から見たら、イクメンはただの「別世界の人」でしかないのです。2極化は、対立を生みます。名詞が浸透している分、「どうせあの人はイクメンでしょ」という風に、言い訳に使われてしまうのです。
そうではなくて、アツくない"普通のパパ"にも、ぜひ育児に積極的にかかわって、早いうちにその素晴らしさを知ってほしい。そうでもしなければ、2極化がさらに進み、イクメンは一過性のブームになってしまう。ブームではなく、「あたりまえ」にすることが重要なのに。
出会うこと。違いを認めること

多くの場合、ママは自然に仲間を作ります。ところがパパたちはそれが苦手なことが多く、公園などで隣り合っても、会話が生まれることはほとんどありません。一方の私は、ずっとメインで育児をしていたため、たくさんのママと知り合いでした。児童館などで知り合ったママたちですから、同じ地域に住んでいる以外は、ほぼ共通点はありません。夫がイクメン・非イクメン、どちらの場合もあるでしょう。
そこで、そのママたちに、夫を連れてきてもらえばいいと思いついたのです。夫を連れてきてもらえば、イクメンと非イクメンが出会うことができる。そうすれば、イクメンが別世界ではなく身近にいること、そして、決してスーパーマンではなく、悩みながら試行錯誤している「同じ人間」であることがわかってもらえる。そうやって出会うことでお互いの理解が深まり、2極化の溝は、自然と埋まっていくのではないだろうか。
「パパもママも関係ない「子育て仲間」」をモットーとするサークルは、こうして立ち上がったのです。
男女の壁をなくす5つのメリット

設立から2年半が経ちました。仲間と細々と始めたサークルは、今や170人のパパママが登録する一大サークルになっています。
毎月1回、参加できる人がゆるーく集まる交流会を開催しているのですが、その顔触れも実にさまざま。家族全員で来る姿もあれば、夫婦交代で子どもを連れてきて、お互いの自由時間確保に使っている姿も見られます。
このようにパパママ関係なく皆で子育てを楽しむことで、数々のメリットが生まれています。そのメリットの一部を紹介しましょう。
1. "普通のパパ"が参加しやすい
ここは、アツいパパだけが集まるパパサークルでも、ママだけが集まるママサークルでもありません。それどころか、学生さんや祖父母世代のメンバーにも参加してもらっています。そんな多様なメンバーがワイワイ楽しくやっているので、自然と"普通のパパ"も参加しやすい雰囲気があふれています。楽しいところには、人が集まるのです。
アツくないパパだって、子育てや夫婦間の悩みを共有する相手は必要でしょう。職場でそういう仲間はできにくいかもしれませんが、この場なら、そういう仲間を作るのが簡単です。
なにもみんなが、肩ひじ張ったイクメンにならなくてもいい。でも、こうして地域のパパママが一体となって、タテ・ヨコ・ナナメの関係を築いていくことが大事なんだと思います。
2. 家族のカタチを見直すきっかけになる
ワーママ・ワーパパ・専業主婦・専業主夫・シングルマザー・シングルファザー。世の中にはいろいろな家族のカタチがあります。いろんな人と出会い、会話をするうちに、「うちはこれでいいのだ」とか、「真似はできないけど、もうちょっとこうしてみようかな」と、自分たちなりの家族のカタチを見直すきっかけになります。
溝をなくす方法は、違いを認めること。他の家族との違いを認識し、認め合うことで、「我が家のカタチ」に対する夫婦の納得度も高まるのではないでしょうか。
3. いざというときに助け合える
筆者の妻はよく海外出張に行くので、数週間不在にすることも少なくありません。出張が長く続くとどうしても寂しくなるので、仲間とワイワイしながら夕飯を食べたい気分になることがあります。そんなときは、グループのFacebookに「明日、一緒に料理してくれる人募集!」と仲間を募ると、たいてい数家族は手を挙げてくれます。区施設の調理室は、いくつか当たればだいたい空きがあるので、当日でも使えます。そこで皆でワイワイ料理して食べる楽しさと言ったら。本当に、仲間の存在に助けられているなーと実感しています。
4. 子どもも楽しい!
月一の集まりでは、特に子ども向けのイベントはしません。公園に集まったり、広い和室を借りたりして、ただ勝手に遊ばせているだけ。それでも子ども同士、すぐに仲良くなり、幅広い年齢の子たちが入り混じって遊んでいます。
それはきっと、この場にくると、パパもママも笑顔だからでしょう。親が笑顔なら、子どももハッピー。少なくとも、小学校入学ぐらいまではそういう時期が続くのだと思います。
5. 「男だから」「女だから」から自由になれる
多くの子どもは、自分が育った家のカタチを普通だと思うようになります。だから、「子育てや家事を主に担うのは女性」という現状が、世代を超えて伝承されてしまうのです。
私たち子育て世代も、無意識のうちにそういう固定観念に縛られているのではないでしょうか。奮闘するワーママ動画を見て「私もがんばらなきゃ」と思ってしまうのはまさにその証拠。自分がやらなきゃいけないと母親が抱え込んでしまうのは、「子育てはママの仕事」という考えが、男女問わず心の中にあるからなのです。でも、子育ては女の仕事なんて、誰が決めたのでしょう。ママにできてパパにできないことなんて、出産と授乳を除いて何ひとつありません。
このような負の連鎖を断ち切るためには、パラダイムシフトが必要です。大げさかもしれませんが、このサークルは、その可能性を秘めていると私は考えています。「3つ子の魂100まで」と言うように、小さいうちからいろいろな家族のカタチに触れて育った子どもたちは、「男は仕事、女は家庭」という固定観念から、初めて自由になれると思うのです。
女性の活躍が叫ばれる今、「専業主婦 vs. ワーママ」のような対立をあおる論調がよく見られます。でも、大事なのは、他人を批判することではなく、それぞれの家族が自分たちなりのカタチに納得しつつ、他のカタチも認め合うこと。そのためにも、いろいろな選択肢が増え、それぞれの夫婦で話し合いながら、ベストな選択を積み重ねていくことが大事だと思います。
パパママどちらか一方が負担を抱え込むのではなく、「できるときにできる方が」という柔軟性を持って生きられる社会になったなら。イクメンやワーママという言葉が不要になる日を思いながら、日々活動を続けています。
1977年生まれ。東大大学院を経て大手自動車メーカーでエンジン開発に携わる。2007年長男誕生時に2年間の育休を取得。その後、子どもと過ごす大切な時間を増やすため「子育て主夫」に転身。家族でアメリカ生活を送った後、現在は日本で翻訳やライターをしながら2児を育てている。著書に『子育て主夫青春物語:「東大卒」より家族が大事』(言視舎)
ブログ「在宅翻訳家の兼業主夫的生活」
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