Inc:新卒社員としてスティーブ・ジョブズの下で仕事をするとはどんなことか想像できますか? ジョブズ氏がAppleから追放された後で設立したコンピューター会社、NeXTで働くために1993年に大学院を中退したMark Tacchi氏は、まさにその経験をした人物のひとりです。
「NeXT社に就職できて夢が叶った」と、今や、年間に3億米ドル以上の売り上げを誇るアート関連のチケット販売会社Vendini社を率いるTacchi氏は語っています。
「私が15歳の時、初めてのAppleコンピューターを手に入れました。その時、『いつかスティーブ・ジョブズの下で働きたい』と思ったのです」と過去を振り返り語ります。カナダのウィニペグで育ったTacchi氏は、当時、シリコンバレーがどこにあるのかも知りませんでした。「でも、私はそこ(シリコンバレー)に行きたかったのです!」
やがて、Appleは、ジョブズ氏をAppleのトップとして就任させる買収案件でNeXT社を買収しました。Tacchi氏は、NeXT社とAppleで過ごした計4年間で、事業をどのように経営すれば良いか(また、止めた方が良い方法)について多くを学びました。以下にその一部をご紹介します。
1. 会社の商品を電気のスイッチのようにシンプルにすること
当初、Tacchi氏は新しいEコマースシステムのプロダクトのデモを準備するよう指示されました。彼が今、「非常にシンプルなアマゾンのようだった」と振り返っているテクノロジーは、当時では最先端のものでした。
「我々は、『何か考えてきてくれ。スティーブが気に入るかどうか確認するから』と言われ、もしスティーブが気に入った場合にはその次の基調講演でそのデモを使うかもしれないと言われました」とTacchi氏は語りました。Tacci氏は同僚とユーザーインターフェースを出来る限り簡単で直感的なものになるよう一生懸命に取り組みました。
プレゼンテーションの5分前に、Tacchi氏の上司が立ち寄ったそうです。「上司は部屋の扉を閉めて、イスに座り、真面目な面持ちで『スティーブがなんと言おうと、個人攻撃だとは思わないようにしてほしい』と言いました」
Tacchi氏は、その後、怖気づきながらもデモルームで同僚と合流します。「デモルームは、映画に出てくるような大きな会議室で、消灯されており、部屋中にデモを表示しているモニターが輝いていました。そして、スティーブ・ジョブズが入室してきて、『わあ、これがあのスティーブか!』と感激しました」と当時を振り返ります。
ジョブズ氏は、次々とワークステーションを手際よく移動し、デモを試していました。最初のワークスステーションでは即座に「ああ、こんなのは使えない」と言い、2番目のワークステーションでは「誰かがグラフィカル・インターフェースに手を入れてくれたら使えるかもしれない」と言っており、そして、Tacchi氏の順番が回ってきました。
ユーザーフレンドリーになるようにデモをデザインしていたため、Tacchi氏のチームはデモに説明書を付けていませんでした。ジョブズ氏には着席したらすぐに理解してもらえると思っていたのです。思っていた通りの展開になりました。
「スティーブがデモを見て、いろいろとクリックして椅子に深く腰掛けると、『OK。これは使える』と言いました」。Tacchi氏のチームは、デモルームの反対側で静かにハイタッチをしました。
Tacchi氏はそれ以来、彼の手がける製品の全てに「非常にシンプル」なデザインを心がけています。「私は重要なルールの1つとして、製品にマニュアルが必要だということは、設計に問題があったということだと思うようにしている」と言います。
2. 製品ではなく解決策を提供すること
「スティーブは、問題を解決するようなかっこいいテクノロジーを作り出すことが好きでした」
NeXTでは、フォーチュン100カンパニー向けのソリューションを生み出しました。Vendiniもそれと同じような会社にしました。我々はチケット会社ではなく、フェスやコンサートのための完全なソリューション、クライアント企業がイノベーションを実施し、成功する手助けをするための全てを作り出しました。
完全なソリューションを作り出すことは、長期的なものを構築することです、とTacchi氏はいいます。それこそが、製品を作り出すことと、成功する会社を作り出すことの違いなのです。
3. 小さなものに力をそそぐこと
ジョブズ氏の伝説とも言える、細部へのこだわりの片鱗はNeXT社でも明らかでした。Tacchi氏の話によると、社内の男性用トイレの内装が、同社の商品にもともと使用されていた色と同じ黒、白、グレーだったのです。
それと同様のこだわりが、商品デザインにも施されていました。「ボタンの色と配置、タグのサイズ、単語の選び方など、こまごまとした、しかし、よく考えられたものだったのです」とTacchi氏は言います。
全ての選択がうまくいったというわけではありません。ジョブズはNeXT社のオフィスに恐ろしく高価なガラスの階段を発注したり、NeXTのオリジナルのコンピュータに、その価格を学校にはとても買ってもらえなくなるほど引き上げてしまいかねなかった、立方体のマグネシウム製のケースを使うことを主張したり、といったこともありました。「いつでも必ずうまくいうというわけではないのです。」とTacchi氏は認めています。
今日では、前述と同様の透明の「浮遊する」階段が、Appleストアに顧客を呼びこんでいます。そして、デザインとユーザーエクスペリエンスに対する非常に細やかなこだわりが、Appleが競合会社よりも高い価格で売り続けることを可能にしているのです。「このような小さな決断も積み重なると非常に重要になります」とTacchi氏は言います。
4. 常に最高の人材を集めること
Tacchi氏は、NeXT社の応募者と面接する際のプロセスの多さに驚いたと言います。ですが、NeXTで働き始めると理解できたといいます。「世界中で最も才能のある人々に囲まれているということが私にはすぐにわかりました。なので、私は採用に関しても学ぶことができたのです」
Tacchi氏は、「カジュアルな質問だけをするのではなく、面接に来る応募者が詳しい分野を持っているかどうか確認できるような質問をする」という採用方法をVendini社にも導入しています。
採用活動は十分な時間をかけるのに値することです、と言います。「最優秀の人材は、優秀でない人々と仕事をしたくないものなので、最優秀ではない応募者を間引きする必要があります。そして、最優秀以下の人材というものは最優秀の人材を採用しないものなのです。」
5. 自分の利益にならない場合でも、部下の能力開発を促すこと
コーダーはコードが大好きなので、Tacchi氏の同僚の1人は、ある土曜日の午前中をネット上の掲示板に他のエンジニアが掲載したソフトウェアの問題を解決するために費やしました。ここでの唯一の問題は、その解決策がNeXTの競合会社が販売していた製品の問題を解決するのに使われたということでした。
助けを求めていたエンジニアは非常に喜び、当時はかなり高価だった彼の会社のワークステーションを感謝の印として送ってきました。Tacchi氏の同僚も喜んでいましたージョブズが、それを知って激怒するまでは。ジョブズはギフトも相手に返すよう強く求めました。
だからTacchi氏は当時はまだ目新しかった、Javaのゲーム用フレームワークを構築するコンテストで優勝したときに非常に心配していました。壇上で賞を授与されることを誰にも言わず、商品として受け取ったSunのワークステーションも自分のアパートにおき、その直後にオフィスに届けられたサイン付きのJavaのロゴも隠しました。
自分の手にした栄光を同僚と共有したかったのに残念なことをしました、とTacchi氏はいいます。そのような経験から、Tacchi氏は自分の従業員には外部のプロジェクトに参加することを奨励し、社外での教育費を援助しているのです。
6. もちろん、自分で起業することもできる
スティーブ ジョブズの下での就労経験から、自分自身で起業家になるということが身近なものになりました。AppleのNeXT買収から約半年後、合併した会社が財政難だったことから、Tacchi氏は自分で起業することにしたのです。Tacchi氏の最初の会社、CRMコラボレーション ツールを提供していたHipboneは、2004年にKana Softwareに買収されました。VendiniはTacchi氏の2つ目の起業ベンチャーです。
起業することの決心はおそらくTacchi氏がNeXTとAppleから学んだ最大のレッスンだった、と物思いにふけりながら彼は言います。「その数年間は私の人生を変える転機でした」と。
The Source of What One Entrepreneur Learned From Working for Steve Jobs|Inc.
Minda Zetlin(訳:コニャック)
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