世界一簡単!「ストレス」と上手につき合う方法』(堀北祐司著、三笠書房)の強みは、著者のバックグラウンドにあります。

実はある大手家電メーカーの「お客さま相談室」で11年間、責任者をしていました。(中略)いわゆる「クレーム対応」です。これまで1万件を超えるクレームに対応してきました。(「プロローグ 強く、しなやか、引きずらない 『心の回復力』がみるみる高まるきわめて具体的な63の方法」より)

つまり日常的にストレスと向き合い、それを乗り越えてきた過去を持っているということ。だから、ここに記されたことがらには強い訴求力があるのです。ちなみにそのような経験を持つ著者は、「次から次へとやってくるストレスから逃げようとするのではなく『いかに上手につき合うか』、そのコツを身につけておくことが大切」だという結論に行き着きます。

本書では、そのような視点に基づいてストレスとのつきあい方を示しています。PART 1「まずは『考え方』を変える」を見てみましょう。

ストレスを「なくそう」としない

外資系企業のコールセンターで働いていた人から話を聞いたとき、著者は外資系企業が社員の「心のケア」に対して積極的であることに驚いたそうです。たとえば象徴的な例を挙げるなら、休憩室にパンチングミットが置いてあったのだとか。いうまでもなく、顧客から叱られた社員が、殴ったり蹴ったりしてモヤモヤをぶつけるためです。

日本では怒りを露わにすることは好まれず、ストレスは自分でこっそりなんとかすべきだという感覚が一般的。しかし海外の企業は、「ストレスがあるのは当然で自然なこと」なので、「それらに上手に対処して次に向かってください」というスタンス。

どんなに働きやすい環境の職場であっても、「ストレス」は存在するのです。ストレスから逃げよう、なくそうとするのはとても無意味なことだと僕は思います。(20ページより)

逃げるのではなく、上手につきあうための「マイルール」をもっておく。そのほうが現実的だと著者は記しています。(18ページより)

しんどいなと思ったら、「見えるかたち」で表現する

ストレスは目に見えないものであるだけに、「ストレス度」を数値化した指標をつくるといいそうです。たとえば著者がやっていたのは、「そのお客さまの怒り、何点?」というもの。オペレーターがお客さまから叱られたとき、「その怒りは、10段階でいえば、何点?」と聞いてみる。そしてオペレーターからは「5と6の間くらいですかね」と答えが返ってくる。その瞬間、オペレーターのなかにモノサシができあがる。

最大値は10で、今回さしている矢印は5と6の間。すると「今回はマックス(最大)ではない」と頭が理解し、それだけで心に余裕が生まれるというわけです。そして一度基準をつくると、次回からも答えやすくなるといいます。心の状態は自分でもわからないからこそ、数字になおすと冷静になれるということ。(21ページより)

ストレスの「見積もり表」をつくる

ストレス度を「数字に置き換える」という作業をさらに進化させ、「自分の心を点数にした記録」をつけるのも効果的。毎日の点数を表計算ソフトに入れて円グラフにすると、心のなかの状態がわかりやすくなるということです。また同じように、折れ線グラフにしてみると、目の前の些細なことで落ち込んでいる自分が、いろいろな困難を乗り切ってきたことがよくわかるといいます。

この手法を用いると、あのときはこうやって乗り切れた。精神的には苦しかったけれど、踏ん張れたということを思い出せます。そうすると、「それでは、今の目の前にある問題にはどのように対応すればいいのか?」ということに頭が働き出します。(25ページより)

視覚化するだけで、具体的な作戦が立てられるようになるというわけです。(24ページより)

「まず"思う"ことですな」

ここで著者は、経営の神様として知られる松下幸之助さんが「ダム式経営」について講演したときの話題を出しています。「ダム式経営」とは、「企業も水を蓄えたダムのように、人材や資金、設備に余裕を持たなければ安定した経営はできない」という経営哲学。そして「どうしたらその余裕が持てるようになるのですか」と参加者から聞かれると、経営の神様から返ってきたのは「余裕を持とうと思うことですな」という答えだったそうです。事実、著者は「余裕を持ちたい」と思うと、自然と「準備という行動に取りかかれる」と主張しています。

具体的にいえば、さまざまな結果を想定して事前準備をしておけば、心に余裕が生まれる。そして、それは次の準備につながる。だからこそ「まず余裕を持つと思う作戦」を取り入れると、自然に準備を始められるようになるのだとか。(27ページより)

「いい加減」を心得る

お客さま相談室などストレスの多い職場に長年在籍している、精神力の強い「ベテラン」には、2種類いると著者は考えているそうです。ひとつは、生まれながらにして「超」がつくほど明るく前向きな人。他人がストレスだと感じることを、成長への踏み台くらいに思っている人たちで、著者のことばを借りるなら、彼らは「天然のベテラン」。

もう一方は、打たれ弱く落ち込みやすいけれど、なんとか自分なりに突破口を見つけてきた人(「養殖のベテラン」)。大半はこちらであるはずですが、この「養殖のベテラン」は、うまくいかなかったときは自分に合う要素のみを取り入れていくもの。そのままではなく、上手かつ"いい加減に"取り入れていると著者はいいます。

たとえばスポーツがだめなら、「汗をかくだけ」でもいいだろうとサウナに行ってみる。「まず、ちょっと試してみる」のが大事だという考え方です。(34ページより)

これらに明らかなとおり、本書での著者の主張は決して難解なものではなく、誰にでも応用できるものばかり。それらは過酷な実体験のなかから導き出されたものであるからこそ、納得させられるのです。ストレスに悩まされている人は、読んでみればきっとなにかを得られるはずです。

(印南敦史)