日本中が沸いた、16年前。長野オリンピックのスキージャンプで、日の丸飛行隊が金メダルを獲得した頃、あなたは何をしていたか覚えていますか。この16年間で、私たちの日々は大きく変わりました。インターネットやスマートデバイス、テクノロジーがさらに入り込み、暮らしにも仕事にも電気がなくてはならなくなりました。いま読んでくださっているライフハッカーもまだ、ありません。でも、なんとなくでも、そんな16年前の生活や時間を思い出せるのではないでしょうか。

そう、オリンピック4回分くらいのことなら、人はまだ覚えているものなのです。では、オリンピック4回分の未来ならば? 今日はある興味深いレポートとともに、2030年には当たり前となっている「働き方」を想像してみましょう。

株式会社リクルートマネジメントソリューションズの研究開発部門「組織行動研究所」が発表したレポート「2030年、 個人の『働く』はどうなるか」によると、2030年にかけて、私たちの働き方には大きく3つの変化が起きること、そして、いかに企業は対応すべきかが示されています。

さて、この記事の目的は「想像してみる」ことです。そこで、コピーライターの土佐栄樹さんにお願いして、3つの変化それぞれを「だれか」のストーリーにしてみたらどうなるか、ひと足先に想像してみました。ストーリーと併せて、レポートを発表した組織行動研究所所長である古野庸一さんにお話を伺い、3つの変化についても紹介します。

これは日本の「どこか」にいる、「だれか」のストーリー。でも、その「だれか」は、この記事を読んでくれているあなたの未来なのかもしれません。それでは、どうぞ。

2030年の「働く」ストーリー 1

仕事と僕。家族と僕。
大事なのはどっちだ。

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あれほどパソコンに向かって仕事をしていた僕が、

ここ長野の地で、果物と向きあっている。

家族で東京から移り住み、農業をはじめて3年が経った。

東京での仕事は好きだったが時間に追われるばかりで、

家族との時間は犠牲になっていた。妻はたびたび冗談めかして、

「仕事と家族、どっちが大事なの?」と言った。

仕事と家族とどっちが大事か。答えに悩むのも問題だが、

その問いに「自分」が存在しないのも問題だ。

子どものためとか、もう少し無理のない働き方をするためとか、

そういう理由もあったが、僕は僕をあきらめないために、

移住という選択をしたのかもしれない。

この場所に来てからは、働き方と生き方をひとつにできた気がしている。

農作業を終えたら僕は、

この地でできた新しい仲間との打ち合わせに出る。

今年、自然とアートをテーマにしたイベントを立ち上げるのだ。

変化1:都市部を離れ、地方や世界で働くストーリーが身近になっている

古野:2030年は「移動」や「移住」といったライフスタイルをさらに選びやすくなっています。現在、地方へ人が移らない理由は2つあります。1つは「仕事がない」ことですが、この点は「リモートワーク」や「クラウドワーク」が解消の糸口になりつつあります。また、仕事では「農業」への関心が高まっており、新規農業従事者も増えています。もう1つの理由は「子どもの教育」に対する心配です。U・Iターンで帰る場合に、子供の教育という観点で、家族の賛同が得られないということが十分に考えられます。しかしながら、都市部よりコストがかからず、豊かに暮らせる可能性があって、そのことに気づいた若者の間で「U・Iターンしたい人」は増えています。この2つの問題がクリアできれば、移住の可能性は広がります。

島根県海士町や徳島県神山町などの特色ある自治体には人が移り始めていますが、面白いのは、「人が人を呼ぶ」という現象が起きていること。たとえば、いいパン屋がないので、パン屋を募集する、といったようなことです。全国896の自治体が「消滅可能性都市」ということになっています。政策として、すべての自治体は救えないにしても、複数の市区町村を連帯させた「コンパクトシティ」をつくって、人を呼ぶことを試行錯誤していくでしょう。

2030年の「働く」ストーリー 2

息子には、たくさんの
「おかえり」が待っている。

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毎週月、木、金。時間は16時半から17時くらい。

私が利用しているシェアオフィスの空気が変わる。

8歳になる息子が、学校を終えて私といっしょに

帰宅するため、いったん私の職場に"帰ってくる"のだ。

といっても、私の職場はひとつではない。

現在はウェブデザイナーとして2つの会社と契約し、

双方の仕事に従事している。会社2カ所と、デスクがわりの

シェアオフィス1カ所をクルクル回るように移動する毎日だ。

産休、育休を経て、息子が小学校にあがるとき、私は働き方を変えた。

仕事もしたいが、息子との時間をあきらめないためだ。

当然収入面などのリスクはあったが、やってみると意外と

なんとかなるものだし、以前より時間を積極的に

活用できているので、自然と余裕も生まれた。週一で英会話を学び直すほどだ。

いまでは私だけではなく、シェアオフィスのみんなも

「おかえり」と声をかけてくれる。

いろいろな仕事をする人たちを見て、息子は将来何になりたいと思うだろうか。

変化2:独立したり、複数社で働いたり、学び直しを希望する流れがある

古野:2030年はプロジェクト単位で「業務委託者」を利用する会社が増えていくと考えています。だからこそ働く私たちは、コミュニケーション能力はもちろんのこと、専門知識やスキルをもっと高める必要があります。「複数の会社で仕事をした経験がある」ことも魅力になります。アメリカでは平均で8回転職をします。結果として、その人と一緒に働いた経験がある会社が増えます。履歴書よりも仕事の内容で力量や仕事ぶりがわかりやすく、発注側も頼みやすいという利点もあり、独立請負業者は増えています。

また、変化1にも関係しますが、勤務地や職種、時間を選べる「限定型正社員」などの雇用形態が広まっていきます。限定正社員は、育児や介護や学び直しなどのライフイベントに際して、活用していくことで、日々の暮らしと折り合いがつけやすい働き方になります。企業側としては、固定費は上がりますが、採用力や引き止める力を上げることにつながります。ついては、人材が不足している業界や地方において、活用される雇用形態になるのではと思われます。

2030年の「働く」ストーリー 3

僕は、だれよりも大きな
報酬を受け取っている。

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地元企業OB主催による

運動会イベントは、無事成功に終わった。

この街には、キャリアを終えてもなお、

アクティブに活動しようとするシニアがたくさんいる。

そんな人たちを支えるのが、僕のNPOの使命だ。

少子高齢化などの社会問題をなんとかしたいという

気持ちもあるが、元々おばあちゃん子だったから、

単純にシニア世代と話すのが得意なのかもしれない。

ビジネスモデルがどうとか、キャリアプランがどうとか、

そういうのはよくわからないし、あまり興味もない。

それよりも、「人の役に立っている」ということが、

目に見えてわかることの方が大事だ。

人生の先輩たちと関わり、僕の知らない話を聞けるのも面白い。

みんなはイベントの成功を祝し、打ち上げでビールを飲んでいる。

その笑顔が、僕にとってはいちばんの報酬だ。

形や数字じゃないぶん、だれよりも大きいものに感じられるのだ。

変化3:金銭・ポスト以外の対価を求め始めている

古野:この先、ますます少子高齢化が進むと、年金の問題を考えても、これまで以上に長い期間にわたって働く必要がでてくるものと思われます。その上で、まずは「自分のやる気の源泉や自分らしい働き方」を見つめることが大切です。なぜなら、自分のやる気の源泉に反した働き方や自分らしくない働き方では長い期間、働くのは難しいでしょう。そういう個人に対しては、ポストや金銭のようなインセンティブでは動かないと考えられます。

昔は、物質的な豊かさや出世ストーリーを目の当たりにして育ち、「物質が豊かなことは幸せ」と多くの人に信じられてきました。実際、最低限の衣食住が満たされなければ幸せは感じにくいと思われます。しかし、日本においてはその基準はすでに満たされており、これ以上、物質的な豊かさが増えても幸せにならないことがわかってきました。そういうことは、若い人ほどわかっており、2030年にはその世代がマジョリティになっていきます。大企業を辞めてNPOに行くという話も珍しくない。自らの成長、自己実現、組織の目的や理念に対する共感、など、若い世代が自分のやる気の源泉に沿いながら、さまざまな世代とコラボして日本を元気にしていく姿に期待します。

これからも2030年の「働く」を考えよう

この頃、よく耳にするようになった「働き方」という言葉。目の前の仕事をうまく進めることも大切ですが、いかにして働くかは、「生き方」に深く関わるテーマです。変化は、どうしても起こる。それなら、その変化をどうやって楽しむのか。ライフハッカーでも追っているテーマです。これまでにも記事で紹介してきたオルタナティブな働き方が「当たり前」となっているこの世界で、私たちはどうやって生きていくかを考えなくてはなりません。

人と仕事のより良い関係について長年考え続けてきたリクルート、そして「個と組織を生かす」ためのマネジメント力を養う組織行動研究所は、特設サイト「2030 Work Style Project」で、私たちに起きる変化を予測したレポートや、有識者によるオピニオンをまとめていくといいます。今回紹介したレポートや「2030 Work Style Project」は、その考えを深め、行動にうつすための助けとなってくれることでしょう。

2030年、君はどう働く? この質問の答えを、ぜひその姿で、教えてくれたら嬉しいです。

2030年、 個人の「働く」はどうなるか2030 Work Style Project

インタビュイー・プロフィール/古野庸一

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組織行動研究所所長。1987年リクルート入社。南カリフォルニア大学ビジネススクールでMBAを取得。リーダーシップ開発、キャリア形成に関する研究を行うかたわら、事業開発、コンサルティングの仕事にも携わる。多摩大学非常勤講師。著書に『いい会社とは何か』(講談社現代新書)、『リーダーになる極意』(PHP研究所)、『日本型リーダーの研究』(日経ビジネス人文庫)。訳書に『ハイフライヤー 次世代リーダーの育成法』(プレジデント社)など。論文に「『一皮むける経験』とリーダーシップ開発」(共著、『一橋ビジネスレビュー』2001年夏号)など。

(ストーリーライティング/土佐栄樹 文/長谷川賢人)

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