たとえば本や映画のレビューを書くなど、現代では多数の人々に向けて自らの考えを公開できます。好評を得て書籍化されるなど、そこから可能性が広がっていくことも少なくないだけに、誰でも横一線で勝負できる時代だといえます。
しかし、だからこそ大切なのは「自分の考え」をしっかり持つことだと主張するのは、『5日間で「自分の考え」をつくる本』(齋藤孝著、PHP研究所)の著者。
「自分の考え」を持つとは、(中略)自ら現実を生み出していく力である。好むと好まざるとにかかわらず、そういう力を持たなければ、これからの時代は勝ち残れない。私たちの生きる世界は、ゲームのルールが変わったのである。(中略)ならば新しいルールを把握した上で、それに対応できる練習メニューを組み立て、ゲームに勝てるノウハウを身につければよい。それが本書の狙いである。(「はじめに」より)
状況に適応する能力を短期間で身につけられるように、ステップを5つに分類しているところも特徴的。きょうは最終ステップの「意思決定が速くなる思考術 『現実』が大きく変わる力」に焦点を当ててみます。
社会人に不可欠な「意思決定力」
「考える」の最上級は、意思決定して行動に移すこと。その一瞬によってのちの現実は大きく変化しますし、一度決めたら後戻りできないことも少なくありません。だからこそ、結論を出すまでには真剣に考え抜くことが重要。そこで著者は、大事な決断をする際には、紙にすべての要素を書き出すことにしているそうです。そのうえで決断後をシミュレーションし、最悪の事態も想定して決める。そうすればほぼ間違えず、仮に誤ったと思っても想定の範囲内だから後悔せずにすむというわけです。
大企業のトップなら、意思決定にもたいへんな重責がかかるはず。しかしトップは、部下にも相応の意思決定を期待しているもの。当の部下もまた、その部下に同じことを期待している。どんな規模の会社でもそれは同様なので、つまりあらゆるビジネスパーソンは意思決定から逃れられないということになります。
今の時代、「上から言われたことに従っていればいい」という「事なかれ主義」では生き残れない。肩書きがどうであれ、意思決定に慣れておくことが欠かせないのである。(181ページより)
もちろん、意思決定には孤独と責任が伴うもの。しかしそれらを受け止め、乗り越えたところで、ようやく「意思決定が身についた」といえるようになると著者は主張しています。(180ページより)
人に話して論点を整理する
意思決定力を養うためには、収支決算のようにプラス面とマイナス面をすべて挙げ、ひとつひとつ検証していくことが大切。いわば、「このチャレンジにどんなメリットがあり、どんなリスクがあるのか」を考えるということ。特にリスクについては、許容できるか否かが重要な判断材料になるといいます。
そして、このとき有効なのが、話し相手を用意すること。「プラス面としてはこれがある。マイナス面としてはこれがあり得る。最悪はこうなりかねない。自分としてはここに重きを置いている」など声に出してみると、頭のなかが整理され、どうすべきかが見えやすくなるわけです。
その相手は経験値の高い人に越したことはないものの、極論すれば、おとなしく聞いてくれる人なら誰でもかまわないといいます。なぜなら、あくまで自分の頭の整理が目的だから。つまり、一般的なコミュニケーションというよりは「自己内対話」だといえます。ただしたずねる以上は、コンセプトや考え方を詳細に話すことが必要。その過程で、自分自身も原点に立ち返って考えることができるからです。(182ページより)
やるべきことに優先順位を
やらなければならないことは無数にあるけれど、時間は限られている。ビジネスパーソンの多くは、そんな悩みに直面しているはず。ToDoリストをつくっても、後半はほとんど手つかずで終わってしまったりもします。だから、そこでも意思決定力が重要な役割を果たすことになるそうです。リストをつくったら、なにを先にやるべきなのか、3位くらいまで優先順位をつける。そして最低限、1位を重点的にこなす。これを毎日繰り返せば、大きなやり残しをつくることもなく、相応の意思決定力も養われるといいます。
ただしリストに挙げる項目は、大袈裟なものである必要はなく、「◯◯にメールを送る」など、細かい雑事を含めるのも可。ある種の訓練だと思って自分で決め、メリハリをつけることが重要だというわけです。そしてそれは、日々のストレス解消にもつながるそうです。「やるべきことがある」と曖昧に思っているから、気ばかり焦ってモヤモヤする。しかし、リストに書き出して「きょうは、このひとつだけを重点的にやる」「きょうは上位3つだけでいい」などと決めれば、すっきりして楽になれるということです。(200ページより)
会議に積極参加するための「3点セット」
会議や商談に欠かせない3つの要素は「データ」「視点」「アイデア」。議論に臨む際には忘れものチェックをするような感覚で、この3つがそろっていることを確認すべきだと著者はいいます。そして、なかでもとりわけ重要なのが「データ」。事実関係に基づかない議論は意味がなく、まして思いつきや思い込みだけでは話にならないからです。データに立脚していない意見は、思い込みやイメージに負う部分が大きいもの。
しかしそれでは、議論としてはあまり意味を持たなくて当然です。議論の前提は、起点となる「土俵」を共有すること。もっとも説得力を持つのは数字ですが、ときには肌感覚のデータも意味を持つといいます(たとえば、日々子どもたちと接している小学校の先生が「いまの小学生は...」と語るなど)。
とはいえ、データが常に正しいとは限りません。また、正当なデータ同士が矛盾する場合もあります。そこで次に重要なのが「視点」。自分がその対象やデータを、どういう角度から見ているのかを示すということです。これは、お互いに正当性を主張するというよりも、それぞれ一度は相手の視点に立って眺めてみることにポイントがあるのだとか。そうすれば新しい発見があるかもしれないし、共通点や妥協点を見出す可能性もあるということ。いわば、歩み寄るためのプロセスです。
そして、もうひとつの重要なポイントが「アイデア」。お互いに問題意識を共有しても、「ではどうするか」がなければ話は先に進みません。それを提示し合い、修正したり積み上げたりすることで、建設的な議論になるわけです。ポイントは、具体的でリアリティがあること。机上の空論や荒唐無稽な絵空事、大上段に構えた目標のたぐいでは無意味。そこで、前提として「データ」や「視点」が欠かせないということでもあるといいます。
「データ」を持ち、「視点」を提示し、「アイデア」まで繰り出せれば、議論の結果はどうであれ、「自分の考え」をしっかり持っている人という印象を残すことは可能。そしてそれは、次回の議論において発言権を増すことにつながるはずだと著者は記しています。(204ページより)
ネット環境を通じてできることが増えた時代だからこそ、自分をしっかりと持っておくことが必要。本書は、そんな「基本」の大切さを再確認させてくれます。
(印南敦史)