ニューヨーク・ブルックリンに住み、アメリカ文化を追い続けてきたライターの佐久間裕美子さんが今年出版した『ヒップな生活革命』(朝日出版社)は、アメリカ発で進化する「生き方の革命」をレポートした一冊です。編集長インタビュー第三弾は、アメリカ発の「ヒップ」なムーブメントについてお聞きしました。

前回お届けした前編に続き、今回は後編をお届けします。

佐久間裕美子 Yumiko Sakuma

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ライター。1973年生まれ。1993年のスタンフォード大学短期留学中に、サンフランシスコでジャム・バンドの英雄ジェリー・ガルシアのライブを体験し、自由の国アメリカに暮らそうと決める。1996年、大学院終了と同時にニューヨークへ。新聞社のニューヨーク支局、出版社、通信社勤務を経て、2003年に独立。サブプライム金融危機を受けて、インディペンデントのメディアを作りたいと、2012年、『PERISCOPE』を友人たちと立ち上げる。2014年、東京五輪招致の請負人、ニック・バーリーに取材し、『日本はこうしてオリンピックを勝ち取った! 世界を動かすプレゼン力』(NHK出版)を翻訳・構成。これまで、アル・ゴア元副大統領からウディ・アレン、ショーン・ペンまで、多数の著名人や知識人にインタビュー。『BRUTUS』『&プレミアム』『VOGUE』『GQ』など多数の雑誌に寄稿している。

米田:今、アメリカでは映像の分野でも新しい動きがあると本に書かれていますね。インディペンデントの映画監督や映像クリエイターの動きはどうですか?

佐久間:映像はデジタルアート系の分野もそうですし、映画以外の創作が花開いています。きりがないぐらいの勢いで面白いものが出てきて、どんどんスターが生まれているっていう感じですね。

米田:それはYouTubeで発表したりクラウドファンディングで制作費を集めたりとかっていうことだけではなく、それ以上のものがあったりします? 

佐久間:映画っていうことで言えば、やっぱりクラウドファンディングをうまく使ってオーディエンスとつながったり、短編ならYouTubeやVimeoで発表、という動きになるんですけど、いわゆるアート系のデジタル創作の短編フィルムを作ってる人たちは自分たちのプラットフォームで発表したりどんどん細分化しているような印象ですね。映像作品でクリックすると映像が出ます、っていうより、もうそれ自体が動いてるみたいな作品もあります。GIFアニメっぽい感じというか。これどうやって動いてるんだろうみたいなことも結構あります。

141005yumiko_sakuma_2.jpgインディペンデントなものづくりをしたいというクリエイターたちに支えられる佐久間さんが編集長を務めるカルチャーメディア「PERISCOPE」の創刊準備号。

141005yumiko_sakuma_3.jpgユートピアズムをテーマにした「PERISCOPE」の第1号。

米田:新しい世代がコミュニティーを作るんだ、みたいな、そういう機運にあふれていて、そこにソーシャルメディアとかスマートフォンがうまく絡みつつあるんだろうと思うんです。ヒップスターの中心にいるのは20代ですか。もうちょっと上だったりもするんですか。

佐久間:アプリだけで言うと20代後半から30代前半がすごくアクティブだったりとかするんですけど、食の分野で言うと私より年上の人とかもいます。今回の本を書く上で、世代切りみたいなことができないかっていうのも一応検討したんですけど、世代的なことではなくて、年齢とか世代とかをまたいで、ある種の価値観でつながり合ってる人たちっていう感じの方が説明としてしっくりきます。

米田:でも、そういった人たちは別に特段、可処分所得が高い人っていうわけでもないんですよね。ある種、「意識が高い」んでしょうけど。

佐久間:そうですね。もちろん所得が高い人もいますけれど、それだけではないと思います。ウォール・ストリートで「オキュパイ」の運動をやっていたような人たちもいます。ヒップスターっていう定義自体が曖昧なんですが、中心になってるのはたぶん30代前半とかじゃないかと思います。

注目度が増しているポートランドの存在感

米田:もう1つお聞きしたいのは、よく日本でも耳に聞くポートランドの動きです。佐久間さんが一番、ポートランドって面白いなと思われたのはどういうところですか。

佐久間:まず、消費税がないんです。文化的に進んでる場所っていうのは税金とかって高くなりがちなんだけれども、ポートランドはそうはなっていなくて、税金を抑えることに成功していて、かつ、そこそこ街としての機能も整っていて、便利で住みやすい。そこがポートランドの一番の強みですね。起業をするときに一番やりやすい場所でもあります。あとは、農業や林業と近い場所で食べものがすごくおいしい。自然が近いのでアウトドアもやりやすいですし、アメリカの中でユートピアという言葉が可能だとしたらポートランドは結構いい線いっています。でも、ポートランドとデトロイトを比べたときに、デトロイトのほうが文化的には面白いということもあるんですね。

米田:へえー。そうなんですか。

佐久間:ポートランドってご飯もおいしいし、クラフトみたいなことではものすごくやりやすいから進んでるけれども、意外と音楽とかはそんなに面白いもの少なかったりします。

やっぱりアメリカで一番面白いところっていうのは、ニューヨークみたいな場所なんです。というのは、ブルックリンは隣にマンハッタンがあるということが大きなアイデンティティの軸になっているんですね。だから、ポートランドと同列には語れないっていうところがあるんです。ニューヨークという街の極端な貧富の差とか、街のエネルギーみたいなものが、おもしろい創作の温床になる。デトロイトもしかりです。

逆に、ポートランドのように、人々の満足度が高い地域では、文化的におもしろいものは生まれにくいのかなと思います。

141005yumiko_sakuma_4.jpg1990年代後半からすべての商品をニューヨークの工場でつくってきた「エンジニア・ガーメンツ」の鈴木大器さん。写真は「ガーメント・ディストリクト」の店内。

米田:では、ホテルに関してはどうですか?

佐久間:イアン・シュレーガーっていう昔、高級なホテルを造っていた人がいます。「Studio54」(アンディ・ウォーホールから、フランク・シナトラ、バーブラ・ストライザンド、マイケル・ジャクソン、ダイアナ・ロス、エルトン・ジョンなど錚々たるセレブレティ達が集ったディスコ)っていう昔の有名なクラブをやってた人が、そのあとホテル業に乗り出して、バブリーなホテルの権化みたいな人なんですけど。そんな人が今、もうちょっと実質的な価格の付け方をするホテルをやりたいといって、「EDITION」っていうブランドのホテルをやっています。今後は日本のカプセルホテルのアイデアを使ったホテルをやるって言っていました。ラグジュアリーの権化だった人が今そういう流れをつくろうとしています。

米田:カプセルホテルなんて、日本のミニマリズムの象徴みたいなものですよね。

佐久間:こんなに国土が余っているアメリカでカプセルホテルのようなものをやるっていうことはそれなりに意味があることなんだろうなと感じています。「カプセルホテルとまったく同じではない」と言ってたんですけど、それがどういう感じでアレンジされるのかは楽しみです。今までラグジュアリーなことをやってた人たちが、「実質、実質」と言ってる時代なんですね。

食、車...身の回りから始まる新しい動き

141005yumiko_sakuma_5.jpgカリフォルニア州バークレーでレストランを経営するアリス・ウォータースは「身体にいい食、旬のもの、栄養、未来のための土地」を1970年代から唱えてきたパイオニア。「エディブル・スクール・ヤード」で学校教育に食の革命を起こそうとしている。

米田:ただ、10年くらい前だと、ディカプリオがプリウスに乗ってレッドカーペットに現れるとか、セレブリティがエコロジーに気を遣うことがヒップなんだみたいな、ある種、すごく大味な感じで社会へ関心を持つことが喧伝された時代もありました。でも、今は一般の人が身近なところから社会や環境に少しでも良いことをやりだす時代にアメリカ人がなってきたというところがすごく面白いなっていうふうに思うんです。

佐久間:それは私も思います。ディカプリオがプリウスに乗ってたって言っても、貧乏人はプリウス乗れない...という大前提があって、じゃあ本当のエコってなんだろう?って言ったら、自転車に乗ることなんですよ。あとは、屋上や自分の庭で野菜を作ることだったり。だから、ひととおり「グリーンウォッシング」と言われた、環境に配慮する姿勢を見せる企業がいるっていうことが分かった後の、もっと身の回りからできることがあるだろっていう動きだと思うんですよね。別にディカプリオに対して全然恨みはないんですけどね(笑)。

電気自動車やハイブリッドカーも素晴らしいと思うけど、普通のアメリカの一般庶民という人たちに届かないものって、やっぱりちょっと無理があるし、社会を変える変革の原動力にはならない。でも、もうちょっと違う形で、自分の手に届く範囲でできるようになってきたということじゃないかと。

米田:しかもお金をかけずに。

佐久間:そうですね。だから、昔は有機農業で採られたものは絶対高いって言われてたけども、今は、例えば、CSA(Community Supported Agriculture)だったら、そこまで高くなくても割といいものが食べられます。自分のバルコニーでハーブや野菜を栽培することだってできますよね。

一人一人が身の回りから改革を起こしていく時代

米田:リーマンショックで懲りた、とはいえ、住宅や株も含めて、いわゆるバブル的なものをもう1回起こそうみたいな、暗躍とまで言わないですけど、そういう動きも当然あるわけじゃないですか。

佐久間:全然ありますし、「全く反省してないな」って思うこともよくあります。それはアメリカみたいな国ではなくならないと思います。

米田:資本主義であればなくならない。でも、そこと一個人が幸せに生きていくためにどう折り合っていくのか、みたいなことを多くの人が考えてるのが現代だと思うんですよね。

佐久間:例えば、私が銀行口座を開きたいと思って、ここの銀行はどういうことをしているか?という判断をする。投機的なことをやっているのか、途上国で人権蹂躙をやっているのかみたいなことがもっと明確に分かるようになってきた。リーマンショックが起きたときと、今の違いっていうのはまさにそこです。ちょっと調べれば、自分がお金を預けている銀行がどういう方針を持って、どういうことをやって、社会貢献をしてるかっていうのはもう分かる時代になっていて、調べるためのツールはいくらでもあります。

そういうことを個人個人が1人の力はないかもしれないけど、私のお金はここに預けたくはないっていうようなチョイスをできるようになってきた。それが結局社会の大きな変革につながるかどうかっていうことは、これから見ていかないと分からないけれども、例えば、ウォルマートみたいな企業がメイド・イン・アメリカのものにこれだけ投資します、って言ったりするっていうことは、国民の一部でそういう価値観が生まれてきていることが明らかに市場にも影響を及ぼすようになってきたということです。

やっぱり「change.org」のようなサービスができて、悪いことをしている企業に対しての声が上がるようになってきているっていうところが、市民の声が届きやすくなっているっていうことの一例としては言えるなと思います。

米田:もう一歩踏み込んで言えば、大げさに市民が政治参画や社会運動をするっていうことじゃなくて、もっと生活の中で自分が何を選びっていうところに社会的な意味があるというか、この会社が好きかどうか、良いことやってるところにお金を預けたいとか、そういうところからものを買いたいっていうことですよね。

佐久間:まさにそのとおりです。うちの近所で人権蹂躙している工場があって、それを政治家に言ってもそれを直すのにどれだけ時間がかかるか分からないけども、じゃあchange.orgで署名運動を始めて拡散に成功したらそれがとんとん拍子に解決した、っていう。テクノロジーによって、一消費者は無力ではないっていう考え方が広がりつつあるんじゃないかなと思います。

米田:アメリカの大統領選、アメリカの経済、アメリカのテクノロジーが世界を牽引することは否定できない。でも、数年前まで漂っていたアメリカに対する失望感から、アメリカ人も少しずつ変わり始めていることが佐久間さんのお話で知ることができました。もし良ければ、ライフハッカーでもこの続きをいつか書いていただけるとうれしいです。

佐久間:はい、機会があればぜひ。

(文・聞き手/米田智彦)