アメリカが変わろうとしている、いや変わってきた、という。そりゃオバマが大統領になったからでしょ、と言うなかれ。草の根でアメリカの生活や文化、アメリカ人の意識そのものに変革の波が押し寄せている。その波は日本をはじめとする世界のいたるところに届き始めています。

それはつまり、抜群においしくなったコーヒーや、「買うな」とうたう企業広告や、地元生産を貫くブランド、各地にオープンする個人経営のレコード店や書店...等々。その原動力となっている人たちは「ヒップスター」と呼ばれています。彼、彼女たちが衣食住のあらゆる場面で変革の波となり、大企業主導の大量生産、大量消費の社会の中で独立した場所を広げていると言います。

トップの写真は、シアトルに生まれ、ポートランドを拠点に選んだ「エースホテル」のニューヨークの施設。ここは宿泊施設というより、古今東西のカルチャーを集めてキュレーションする場所と言えます。エースホテルもこの「ヒップ」なムーブメントの1つと言えるでしょう。

ニューヨーク・ブルックリンに住み、アメリカ文化を追い続けてきたライターの佐久間裕美子さんが今年出版した『ヒップな生活革命』(朝日出版社)は、アメリカ発で進化する「生き方の革命」をレポートした一冊です。編集長インタビュー第三弾は、アメリカ発の「ヒップ」なムーブメントについてお聞きしました。

佐久間裕美子 Yumiko Sakuma

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ライター。1973年生まれ。1993年のスタンフォード大学短期留学中に、サンフランシスコでジャム・バンドの英雄ジェリー・ガルシアのライブを体験し、自由の国アメリカに暮らそうと決める。1996年、大学院終了と同時にニューヨークへ。新聞社のニューヨーク支局、出版社、通信社勤務を経て、2003年に独立。サブプライム金融危機を受けて、インディペンデントのメディアを作りたいと、2012年、『PERISCOPE』を友人たちと立ち上げる。2014年、東京五輪招致の請負人、ニック・バーリーに取材し、『日本はこうしてオリンピックを勝ち取った! 世界を動かすプレゼン力』(NHK出版)を翻訳・構成。これまで、アル・ゴア元副大統領からウディ・アレン、ショーン・ペンまで、多数の著名人や知識人にインタビュー。『BRUTUS』『&プレミアム』『VOGUE』『GQ』など多数の雑誌に寄稿している。

リーマンショック以降の新しい意識を持ったアメリカ人「ヒップスター」

140928yumiko_sakuma_3.jpg『ヒップな生活革命』(朝日出版社)は「これからのアイデア」をコンパクトに提供するブックシリーズ「アイデアインク」の第11弾として7月に出版された。

米田:佐久間さんが今年出版された『ヒップな生活革命』には、「ヒップスター」という言葉が登場しますね。「新しい生き方や働き方、考え方を持ったアメリカの若い人々」の総称だと思うのですが、日本で言う「意識が高い」と似ているというか、アメリカではちょっとシニカルな呼び方というか、揶揄するような意味もあるそうですね。

佐久間:そうなんです。「ヒップスター」は当初の意味から変容してしまって、ネガティブな意味で使うことのほうが最近はむしろ多くなってしまったような感じがありますね。

米田:でも、かっこいい=ヒップって言葉自体は、随分昔からあります。ヒップスターという言われ方をされるトライブがいたり、ムーブメントがあるというのは、やっぱり、リーマンショック以降のアメリカの新しい流れが新しい世代から生まれて、大きなうねりをつくりつつあると考えていいんですよね。

佐久間:ヒップな人とか、いわゆるヒップスター的な人たちっていうのは、米田さんがおっしゃるようにリーマンショックより前からいましたが、「リーマンショック以降の価値観のシフトを、誰がけん引してるのだろう?」と考えたときに、「ヒップスター」っていう言葉以外で説明ができないなという結論に達したんですね。

ヒップスターっていう言葉がネガティブになったのは割と最近のことなんですが、そういう皮肉も含めた総称としての「ヒップな人たち」が手の届くところから社会を懸命に変えようとしているっていうこと自体が、今アメリカで起きている現象だと見ています。

米田:たとえば、サードウェーブ・コーヒーとかポートランドの動きなんかは日本にも漏れ伝わってきていますが、ブルックリンにお住まいの佐久間さんが、実体験として新しい動きがアメリカ社会から出てきたな、と肌身でお感じになったのは、どんな出会いがあったのですか?

佐久間:毎日の小さい出会いの積み重ねでしょうか。私は、アメリカ大統領選の取材もあって、2008年と2012年の2度、アメリカを1周したのですが、2008年と2012年では明らかにアメリカが変わっていたんです。2012年では、田舎のど真ん中にイタリアンのビンテージのエスプレッソマシーンを見つけたりしたんですよね。その際、「この国に何が起こったんだろう?」っていうことを考えたんですね。

米田:たかがエスプレッソマシーンでも、それまでの保守的なアメリカの田舎では考えられなかったことだったと。アメリカの田舎って薄くてあんまりおいしくないアメリカンコーヒーしか出てこないイメージですものね。

佐久間:でも、2012年の旅では、失望感が漂ってるということも感じたんです。

米田:失望感ですか? と言いますと。

佐久間:2008年と2012年の旅というのは、大統領選に際してアメリカ人の心持ちを探っていこうというプロジェクトでした。2008年は、雑誌『Coyote』の企画でやらせていただいて、2012年のときは自分の運営するメディア「PERISCOPE」が立ち上がっていたので、そこに掲載したんですが、2回の全米1周を通して、アメリカ人のアメリカの政治に対する不信感があることを非常に感じたんですね。出版社の編集者の方から「その旅のことを一冊にまとめてみませんか?」と誘われ、「何が自分に書けるのだろうか...」と考えていたのですが、旅先で有機栽培の農家や、ヒッピー系、ヒップスター系の人たちと会ううちに、あれ、何かが変わってきているのかな、と。さらにニューヨークでも普段の仕事をするうえで「今面白いものは何だ?」っていうことを毎回考えながら、お店を探したり、人と会ったりしてるうちに、「これは実はムーブメントだな」っていうふうに思うようになっていきました。

それが食の分野でも衣類の分野でも、メディアの分野でも同時多発的に起きていることに気が付いたんですね。1本の線で結ぶ作業ができるんじゃないかなと思ったのが、『ヒップな生活革命』を執筆するきっかけでした。

ブルックリン地区で感じることができるコミュニティ精神

米田:全米を廻ったご経験に加えて、お住まいのブルックリンで、ヒップスターのムーブメントの変化を毎日のように感じてらっしゃったんですよね。

佐久間:元々は、ニューヨークの中でもいろんなところを転々としてきたんですけど、ブルックリンに住んで今5年目ぐらいです。ブルックリンに落ち着いた理由っていうのも、90年代の終わりぐらいからブルックリンにちょくちょく遊びに来るようになったことにあります。夜遊びや友達に会いに行くのにたまに行くっていう感じだったのが、特に2005年過ぎたぐらいから、気が付いたらディナーを食べるお店もブルックリンにシフトしていたんです。当時はマンハッタンに住んでいましたから、わざわざブルックリンに遊びに行くのが面倒になって、それでブルックリンに引っ越すことにしたんです。

140928yumiko_sakuma_4.jpgマンハッタンの東南に位置するのがブルックリン地区。

米田:僕も2000年代の半ばにマンハッタンではなくてブルックリンに住む友人のところに行ってたんです。当時から、ウィリアムズバーグとかベッドフォードといった辺りにはマンハッタンにはない、趣味のいい個人経営のカフェやレストラン、洋服屋さんなんかがあって、「これから流行りそうだ」といういワクワク感が漂っていたことを覚えています。

佐久間:そう。自分がマンハッタンからわざわざブルックリンに遊びに行ってタクシーとかで帰るのってバカみたいって思ったんだけれども、住んでみたらものすごく居心地が良くて、住民の人たちがリサイクル運動を一生懸命やっていたり、コミュニティー精神にあふれてて、マンハッタンで感じられなかった、隣のおうちの人と助け合うような精神があるんです。

ニューヨークに何年も住んできて、それまで感じたことのないコミュニティーに帰属する感覚というものが湧くようになっていきました。

ニューヨークの食が変わってきた

140928yumiko_sakuma_5.jpg経営するレストランを通じて責任ある食の在り方を提唱しているアンドリュー・ターロウ。彼が手がける店の内装は、建物の構造を活かし、廃材を利用。ゴージャスが主流だったバブル期のスタイルのアンチテーゼとも言える。

米田:佐久間さんは、ニューヨークの食が変わったということも本で書かれてますね。アンドリュー・ターロウ(ウィリアムズバーグの人気レストラン「マーロウ&サンズ」や「ワイスホテル」のオーナー)の話もすごくティピカルな例だなと思うんです。つまり、飲食の経営者たちも考え方が変わり、お店や料理のあり方を変えていったのか。そして、食を楽しむアメリカ人の意識も旧来と変化したのかという部分です。

佐久間:これまではニューヨークの高級料理って、やっぱりヨーロッパのものが偉いという部分がどうしてもあって、バターがたっぷり、みたいなのものが多かったんです。高級食といえばフレンチかイタリアンしかない、みたい感じだったんですけれども、「本当のラグジュアリーっていうのはそういうことなのか?」という議論があったことと、もう1つは、「ニューアメリカン」っていう、素材の力を生かした料理がアンドリュー・ターロウやその周辺の人たちの中から出てきたことですね。

「ニューアメリカン」という言葉もヒップと同じですごく定義しづらいというか、定義があってないようなものも食事のジャンルですけれども、近くで採れるも旬のものをいただくという方向にアメリカの食もシフトしているんですね。レストランにしても、高級な、見かけもすごくクールでモダンなところに行って、高いフランスのシャンパンを飲みながら...っていうことよりも、本質的な価値があって、近くで採れて、おいしいものを飲みながら、おいしいものを食べながら...っていう方に人々の意識がシフトしてきています。

リーマンショックによって金銭以外の価値を探し始めたアメリカ人

140928yumiko_sakuma_6.jpgニューヨーク州で増加中の屋上農園の1つ「ゴッサム・グリーンズ」。

米田:そういう動きはアメリカの中でもニューヨークが最も早いと思うんですが、佐久間さんが本で語られているのは、全米中で新しいムーブメントが起こっているということなんですよね。

佐久間:そうなんです。もちろんブルックリンやポートランドみたいな場所でそういう動きが出てくるっていうのは、まあ普通のことですし、ヒッピーという近い思想を持ってた人たちが以前からにいたわけですからそんなに驚くべきことではないんですけれども、全米中に広まっているというのは、インターネットやテクノロジーの革新、あとコミュニティー性の普及が大きいと考えています。

コミュニティーっていう考え方の普及によってアメリカのメインストリームに影響を及ぼすようになってきている。リベラルな地域じゃないところでもそういうことが目に見えるようになってきたっていうところはムーブメントだなと思う要因ですね。

米田:そこにはオバマが大統領になったということも関係していますか?

佐久間:オバマ大統領というよりリーマンショックをアメリカが経験して、金銭とかの価値がある日突然ゼロになってしまうとかマイナスになってしまうということを経たので、より実質的なことを求めたり、既存の値段の付け方に対して疑問を持ったりするようになってきたっていうことじゃないかと思います。

米田:いわゆる「エシカル」とか、体にいいこと、社会にいいことをしようみたいな意識って、日本でも定着してますし、ここ10年くらい世界的なムーブメントだとも思うんですよね。

佐久間:はい。もちろんです。

米田:ただ、アメリカってすごく消費大国であり、お金がすべての国というところが強かったと思うんですけど、消費行動みたいなものが少し変わりつつある。特に若い層から変わりつつあるっていうことなんですよね。

僕は音楽好きなんですけど、ダウンロードとストリーミングによって、レコードショップやCDショップが世界的にどんどん消えていく中で、個人経営のレコードショップが復活してきている。新しい音楽の文化の再生の兆しがあると佐久間さんがお書きになられていたのは大変面白いなって思ったんです。それから、書店もアメリカではだいぶつぶれたとよく聞いていたんですが、個人書店、小さい本屋さんも少しずつ復活し始めてはいるそうですね。

佐久間:そういったお店は、むしろ今増加傾向にあるんです。先日も車に乗って走ってたら、「あれ?こんなところにレコード屋ができてる!」っていうことがありました。リーマンショック以降に生まれてきた本屋もたくさんありますよ。

米田:音楽がダウンロードで買える時代、本がAmazonやKindleで買える時代の中で、アメリカのインディペンデントな経営者たちはどういうことを考えて、そこに集うお客さんっていうのはどういう人がいるんですか?

佐久間:そういうお店の経営者が考えているのは、本が買えるっていうことだけじゃなくて、人が集う場所を作ることだったり、作家が読者と会える場を提供するということがあると思うんですよね。もちろん、Amazonの利便性というのはずっとあるわけですけれども、利便性以外に本を媒介に人と人がつながる場所があってもいいんじゃないかっていうことを多くの人が思っていて、お客さんも出会いを求めていると思うんですよね。

あとAmazonで本を注文するっていうことと、本屋にふらっと出掛けて、期待してなかったものと出会うっていうことは、体験として全然違いますよね。リーマンショック前にあった大きな書店チェーンっていうのは、Barnes & Nobleとか、Bordersとかっていうところですけども、彼らが担っていた機能はそこじゃなかった。いつ行ってもだいたいの本がそろってるということだったわけです。でもリアルな書店はネットと競争したら勝てない。そこに別にフィジカルなスペースがあることの理由って、「いつもある」っていうこと以外はそんなにない。だから、そういう本屋はつぶれていきました。

けれども、本屋が人とつながれる場所として機能していたり、例えば、地域の住民の好みをよく知っていて、そこを研究している個人経営の本屋だったら、やっぱり住民の人も応援したくなるという構図だと思うんですよね。地元に本屋がないよりは、あったほうがいい、潰れてほしくないなら、応援するしかないということを、一度危機を経験して知ったのかもしれません。

米田:アメリカは国土が広大だし、州ごとに独立の機運みたいなものはあるとは思うんですけど、例えばサンフランシスコみたいな街っていうのは昔からヒッピーの流れがあって、そういうことをやるだろうというのはすぐ分かりますし、ニューヨークもそうですよね。

ただ、南部やいわゆる"バイブルベルト"と呼ばれるような保守的な地域に住んでいる人たちって、こういうところの流れの中で、若い人たちはどのぐらい動いているんだろう?っていう見方も、僕は感じたりもするんですが、いかがですか?

佐久間:おっしゃるように南部は非常に遅れています。その理由の1つは、所得格差がものすごくあることなんです。今、全米に広がりつつある「ヒップな動き」っていうのは、ニューヨークやポートランドみたいなところにいた人たちが「故郷に帰って町おこしをしよう」みたいなことが起きてるんですね。でも、やっぱり南部はものすごくつらい歴史があるし、貧富の差が激しいし、住民の軋轢も問題もあるし、人種差別もまだあります。そういう意味ではやっぱり地元に帰って何かやろうっていう動きは起こりにくい土地だとは言えると思います。

ただ、DIYのムーブメントとか、メイカーズ的なムーブメントって、アメリカでは、ケイティ・クーリックのテレビショーでも取り上げられるぐらいの認知度になってきているんですよ。そう考えると、徐々に南部にも浸透するのかなと思ったりもします。

140928yumiko_sakuma_7.jpgあえてデトロイトを拠点に選んだ時計ブランド「シャノイラ」のニューヨーク旗艦点。

米田:あと、経済破綻したデトロイトでスタートアップが育ってきているという話はすごく面白いですね。ちょっと教えていただけませんか。

佐久間:デトロイトもとにかく過酷な歴史があって、いっときの栄光があって、その後、どんどん人口が減って、アメリカの自動車業界と心中したみたいな街なんですが、そういうつらい歴史がある都市だからこそ出てくる文化的なものみたいなのがいつもあるんですね。

米田:デトロイトは車の街であると同時に音楽の街でもありますね。「モータウン」の発祥の地でもありますし。

佐久間:2011年にデトロイト市は破綻してしまった。破綻って言っても、要するに公共サービスがなくなるみたいなことって、別に普通の人たちにはそこまで影響はないんですが、あれだけ大きな自治体が破綻するっていうのは結構な問題ですよね。でも、破綻した後に、デトロイトがすごい面白くなってきたよねっていう話を耳にするようになったんですね。

米田:実は佐久間さんの本を読む前に「今、デトロイトのスタートアップが面白い」って話を何度か聞いてびっくりしたんですよ。破綻したからこそ、家賃や物価が安くて、起業する「隙間」があるという。

佐久間:はい。私も音楽が好きなので、デトロイトにはよく行っていて現地に友達も大勢いるんですが、破綻した後に「破綻後の未来はどうなるんだろう?」ということで取材に行ったんです。

そしたら、調べれば調べるほどいろいろ面白いスタートアップがデトロイトでやっていたり、草の根的に住民のアイデアが、公共サービスの代わりとして機能していたりっていうことが起きていました。それってすごく今っぽいなと思って。そこにインターネット、あとオープンデータがすごく活かされている感じで、すごく面白かったんですね。

米田:具体的にスタートアップの企業を挙げられますか。

佐久間:時計のブランドの「SHINOLA(シャイノラ)」がありますね。あと「UpTo」っていうカレンダーアプリの会社。あと「Why Don't We Own This?」は、自治体が持ってる差し押さえ物件とかのデータを公開にして、自治体のデータを使って差し押さえ物件を人々が買いやすくするようにするというのがコンセプトの会社なんです。

※2014年10月5日公開の後編に続きます。

(文・聞き手/米田智彦)