問題解決の最初の一歩は、「自分は何か問題を抱えている」と認めることだとよく言われますが、これは、人生のあらゆる側面に当てはまります。「セルフ・アウェアネス(自覚、自己認識)」や「内省」といった言葉には、自助グループの指導者がよく口にする空虚な約束に似た響きがありますが、実は、あらゆる問題の改善につながる出発点なのです。

自己改善は、自己認識なくしては不可能

自己認識(「自分についての知識」や「内省」などと呼ばれる場合もあります)とは、自分自身が持つニーズや願望、失敗、習慣など、自分を動かす何もかもを理解することです。自分自身についての理解が深ければ深いほど、自らの求めに合うように生活をうまく改良できます。

当然のことですが、セルフ・アウェアネスは、精神療法や哲学の分野において大きなテーマとして扱われています。さらに、「自分自身についてのデータを集積すれば、そのデータに基づいて自分を改善できる」という「自己の数量化運動」の基礎にもなっています。米紙『The New York Times』の記事では、セルフ・アウェアネスの起源について以下のように分析しています。

「汝自身を知れ」というのは、ソクラテスの名言です。意外に思う哲学者もいるかもしれませんが、自分自身について知るには、自らを理性的に分析するだけでは不十分であり、自分の感情についても理解する必要があります。筆者の経験から言えば、哲学者は概して、感情のコントロールが特別に優れた人たちというわけではありません。その大半は、感情というものを、気持ちの浮き沈みととらえたり、単なる理性の障害物であるかのように扱っています。精神分析学者のフロイトは、自分自身の感情についてはっきりと把握するのが倫理的にいかに重要であるかを、古代ギリシャの賢者たち以上に理解していました。そしてフロイトは、古代ギリシャの悲劇作家たちと同様に、けれども、詩を理解する力がなくても理解できる科学的な言葉を用いて、さまざまな感情とうまくつき合っていくことの難しさに気づかせてくれました。

本質的には、自分の感情と自らが取る行動に注意を払うほど、自分の日頃の行動の背後にある意味を、より理解できるようになります。また、自分自身の習慣について知れば知るほど、その改善も簡単になっていきます。

たいていはちょっとした実験が必要です。再び『The New York Times』の記事を見てみましょう。「ダブルループ学習」と呼ばれるセルフ・アウェアネスの手法が紹介されています。

それと比べるとあまり一般的ではありませんが、アージリス氏がはるかに効果的な認知アプローチとして挙げるのが「ダブルループ学習」です。この思考法では、それまで自分がとってきたアプローチのあらゆる面に疑問を投げかけます。そうすることで、自分の方法論や偏見、心に深くこびりついている思い込みに光を当てるのです。心理学の手法を応用してこうした自省を行うには、自分の信条を真摯に疑い、そうして得た知見に基づいて行動を起こす勇気が必要になりますが、私たちの人生や目標について、新しい見方ができるようになるかもしれません。

ちまたには、生産性向上のためのさまざまなヒントがあふれています。誰もが、歴史上の天才たちの日課を取り入れてみたり、ネットで見かけた自助努力のためのヒントを徹底的に試してみたりできそうです。けれども、自分にとって適切なアドバイスを選び取ってそれを実行するには、自分自身を充分に理解していなければなりません。

たとえば、私は大学生の頃、夜遅くまで起きてレポートに取り組んでいました。部屋は散らかり放題で、まともな机もなく、徹夜の回数は数え切れないほど。毎日不機嫌で、書いたレポートはひどい出来でした。当時の私は自分を夜型人間だと考えていました。「夜型」という言葉には「クールで創造的なタイプの人間」を連想させる響きがあると感じていたからです。けれども、どう考えても私には合っていませんでした。

ある時、早朝に片づいた机で仕事に取り組めば、最も力を発揮できることに気がつきました。今でもその気になれば、雑然とした机で午前3時まで仕事はできますが、生産性は決して上がらないでしょう。気づくまでには何年もかかりましたが、一度そうとわかれば、二度と元の習慣に戻ることはありません。

セルフ・アウェアネスは万能のメソッドではない。改善への最初の一歩

ただし、自分自身を充分に理解しさえすれば、自らが抱えるあらゆる問題を解決できる、というわけではありません。あくまでも改善に向けて一歩踏み出したに過ぎないのです。私たちの心は弱いものですし、偏った意思決定をさせるさまざまなバイアス(偏見)に満ちています。

行動経済学者のダニエル・カーネマン博士は、著書『Thinking Fast and Slow(邦題:ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?)』の中で、長年にわたってバイアスや人間の意思決定の基本的な仕組みについて研究してきたにも関わらず、研究を始める前から持っていた自分の欠点はいまだになくなっていないと述べています。

加齢による影響が大きいと考えられる点をいくつか除けば、私の直観的思考は、これらのテーマについて研究を行う前と同じくらいに、自信過剰になったり、極端な予測をしてしまったり、誤った計画を立ててしまったりする傾向を強く持っています。向上したのは、失敗が起きる可能性が高い状況を「認識する力」だけです。しかも、自分のそうした状況はなかなか認識できません。自分よりも、他人の失敗に対する認識力のほうがはるかに向上しています。

さらに、カーネマン博士がTEDで述べたように、私たちは、出来事を必ずしも正確に記憶するわけではないため、長い時間をかけてじっくりと自分の過去を振り返って評価したとしても、偏った見方しかできないのです。

同様に、心理学専門誌『Current Directions in Psychological Science』(心理科学の潮流)に掲載されたレビュー記事では、人間の心の中には死角が多く存在するため、セルフ・アウェアネスの実践が不可能である場合が多々あると指摘されています。基本的に私たちは、特定の自己イメージを維持するようにできているため、自分の欠点になかなか気づけないのです。

先ほどの例に戻りますが、私の場合は徹夜についての考え方に問題がありました。自分は夜型人間だと思い込み、朝に勉強や仕事に取り組もうなどとは思いもしなかったのです。長年の間に、私は同様の気づきを何度も体験しています。たとえば、離婚して初めて、自分は思っていたほどコミュニケーションが上手ではなかったことに気づきました。また、自分がどんな人物かを理解するために、あれこれ試し無数の実験を繰り返しました。現在でもたくさんのミスを犯し、大半の時間は自分が何をしているのかさえまったくわかっていませんが、少なくとも、一日の中で最も力を発揮できる時は知っています。

いくつかのヒントを実践して、セルフ・アウェアネスを深めよう

自分自身を完全に理解するのは難しく、自分が持つ認識の誤りをすべて解き明かすのは不可能です。けれども、うまくいかないからといって努力を放棄すべきではありません。人生の問題をひとつ残らず解決できるわけではありませんが、小さな改善を目指して前進するのは可能です。以下にその方法をいくつかご紹介しましょう。

  • 自分自身を客観的に見る方法を身につけましょう:自分自身を実際に客観視するのはほぼ不可能ですが、試してみる価値はあります。以前にもご紹介したように、ここで最も重要なのは、自分の意思決定を詳細に見直して批評するという点です。できれば、信頼できる友人を見つけ、会話をし、友人の批評に耳を傾けましょう。
  • 自分なりのマニフェストを書きましょう:セルフ・アウェアネスの主な目的は自己改善なので、目標が必要だと考えるのは理に適っています。目標が見つからないという人には、マニフェストを書く方法が、自分の求めていることを発見するきっかけになってぴったりです。
  • 日記をつけましょう:先ほど紹介したカーネマン博士の言葉のように、私たちには、過去の出来事をかなり強いバイアスとともに見る傾向があります。自分自身をより正確に評価したいという人には日記がオススメです。日記にはあらゆる内容が記録できるので、現在自分は何に取り組んでいて、今抱えている問題の原因はどこにあるのか、といった事柄を自覚しやすくなります。食事や水分の摂取量、睡眠時間などをこまごまと記録していけば、大きな傾向に気づいてそれを改善できるかもしれません。自分の意思決定スキルについてもっと深く知りたいという人は、『Harvard Business Review』(ハーバード・ビジネス・レビュー)誌で提案されているように、ある事柄の決定がどんな結末に結びつくかを想定して書き出してみましょう。そして、9カ月か10カ月後に、自分が書いた内容を見直してみてください。
  • 自己評価を行いましょう:自己評価は、誰もが職場で行う面倒で細かな作業のうちのひとつですが、これを一種の思考実験として考えるようにすれば、有益な作業に変えられます。自分自身を改善するために何をすべきか考える代わりに、上司の視点から見て、自分が何をすべきかを考えたり、同僚が自分をどう評価するかを想像したりしましょう。このようにすれば、他人の視点で自分を見ることができ、自分自身について、通常よりも少し深い洞察が得られます。

セルフ・アウェアネスは内省ですが、自己陶酔ではない点は、忘れないようにしてください。自分に酔ったり、くよくよ考えすぎたりしていては、何も解決しません。自分のニーズを自覚し、そのための行動に取り組んでいくことでこそ、自己の改善につながります。繰り返し自省したつもりでも、自分の望みにはつながらないときがあるのです。

Thorin Klosowski(原文/訳:丸山佳伸、遠藤康子/ガリレオ)

Photo by Tina Mailhot-Roberge, Dimitar Nikolov, Sodanie Chea.