99U:「仕事を家庭に持ち込まないのが理想(またその逆も)」だと、自己啓発本や、テレビの人生相談でよく語られます。しかし、現実はそれほど単純ではありません。勤務中に、子どもの学校から電話がかかってきたことがある人ならわかる通り、仕事と家庭生活の間にある仕切りは、壁というよりはドアに近いものです。
そのドアを通して、両サイドに感情の流れが行き来します。片方における良いニュースが、もう一方にポジティブな影響を与えます。もちろん、ネガティブな影響もしかり。仕事と家庭をきっちり分けられるという幻想を持つ代わりに、現実を見据えたほうが、はるかに生産的になれます。そう、人生は複雑なのです。
この夏、ヨーロッパの心理学者によって発表された論文を見れば、仕事と家庭が複雑に影響し合っているのがわかります。アナ・サンス・ベルヘル氏率いる研究チームは、スペインにおける25組織の従業員150人の日記を調べることで、「負のスパイラル」と呼ばれる現象を発見しました。それは、仕事と家庭における責務の衝突から始まります。(例えば、子どもを学校に送る役割を負っている人が巻き込まれます) それは、職場の同僚たちとの諍いに発展し、こんどはその諍いが家庭での摩擦を引き起こすのです。私たちは、仕事と家庭は別だと思っています。しかし、ひとたび責務の衝突が起きれば、その影響が連鎖的に広がっていくことを、この研究は示しています。
パートナーの職場生活があなたにも影響する
あなたの家庭生活に影響を与えるのは、あなたの職場生活だけではありません。この研究は、パートナーの職場での体験が、あなたの家庭生活にも影響を及ぼすことを示唆しています。家庭での「今日はどんな日だった?」という何気ない会話が、思いがけない影響をもたらします。114組の共働き夫婦を調べたドイツの研究によると、夫婦のどちらかが、勤務時間後に仕事からの「心理的デタッチメント(仕事から心理的な距離を置くこと)」ができていると、パートナーも仕事から心理的デタッチメントしやすいことがわかりました。簡単にいえば、あなたのパートナーが家で仕事のことを考えないでいられれば、あなたも家で自分の仕事から距離が置けるということです。これは、お互いの家庭と仕事の両面において、良い効果を生みます。
同じく、パートナーが良い気分で帰宅すれば、その気分はあなたにも伝染し、ひいては、あなたの翌日の仕事にも好影響を与えるでしょう。2013年に行われた研究では、100組以上の夫婦に、職場から帰宅した時点と、寝る直前における「自己肯定感」を日記につけてもらいました。その結果、パートナーが仕事に関連する高い自己肯定感を持って帰宅すると、寝るまでの間に、その気分がパートナーにも伝染することがわかりました。この研究は、帰宅するときの気分に注意を向けるべきであることを教えてくれます。職場から持ち帰る感情は、とても伝染しやすいのです。どうせなら、良い気分をシェアしてください。職場でストレスを受けたなら、帰宅するまえに、解消するよう努力してください。それは、あなただけでなく、パートナーのためでもあるのです。
あなたの同僚の、家庭と仕事の衝突が、あなたの仕事に影響を及ぼす
先ほど、仕事と家庭における責務が衝突すると、結果的に、職場での諍いにつながることをお話しました。同じことがあなたの同僚にもあてはまります。同僚の家庭生活と職場生活に衝突があるとき、あなたにも悪い影響が及びます。オランダの研究では、1000組以上の社員のペアを調べ、このことを明らかにしました。ペアの一人が仕事と家庭の責務の衝突に苦しんでいるとき、もう一方の社員も燃え尽きを体験しやすいことがわかりました。また、仕事の意欲も減退しました(退職したい気持ちとして現れる)。この有害な伝染の理由は明確ではありません。しかし、そばにいる同僚が家庭の責務で苦労しているとき、その同僚から愚痴を聞かされたり、仕事をサボっているのを見る機会が増えるのは、容易に想像できます。
ではどうすればいいか
これらの研究は、家庭のパートナーであれ、職場の同僚であれ、私たちがみな、互いに影響を与え合っているのを思い出させてくれます。同僚が苦しんでいれば、それはあなたをも苦しめ、ひいては、あなたのパートナーの家庭生活と職場生活にも悪影響を与えます。家庭と職場のストレスは、どちらも人に伝染します。病気の伝染を防ぐために手を洗うように、お互いにストレスを伝染しないように注意すべきです。柔軟で協力的な雰囲気を作れば、誰もが家庭と仕事の板挟みで苦しまなくて済むでしょう。それは、全員にとって利益となるはずです。
ほかにも参考となる、心理的デタッチメント(仕事から心理的な距離を置くこと)に関する研究がいくつかあります。デタッチメントは大切です。職場で時間に追われる、勤務時間も超過するようになると、結果的に自宅で過ごす時間が減ります。つまり、デタッチする時間が減ることを意味します。これはジレンマです。仕事からの「デタッチメント」が最も必要なときに、デタッチするのが難しい状況が生まれているわけです。とはいえ、研究結果から、仕事モードをオフにする方法が、いくつか示されています。
オフィスを出たときに、頭の中が仕事関連の思考でいっぱいになっているのに気づいたら、仕事上でうまくいったことや、楽しかったことにフォーカスしてください。また、言うまでもないことですが、自宅では仕事のメールを見ないようにします(とくに寝る直前は)。社会活動やエクササイズは、どちらも心理的デタッチメントを助けてくれます。また、研究によると、無報酬のボランティアも効果的だそうです。おそらく、新しいスキルと人間関係が得られるからでしょう。
また、別の研究は、仕事以外の時間を使って、楽しいことや、幸福になれることをする(すなわち「自分の時間」を持つ)ことの重要性を示唆しています。それが、家庭と仕事の責務をうまくこなすことを助けます。例えば、勤務時間後にジムやプールに行き、良い気分で帰宅する母親が、これを実践している典型例です。この母親は、家庭での責務をより楽しんで果たせるだけでなく、翌日の仕事にも良い状態で臨めるでしょう。そして、それがまた家庭生活に良い影響をもたらします。この好循環が続くのが理想です。
あなたは、仕事や家庭でさまざまな責務を負っています。しかし、あなたという人物はたったひとりしか存在しません。あなたが持つ時間も、エネルギーも、リソースにも限りがあります。生活のある領域でプレッシャーが高まれば、ほかの領域にも影響が及びます。パートナーや同僚にも同じことがあてはまります。そして、私たちは互いに影響を与え合っています。そのことを念頭に、みんなに利益があるように行動しましょう。
Work/Life Separation Is Impossible. Here's How to Deal with It.|99U
Christian Jarrett(訳:伊藤貴之)
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