新しいスキルを学ぶことは、市場価値と幸福度を高める最良の道のひとつです。とはいえ、それほど簡単ではありません。新しいスキルを効果的に習得するにはどうすればいいでしょうか? 今回は、新しいスキルの学習について、科学的見地から見てみます。
脳は謎に満ちています。今後の何年かで、脳の働きはかなり解明されるでしょう。とはいえ、脳が新しいことをいかに学ぶのかについては、まだわかりはじめたばかりです。
以下、科学的に効果がある学び方を解説する前に、新しいスキルを学ぶときに脳で何が起きているかを見てみることにします。
新しいスキルを学ぶとき、脳はどう変わるのか?

新しいことを学ぶと、脳は実質的に変化します。そして、学んだスキルが身につくだけでなく、その恩恵は生活全般に及びます。
米ニューヨーカー誌が指摘するとおり、新しいスキルを学ぶと、短期記憶の改善、言語的知能の向上、言語スキルの向上など、さまざまな副次効果があります。
また、訓練を積むほど、脳の活動に変化がもたらされ、スキルの実行がより簡単になります。コーネル大学の専門家は次のように話しています。
あるスキルの訓練を積めば積むほど、脳内の、意識的な操作と注意力に関する領域が不活性になることがわかっています。
その一方で、デフォルトネットワークの活動が増加します。この領域は、自己への内省や、将来の出来事への準備、白昼夢などに関わる場所です。つまり、スキルの熟達は、そのスキルとは直接関係ない脳の領域の活動を変えるのです。この影響は広範囲のネットワークに波及します。
スキルに熟練するほど、脳は働かなくて良くなります。やがて、スキルは自動的になり、意識せずともこなせるようになります。スキルを学ぶほど、脳が実質的に強化されていくからです。Scientific American誌は次のように説明しています。
新しいスキルを学ぶ時、さまざまな要素が組み合わさり、シナプスが強化されます。この現象は「長期増強」と呼ばれます。2つの神経細胞が同時に繰り返し刺激されると、神経細胞間の結合が強化されていきます。いちど神経細胞の間に強い結合が確立されると、片方の神経細胞を刺激したときに、もう一方の神経細胞も活性化しやすくなります。
また、学習は、既存のシナプスを強化するだけでなく、脳そのものを大きくします。科学者たちは光学イメージング技術を使って、この脳の成長を観察しました。例えば、ラットがトンネルをくぐりぬけて餌をとるなどの難しいスキルを学んでいるとき、この現象が見られます。学習を開始してわずか数分のうちに、樹状突起棘と呼ばれる新しい突起が、運動皮質のシナプスの上に伸びていきます。運動皮質は、運動の計画と実行に関わる領域です。
神経細胞間の結合が増えるほど、脳機能が改善され、学習や記憶が容易になります。また、結合が強くなるほど、意識せずにスキルを使えるようになります。すなわち、脳のパワーを別のスキルの習得に向けられるということです。
科学的に効果がある学び方
新しいスキルを学ぶときに脳で何が起きるかがわかりました。では、科学の知識を使って、学習をより効果的にするにはどうすればいいでしょうか?
ガイドやヘルプなしで学ぶ

私たちは、新しいスキルを学ぶ時、Youtubeや、チュートリアル、ガイドなどを頼ります。最初はそれでいいのですが、それを続けていると、本当の学びが起きなくなります。自分自身で問題を解決していないからです。
学ぶためには、人は失敗を必要とします。サイエンス・ライターのアニー・マーフィー・ポール氏は、これを「生産的な失敗」と呼んでいます。
失敗を乗り越えることで、大きな利益が得られます。そのためには、失敗するように状況をセットアップすることです。ガイドやサポートなしで困難な問題に取り組むのです。シンガポール国立教育研究所のマヌー・カプール氏は、何のサポートもない状況で数学の問題に取り組んだ人たちの多くが、正しい解答に辿りつけなかったと報告しています。その代わり、彼らは問題の性質や潜在的な解決策について、数多くのアイデアを生み出しました。それらはすべて、将来同じような問題に取り組むときに役立つものです。カプール氏はこれを「生産的な失敗」と呼びます。あなたも、何の情報もない状態で問題と格闘し、学習プロセスに「生産的な失敗」を組み込んでください。
例えば、ギターの演奏を学んでいるとします。オンラインでタブ譜を探すのは簡単ですが、それではコードを学ぶ助けになりません。答えを見る前に、自分の耳でコードを探ってみます。トライ&エラーで学ぶのです。フラストレーションが溜まりますが、それだけの価値はあります。ほかのスキルも同じです。ときには、どうしても解決策を調べねばならない時もあるでしょう。しかし、まずは独力で問題と格闘するほうが良いのです。
学習時間を分散する

新しいスキルを学ぶ時、ついやり過ぎてしまったり、何時間も息を詰めて取り組みがちです。しかし、いつもそれが良いとは限りません。それよりも、「分散学習」のほうが効果的だと考えられています。Psychological Science in the Public Interest誌に掲載された研究によると、分散学習は集中学習よりずっと効果があるそうです。
ドンロスキー氏と同僚たちは、時間間隔を開けながら勉強すること、試験の前に自分で問題を作って小テストをするのが、効果が高い学習方法だと報告しています。どちらのテクニックも、試験の種類や年齢を問わず効果があることが、繰り返し証明されています。
「私は、学生たちが使っている学習法にショックを受けました。教科書にマーカーで印をつけたり、教科書をひたすら読み続けているのです。これでは学習効果は限られます。単純に時間間隔を開けて学習するだけで効果はずっと高まります」
分散学習は古くからあるテクニックですが、多忙な現代社会においては特に有効です。何時間も机に向かって学習する代わりに、短いセッションを間隔を開けて繰り返す分散学習をしてみましょう。そのほうが、神経細胞間のリンクもより頻繁に刺激され、学習効果が高まります。実際、ひとつのプロジェクトに取り組むのに、1日に15分でも十分なのです。
学習する時間を選ぶ

いつ学ぶかは、どう学ぶかと同じくらい重要です。体内時計的には、1日のうちで仕事に向く時間、学習に向く時間が決まっているそうです。学会誌PLOS ONEに掲載された研究によると、眠る直前に学ぶのが一番効果的だそうです。
この研究では、眠る直前に学習した人たちが、記憶力テストにおいて著しく良い成績を残しました。これは昼寝にもあてはまります。睡眠は記憶の固定に大きな影響を与えます。眠る前に新しいスキルを学ぶと、神経細胞間の結合がより強くなります。つまり、記憶が固定されやすくなるわけです。
学んでいるスキルを日常生活で使う

米Lifehackerは「経験学習」の熱烈な支持者です。経験学習は、米LHで取り上げてきたスキルを学ぶにもベストな方法だからです。学習中のスキルを日常生活で応用すれば、よりしっかりと身につけられます。
理由はシンプルです。実践しながら学ぶことで、記憶に関する働きを総動員できるからです。学んでいることを現実世界と結びつけることで、脳内に強い結合を作れます。結果として、学んだスキルも忘れにくくなります。とくに外国語の学習では実践が鍵となります。
実践しながら学ぶ方法はたくさんあります。例えば、音楽のスキルなら「計画的訓練」が有効です。自分が今していることを常に意識しながら練習する方法です。計画的訓練では常に頭を使い、短いセッションに集中して取り組みます。ハードにではなくスマートに訓練するのです。
何かを記憶するときには文脈がある方がうまくいきます。新しいスキルの学習も同じです。つまり、新しいスキルを、日常生活の文脈の中で使うのです。数学を学んでいるなら、数学を毎日使ってくだださい。通勤における燃費効率を計算するだけでもOKです。単純なことですが、脳内の結合を作るには非常に有効です。
人によって自分に合う学び方が違うでしょう。なので、新しいスキルに取り組むときには、いろいろなメソッドを試してみないとわかりません。ここで紹介した学習方法は氷山の一角です。とはいえ、良いスタート地点にはなるでしょう。誰でも途中で、たくさんの壁にぶつかります。継続するのも大変です。しかし、それだけの価値はあります。苦難の末にあなたが手に入れるのは、より大きくて賢い脳です。それは、日常生活全般に恩恵をもたらすはずです。
Thorin Klosowski(原文/訳:伊藤貴之)
Photos by Vladgrin (Shutterstock), Jean-Etienne Minh-Duy Poirrier, Pierre-Olivier Carles, Harald Groven, and PinkMoose.