仕事をスムーズに進め、より「ハカどる」ためにはどうすればいいのか。今話題のハカどっているヒトを発見し、「ハカどーる認定」していく「噛みしめて読みたい。ハカどーるヒトたち。 powered by lifehacker」。
「クロレッツ」「リカルデント」「ストライド」といったガムで知られるお菓子メーカー「モンデリーズ・ジャパン」の「ガムならハカどーる」委員会と一緒に立ち上げたこの企画。第4弾は"たったひとりの家電メーカー"として注目されている「Bsize(ビーサイズ)」の八木啓太さんの登場です。
ぜひガムを噛みながら読んでみてください。八木さんが、"ひとりメーカー"と呼ばれているのは、商品の企画、デザイン、製造、流通までを、たった1人で始めたクリエイターだからです。いまでこそオフィスには数人のスタッフを抱えていますが、レッド・ドット・デザイン賞を受賞したLEDデスクライト『STROKE』や、ドイツのiFデザイン賞を受賞したワイヤレス充電器『REST』は、彼が1人で起業して始めたプロジェクトです。世界的なデザイン賞を受賞したプロダクトを2つも生み出した彼の仕事術を教えてもらいました。
「技術」と「不満」を線で結ぶとアイデアが生まれる
"ひとりメーカー"として多くの経済新聞から取材をされている八木さんが、モノを作るときに大切にしていることは何なのでしょうか。まずは"核"となる部分から聞いてみました。
八木:生活の中での不満を日本人は我慢しちゃう傾向があるので、そこを我慢せずにちゃんと汲み取ってストックするようにケアしているんです。生活の中で不満に感じることを大切にして、気づいたらEvernoteにメモします。自社のプロダクトを構想する際にそれらのメモを役立てています。例えば、スマホの充電器ってコードを差すのが面倒くさいし、表と裏を間違えると差せないじゃないですか。その点について不満に感じたのであれば、ちゃんとメモしておくんです。そのようにして生まれた製品が、ワイヤレス充電器の『REST』です。人間は無意識のうちに不便さにも順応してしまうため、日常の中で感じる不満に気づくことは案外難しいことだと思っているんですよ。だから不満を見逃さずに、きちんとメモにしておくことが重要なんです。
LEDデスクライト『STROKE』の時は逆のパターンでした。というのは、生活者の気持ちをストックする一方で、僕は技術者でもあるので、優れた技術もメモしているんです。展示会を見に行った時や、サプライヤーから新技術を紹介された時に『あ、これ面白いな』というものがあれば、必ずストックする。この「不満ストック」と「技術ストック」の2つがあって、「これとこれを繋げたら解決できる」という"線"を引くことが、自分の中での"アイデア"や"デザイン"だと思っています。
では実際に、LEDデスクライト『STROKE』のアイデアはどのようにひらめいたのでしょうか?
八木:僕はまだその頃、富士フイルムの医療機器エンジニアをやっていて、ある業者さんから「このLEDチップを手術灯にどうですか?」と紹介を受けたんです。色が非常に正しく出るので血液や臓器が正しい色味で見えるだけでなく、光に柔らかい広がりがあるのでドクターが手術をしている際に手元が影にならない、というのがその製品の特徴でした。結局、会社は採用しなかったんですけど、そんなにいい光があるなら自分が使いたいなと思って、サンプルをもらってプロトタイプを作ることにしたんですよ。そしたら本当にいい光だった。これは、もしかしたら欲しい人がいるかもしれないと思って、事業化することを考え始めたんです。だから、僕が独立したきっかけでもあるんですよね。『STROKE』の場合は"技術のストック"から商品企画が始まりました。八木さんのモノ作りの原点は、人々の不満を新しい技術で解消すること。ただ単に新しい技術を使うのではなく、その技術の使い道を応用して、生活者が無意識に感じる「面倒くささ」とむすびつけ、全く新しいプロダクトにを作ってしまうのです。
商品化のGOを出す基準は「真・善・美」があるかどうか
では、色々とアイデアが浮かぶ中で、自分の中で製品化のGOを出す基準はどのようなものなのでしょうか?
八木:難しい質問ですね。数値化して切っているわけではないんですよね。ビジネスとしてやる以上、もちろんお金のことも考えます。でも、一番大事にしているのは、「真・善・美」という考え方です。デザインによって世の中を美しくできるか。テクノロジーによって社会を効率化ができるか。トータルで社会貢献できるか。その3つを満たしていれば、世の中に出す価値があると思っています。でも、そのどれか1つでも欠けていたら──例えば、いいプロダクトだし儲かりそうだけど、環境に良くないと感じたら、そこで諦めることにしています。3つのどれが欠けても、優れた製品にはならないんですよね。技術が足りなくて美しく仕上がらない場合は、まだ商品化する時期ではない。その説きは、世の中には出さないことを選びます。とはいえ、多くの人間は、お金をたくさん稼ぎたいと思うもの。なぜ八木さんは、そのような志を持ち続けることができるのでしょう。
八木:最近の若い人には、大企業よりもNPOの方が人気があったりしますよね。物質や情報は十分満足している時代でもあるので、それをシェアすることに喜びを感じるみたいなところもあるじゃないですか。自分ももしかしたら、そういうところがあるのかもしれないですね。それから、僕の家族は兄弟が多かったんですよ。僕は7人兄弟の3番目。年上の兄と年下の妹、両方にとって良いバランスを探さないと居心地が悪くなる、いわば小さな社会で育ったんです。それで、どうすれば全体がより良くなるかを考えることが、最終的に自分がハッピーになるということを自然と学んだんだと思います。最近、そのことが自分のモノ作りのマインドと紐づいてるのかもしれないと考えているんですよね。
では、次に、八木さんがどのように『STROKE』のデザインから製作にまで至ったのかについて、詳しく聞いてみましょう。
八木:当時の一般的なLEDは青みがかっていたり目がチカチカするものが多くて、あんまりいいものがなかったんです。でも、良いものもあるんだよということを、1つのプロダクトという形で世の中に提供したいと思ったんですよね。ライトをつける時って、見たいものがあるわけですよね。だから、「光」と「見たいもの」が主役であって、デスクライトなんて、本来はなくてもいいんじゃないかと思ったんです。ハードとしてのデスクライトは必要なくて、理想としては、光だけあればいいと。でも、技術的には不可能なので、なんとかそこに近づけるために、いろいろ考えて削ぎ落した結果、あの形になりました。
例えば、パイプに継ぎ目があったら意識してしまうから全ての継ぎ目はなくそうとか、パイプが角パイプだったらエッジが出てしまうので、丸パイプにしてエッジをなくそうとか、あとは質感をマットにすることで空間とデスクライトの境界をぼかすようにしようとか。ディテールを工夫することで、光をつけた瞬間に、ハードが意識から消えるようなデスクライトにしたかったんです。「見たいもの」に集中してもらうために、あのデザインが生まれました。
プロトタイプの数はなんと100台! 徹底的にいいモノを追求する姿勢
事務所には「STROKE」のプロトタイプが約100台もあり、それらを見せてもらうことができました。
八木:例えば初期のものは上のバーが回転できるようになっていました。でも、光自体に広がりがあることに気づき、角度調整する必要がなかったんですよね。これも一種の発見だったんですけど、世の中のデスクライトって角度調整ができるのではなく、調整しなきゃいけないんです。でも光に広がりがあれば、調整しなくてもただ置くだけでデスク環境を最適化してくれる。結果的に、継ぎ目のないデザインができました。たくさん並んでいるプロトタイプは、素材、形状、仕上げなど、すべてが微妙に違っています。例えば長さが少し短かったり、マットな色の塗料の中でも汚れがつきにやすいものと、つきにくいものがあったりします。
プロトタイプの数を見るだけでも、最終形に行き着くまでにはかなりの検証が繰り返されたことがわかります。大きさなどの全体のデザインは、どのように決まったのでしょうか?
八木:現代のオフィスだと、基本的には机の上にPCディスプレイがありますよね。いろんなサイズがありますけど、大体の市販のディスプレイにフィットする高さと幅を考えると、大きさは自然と決まってくるんですよ。なので、僕がデザインしたというよりは一般的な環境に適応するデザインにしていったことで、自然と決まっていったんです。そして、机との設置面も、大きいと邪魔になので、極力小さくしたかった。でも光源の重さもあるので、バランスを取るために重心の計算をして最適化しています。こちらも、シミュレーションで重心を出し、実物で検証もしています。電源ボタンのモックなどは、最初は3Dプリンタを活用して、自分たちでできるところはお金をかけずに、プロトタイピングを進めたそうです。いくつものパターンを試行錯誤する作業も大変なのですが、今回のプロジェクトで八木さんが一番奮闘したのが、パイプを曲げる工場を見つけ出す行程です。細いパイプを連続的に曲げるのはかなり難易度が高く、約20社に断られた末に、自動車の配管を曲げる業者から「うちなら、できる」と快諾をもらえたそうです。「Made in Japanの高度な技術あって、初めてできたんですよ」と八木さんは教えてくれました。
では、どれぐらいの予算があれば、商品開発にチャレンジできるのででしょうか? 業務計画について、教えていただきましょう。
八木:コストは、独立する前から見積もっていました。予算は1000万円、開発期間は1年と考えていました。1000万円の振り分けですか? 僕は2年間無給でしたので、人件費はかかっていないです。あとは試作費用と原材料費。最初に100台量産したんですけど、その原価と金型などのイニシャルコストが500万円。残りの500万円は試作費用とか、評価費用、シュミレーション費用ですね。八木さんは、最初は100台の部品を調達して、自宅で組み立て作業までしていたそうです。オンラインストアを立ち上げて、そこで販売し、売れるたびに自分で組み立てて発送するというシステム。
八木:最近はBASEやSTORES.jpなどが登場しているので、オンラインストアを1人で簡単に始められます。あとはFacebookを使って情報発信して、口コミで広がっていきました。でも、売れるかどうかは、もう一種の賭けみたいなものでしたね。僕の場合、800台売れればWINできる見積もりだったので、3年で売れなければ、また就職活動をしようと覚悟を決めました。自分のお金で世界一周旅行をしてダメだったら、また会社に戻ろう、みたいな感覚ですよ。勝負としては五分五分です。幸いにもFacebookなどの低コストで情報発信するツールが普及してきてくれたおかげで、目標を達成できました。
コンセプトからブレない商品を作り、SNSで情報発信する
とはいえ、個人がFacebookで情報発信して顧客を増やすには限界があります。プロジェクトの成功の分岐点、つまり、今のように経済新聞をはじめ、多くのメディアから八木さんに取材オファーが来るようになったのはいつ頃なのでしょうか。
八木:ローカル新聞の、神奈川新聞さんが初めて取材にきてくれたんですよ。『STROKE』がグッドデザイン賞とレッド・ドット・デザイン賞を獲った時ですかね。実はそれまで、1人でやっていることは公開していませんでした。品質などに不安を感じるお客さんもいるのではないかと思っていたんです。でも、取材にいらした方に、「1人でやってることが、すごい面白いから発信した方がいい」と言われたんです。それで、"ひとりメーカー"というキャッチコピーをつけてくれたんですよ。そのコピーがウェブや雑誌でバズり、営業マンの代わりをしてくれました。それがきっかけとなり、売り上げが伸びて、次の製品を作れたり、社員を雇えるようになったんです。八木さんは、分岐点について「ひとりメーカー」というコピーがきっかけだったと話しますが、忘れてはならないのは、「ひとりメーカー」と言われる以前に、彼の作品自体が、世界的なデザイン賞での評価を受けていたということです。
八木:聞いたこともないメーカーで、聞いたこともない商品だと、お客さまも安心して買ってはくれないだろうと考えていました。第三者からの評価をうまく活用することは、信頼を得る意味で大事ですね。海外の賞に出品するためにはお金がかかるんですけど、それも投資だと思って応募しました。八木さんのデザインはとてもユニバーサルなデザインですが、第三者から評価されるモノを作るための、自分の中での指標はあるのでしょうか?
八木:デザイン面でいうと、最初に考えたコンセプトをちゃんと体現できるまでは、破綻させないことです。よく、コンセプトモデルと最終製品が全然違うことってあるじゃないですか。最初に作ったコンセプト、例えば『STROKE』だったら、光だけにするとか、充電器『REST』だったら、寝室のベッドサイドテーブルの位置に溶け込んで、消えてなくなるとか、そういうコンセプトを元に製品をデザインして、どこかに1つでも破綻があれば、僕は発売しません。破綻は絶対にさせないというのが、こだわっているポイントです。ですので、『STROKE』の場合は、パイプに継ぎ目が入ってしまうようであれば、世の中に出さない覚悟でやっていました。このように、熱い想いと覚悟をもってモノ作りをする八木さん。自分にとっての原点は、Apple、ダイソン、BOSE、バング&オルフセンなどのメーカーだそうです。
八木:ダイソンの、モノづくりにおいて苦労を惜しまない姿勢も尊敬してますし、BOSEのように、全く新しいテクノロジーを音楽業界に取り入れてシーンを盛り上げているマインドもカッコいいと思います。結局、自分が惹かれているのは、テクノロジーとデザイン、そして社会貢献を考えている姿勢なんでしょうね。いろんな影響を受けているメーカーの要素を因数分解してみると、その3つに辿り着くんです。彼らの作品を見ていていつも思うのは、自分たちのコアなテクノロジーやコンピタンスを大事にしながらも、それを手段だとしか思ってないんですよね。結局それを使って、ユーザーに対して、どんな新しい体験を提供できるかということを一番に考えている。そこにすごく共感するんです。
八木さんのビジョンは、世界の巨匠たちと同じように、テクノロジーとデザインで世の中を豊かにすること。そのために、覚悟をもって自ら出資し、コンセプトにあったものができるまでは諦めない。その姿勢こそが、「ハカどる」秘訣なのだと思います。
(文/松尾仁、写真/今津聡子)