きょうご紹介したいのは、『週末は田舎暮らし---ゼロからはじめた「二地域居住」奮闘記』(馬場未織著、ダイヤモンド社)。東京に生まれ育ち、建築事務所勤務を経て建築ライターとして活動する著者が、家族5人(+ネコ2匹+その時々に飼う動物)の二地域居住生活をスタートさせ、現在に至るまでのプロセスをつづったエッセイです。

ここに描かれているのは、ある意味で、東京に住む多くの人が憧れていながらも実現させることのできない理想的な生活かもしれません。内容を簡単にご紹介しましょう。

田舎暮らしの経験は皆無

著者が家族とともに「平日は東京で働き、週末は田舎(千葉県南房総市の里山)で過ごす」というライフスタイルを実践しはじめてから、今年で8年目になるのだそうです。東京から車で約1時間半の距離にある二地域を、通算で200往復はしているといいます。

個人的には、その記述にこそ著者のあり方の本質があるように思えました。田舎暮らしに憧れて行動に出たものの、結局は長続きしなかった、もしくは本当の意味での田舎暮らしとは言い難い「田舎暮らし風の暮らし」をしている人も少なくないなか、8年もそんな生活を続けてこられたということ自体が信頼に値するからです。

しかも興味深いのは、「夫婦して田舎暮らしの経験は皆無、親の代も都市生活者」だということ。事実、文章の端々から感じられる志向も基本的には都会人のそれです。

東京都内のマンションで生まれ、そのまま都内で育ちました。(中略)大学では建築や都市について学び、(中略)就職先の建築設計事務所では日がな一日タコ部屋で図面をひき、時間ができれば展覧会や美術館巡りをし、舞台や映画を鑑賞し、たまーにクラブに行き、家に帰って本を読む。(38ページより)

もしも著者が、よくいる"理想論的自然志向の人"だったとしたら、「わりとよくある話だよね」というところで完結していたかもしれません。しかし、そうではないからおもしろい。たとえばスーパーカーブームの時代に小学生だったというご主人は、いまだに「一生に一度くらいはフェラーリのオーナーになってみたいなあ!」という気持ちを持っているのだといいます。

つまりはそんな、アンバランスの一歩手前で踏みとどまっているような、ギリギリのバランス感覚が心地よい。その等身大なスタンスが、読者に不思議な安心感を与えてくれるのです。

東京でのセンスを嵌め込まない

本書では、そんな著者夫婦が知識のないままネットで土地探しをはじめ、悩んだ挙句に買おうと決めた土地を逃し、南房総で「運命の土地(と古民家)」と出会い......というストーリーが軽妙な文体で紹介されます。とても魅力的なのは、そのプロセスが必ずしも洗練されてはいないところ。それどころか、失敗の連続といってもいいくらいだからこそ、著者が決して「自分たちにはできないことをやってのけた雲の上の人」ではないことを感じさせてくれるのです。

また、強く共感できるのは、都会人でありながら、田舎の暮らしに都会を持ち込もうとはしないところ。

ひそかに心に決めたことがあります。

この家は、極力手を入れずに、このままで住もう。

東京でのライフスタイルやセンスを嵌め込むのではなく、昔からここで寝起きして、日々を紡ぎ、年月を重ねてきた農家の人々の暮らしにできるだけ寄り添ってみよう、と。(中略)

「建築の仕事していたのに、ずいぶんあっさりしてるな。なんか設計したくないのか?」と夫から不思議がられましたが、「このままで不都合ないじゃない? 家計にとってもその方がいいでしょ?」と言うと「そうだな」で終了。(107ページより)

さりげないやりとりのなかに、「気負わず、受け入れることこそがなによりも大切」なのだという"無意識のメッセージ"が込められているようにも思えました。

草刈りから動物の死まで

中学1年生の長男、小学3年生の長女、そして5歳の次女と3人の子どもたちも自然のなかでの生活を楽しみ、「東京の人たちがこっちに越してくるんだって」という噂を聞きつけた地元の人々からも暖かく受け入れられ、家族はこの地でさまざまな体験をします。

「草ぼうぼう」だった土地の草刈りから、「食べられる自然を見つける」ことまで、新鮮な出来事の連続。しかもそのひとつひとつを家族みんなが楽しんでいることがわかるので、我がことのように読み進めることができます(蛇足ですが、読みながら『おおかみこどもの雨と雪』に描写されていた生活を思い出しました)。

しかもただ「うれしい、楽しい」だけではなく、飼っていたキジの赤ちゃんが死んでしまったときの哀しみなどもしっかり描写されており、それは人間にとって大切なものの価値を再確認させてくれるようにも思えます。

親が、子どもに教えられることなどありません。一緒になって小さな命と向き合い、寄り添い、その中で自分たちの振る舞いの良し悪しが刻み付けられる。自然、という漠然とした存在が、一気に我がことになっていく強烈な出来事を、親も子もなく一緒になって経験する日々が、今も続いています。(159ページより)

もうひとつ評価に値するのは、東京都南房総との二重生活を続ける著者が、その経験を活かしている点。里山保全・里山活用を目的とした「南房総リパブリック」というNPOの発足、南房総の新鮮な野菜が食べられる「洗足カフェ」のオープン、里山環境の拠点である「三芳つくるハウス」の設立など、南房総と都会をつなぐ試みを具体的に推進しているのです。

つまりは「家族のあり方」「自然との向き合い方」のみならず、現代における仕事のあり方も提示されているということ。そういう意味でも、読みごたえのある内容だと思います。

(印南敦史)