交渉では最初に金額を提示した方が不利とよく聞きますが、逆に交渉の席で最初に金額を提示した人の方が、より高い金額を手にできるのだそうです。これを心理学者は「アンカリングの法則」と呼んでいます。最初に提示された情報に、かなり認識が偏ってくるのです。例えば、給与交渉の場合、誰かが最初に金額を提示すると、それを基準として変動可能な範囲が設定されます。あなたが最初に高めの金額を設定をすれば、人事担当者は少し下げてくるかもしれません。しかし、低めからスタートして交渉で上げようとするよりは、一般的に強い立場になれます。
ノースウェスタン大学の経営学教授Leigh Thompson氏は、次のように言っています。
ほとんどの人が、交渉の席で最初に条件を提示してはいけないと、かなり強く思っています。私たちの研究と、それを裏付ける多くの研究によると、これはまったくの反対です。最初に条件を提示した人の方が、より良い結果を得ています。
マーケターはこのアンカリングの法則を利用して、実際よりも安く思わせるようにしています。例えば、割引になっているパンツの値札には、値引き前の金額も書かれています。実際に支払う金額よりも、どれくらい得をするかに意識が向くようになるからです。
交渉の場では、この認識バイアスを自分に有利になるように使いましょう。「最初に条件を提示した人は、交渉のテーブルにアンカー(いかり)を下ろすことになります。最初に提示した条件がどんなにバカバカしいものでも、無意識のうちにそれが基準になるのです」とThompson氏は言っています。
その上、最初に提示した条件が、相手に「交渉しているものの価値」も意識させることになります。「最初に強気な金額を提示すると、相手はそのような価値に見合うものなのだと思わせられるので、交渉しているものは質が良いものだと考えるようになります」と、コロンビア大学経営大学院のAdam Galinsky教授は言っています。一方、低い金額を提示すると、価格の低いものは質が悪いことが多いので、悪いものだと考えるようになります。
Galinsky教授は次のようにコメントしています。
私の調査では、最初の条件提示は、バカバカしくない程度に強気なものにした方がいいことが分かりました。交渉する人の多くは、最初に強気な条件を提示すると、相手に驚かれたり嫌がられたりするのではないかと恐れます。おそらく、それが嫌で強気な条件を提示しないのでしょう。しかし、研究によると、そこまで怖がる必要はないことが分かりました。実際には、交渉する人が提示する最初の条件では、ほとんどの場合、相手はそこまで嫌な思いをしていません。
強気過ぎない高めの金額から交渉を始めるためには、はっきりとこの金額にしてくださいと言うのではなく、ただ数字だけを提案してみましょう。
ハーバード大学法科大学院の交渉プログラムでは、その理由を具体的に以下のように説明しています。
リスクがかなり少ない効果的なアンカーの出し方は、最初にどっしりと交渉のテーブルに置くのではなく、関連する数字を紹介していくだけにすることです。求人の応募者は「自分の市場価値は年収85,000〜95,000ドルの間くらいだと言われています」といった言い方をしましょう。もしくは「前職の同僚は92,000ドルの金額を提示されていました」といった言い方でもいいです。この言い方なら、条件を提示したことになりませんが、相手の契約可能な金額の範囲に影響を与えるアンカーとなります。
次回交渉の席に着く時は、恥ずかしがらずに最初から条件を提示していきましょう。
Drake Baer(原文/訳:的野裕子)
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