ここは個人的な主義主張を展開する場ではないので、政治的な話題はなるべく避けるように心がけてきたつもりです。しかし、簡略化すれば「日本が戦渦に巻き込まれたとしても文句が言えないシステム」である集団的自衛権については、もう少し議論がなされるべきなのではないかと思えてなりません。
そこできょうは、『十代のきみたちへ ──ぜひ読んでほしい憲法の本』(日野原重明著、冨山房インターナショナル)をご紹介したいと思います。著者はご存知のとおり、102歳になる聖路加国際病院名誉院長。そんな立場から憲法について語った本書は、タイトルこそ中高生向けではありますが、20~30代のビジネスパーソンにも、ぜひ読んでいただきたい書籍です。
なぜ医師なのに憲法に興味を持ったのか。それは「いのちを守る」という医師の仕事に、日本の憲法が深い関係を持っていると思ったからです。わたしたち医師の仕事は、みんなのいのちを守ることです。(中略)憲法という法律も、国民のいのちを守るはたらきをしています。その国でくらしている人たちが、ひどいめにあわないように、とくに国のえらい人たちや国会議員が変なことをしないように、法律ということばの壁で国民を守っています。(8ページより)
しかし現在の憲法のあり方は、102歳の視点から見てもおかしく映るようです。
日本国憲法とはなにか
最初の章では、聖徳太子の十七条憲法、明治政府の大日本帝国憲法、戦後日本の日本国憲法と、時代ごとの憲法について、順を追ってわかりやすく解説しています。「おとなも憲法のことをよくわかっていない」という指摘は耳が痛いところですが、平易な文章を読み進めていくうちに、憲法の歴史や構造を学びとることができます。
わたしは、日本国憲法について、「いのちの泉のようなもの」という感じを持っています。(中略)その泉はだれが見ても汚してはいけないものだとわかります。なぜなら、その水はいのちだからです。次々と生まれてくるいのち。それを静かに守る泉。わたしは人間のいのちと憲法の関係をそんなふうにとらえています。(39ページより)
これはまさに集団的自衛権の問題につながっていく考え方だと思いますが、特徴的なのは著者が決して自身の考え方を押しつけてはいない点です。
わたしは自分の考え方が正しいと思っているのだけれども、そこに反対の意見の人があらわれると、議論になります。(中略)すると、自分では見えていたつもりのものが、じつは見えていなかったことがわかったり、正しいと思っていたものが、ある環境のもとでは正しくないことがわかったりします。(42ページより)
だから、いろいろな意見を持った人たちが話し合うことは大切。憲法のことだけではなく、社会のさまざまなシーンにもいえることではないでしょうか。(15ページより)
憲法改正をめぐる動き
3章「憲法改正をめぐる動き」で著者は、「『日本国憲法を改正すべきだ』という意見を持っている人たちは、いまの憲法に問題があると考えています」と説明したえで、その最たるものとして第九条に触れています。
第九条 1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。(61ページより)
最初の「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」と、第2項の「前項の目的を達するため」は、日本の国会でつけ加えられたものだそうです。つまり自衛隊を完全に憲法違反としたGHQの原案を、「日本が自衛のための戦力を持てるように」修正してあるわけです。
ただし、それでも自衛隊の存在は憲法違反ぎりぎりであり、日本人ならではの「本音と建前は別」という考え方に根ざしているというのが著者の主張。当然ながら、このことについてもさまざまな意見があるでしょうが、「では、どうすべきなのか」を考えなおすきっかけとして、とても有効だと感じます。(55ページより)
日本国憲法への著者の思い
タイトルどおり、4章に記されているのは著者の日本国憲法への思い。ナイチンゲールの話からはじまって、いじめ、自殺問題にまで言及するその流れは説得力を感じさせます。特に印象に残ったのは、次の一文。
いのちを守る憲法を持っている日本の人たちは、もっともっといのちを大切にしなければなりません。(中略)お金もうけばかりに気を取られていると、そのうち憲法を変えようとする人たちに、いのちを守らない憲法をつくられてしまうかもしれません。(後略)(83ページより)
「いま」のタイミングだからこそ、なおさらこのことは肝に銘じておくべきだと思います。(69ページより)
巻末には付録として、新字・新かなづかいによる日本国憲法全文も掲載されていますので、自分自身の価値観で憲法を判断するこもできるでしょう。子ども向けだろうと敬遠することなく、ぜひ手にとっていただきたいと思います。
(印南敦史)