ひらめきはカオスから生まれる』(オリ・ブラフマン、ジューダ・ポラック著、金子一雄訳、入山章栄解説、日経BP社)がいう「カオス」とは、「ものごとが制御できない状態」のこと。企業などは規模が大きくなればなるほど決まりごとが増えて硬直化していくものですが、そこにカオスを意識的に加えれば、効果的な「ひらめき」を生み出すことができるというわけです。

そのために不可欠なキーワードは、以下の3つだといいます。

1.「余白」(組織や個人の時間的・思考的な余裕。思考の余白がひらめきを生むということ)

2.「異分子」(本来なら組織にないような異質な人材)

3.「計画されたセレンディピティ」(「余白」や「異分子」から生み出されたカオスの方向性をコントロールすることにより、ひらめきが生まれる確率を高めること)

この3つのキーワードを身近なものにすべく、第5章「裸でサーフィン」から話題を引き出してみます。

テレビゲームとゴリラ

この章で「少し変わっていた」人として取り上げられているのは、任天堂で数々のヒットを生み出してきたゲームクリエイターの宮本茂氏。

宮本は日本の京都で生まれ育ち、幼いころから漫画家や操り人形師にあこがれていた夢想家であり芸術家でもある。

金沢美術工芸大学に進学するものの、学業のできはアインシュタインと大差なかった。(中略)おかげで卒業までに5年を要した。(146ページより)

そんな学生時代を経て、任天堂へ。ちなみに任天堂の山内溥社長が「宮本のように大学で工業デザインを専攻した人間を採用することには消極的だった」にもかかわらず入社できたのは、父親が援助の手を差し伸べてくれたからだとか。この時点ですでに「異分子」だったわけです。(145ページより)

必要なのは技術者で、絵描きは不要

ちなみにそのころ、きわめて単純な仕組みだったアーケード・ゲーム(業務用ゲーム機)に「スペースインベーダー」や「パックマン」など簡素な画像のキャラクターが導入され、世界中で大ヒット。任天堂はアーケード・ゲーム市場には参入していませんでしたが、すでに「カラーテレビゲーム」という家庭向けテレビゲームで大成功を収めていたので、その技術をアーケード・ゲームにも応用できないものかと考えていたのだそうです。

そこで、よりよいゲーム機本体を製造するため、技術力を最大限に発揮することに。画面の解像度アップなど技術面の改革に取り組み、一方の宮本氏はイラストを描き、ゲームのキャラクターデザインを担当しました。こうして生まれたのが「レーダー・スコープ」というアーケード・ゲームでしたが、結果的には大失敗。(147ページより)

キャラクターに命を吹き込む

任天堂は売れ残った「レーダー・スコープ」の在庫を大量に抱え込むことになったため、デザイナーの宮本氏は、子どもが遊びたくなるような新たなゲームの開発を命じられることになります。しかも「レーダー・スコープ」の本体はそのまま利用し、基盤だけを交換して別種のゲーム機に仕立てることになったのだそうです。

テレビゲームは一つの「物語」であるべきだ、というのが彼の信条だった。そして、プレーヤーがさまざまな「感情」を体験するような、それまでだれも考えたことのないゲームを頭に思い描きはじめていた。(149ページより)

それは、テレビゲームの世界に、コミックに登場するような「キャラクター」を持ち込み、命を吹き込もうという斬新な考え。しかし、前例のない挑戦でもあったといいます。そこで、有名な横井軍平氏をはじめとする社内エンジニアたちから技術的制約について学び、苦心のすえに新たなキャラクターを生み出しました。

青いシャツに赤いオーバーオールを見にまとい、真っ赤な帽子をかぶり、白い軍手をはめ、だんご鼻の下に立派なヒゲを蓄えた、ずんぐりむっくりの大工。そう、おなじみの「マリオ」である。(150ページより)

さらに、ゲームのストーリーも自ら考案。ペットのゴリラに誘拐された恋人を救出するため、主人公はゴリラの投げかける妨害を乗り越えつつ美女のもとへ...。こうして完成したアーケード・ゲームは「ドンキー・コング」と名づけられ、大ヒット。そしてこれが、続く「スーパーマリオブラザーズ」の誕生へとつながっていったわけです。(149ページより)

「異分子」が起こした革命

今日では当たり前な「テレビゲームにストーリーを組み入れる」という発想は、当時としては革命的だったといいます。しかし宮本氏は、プレーヤーが真に求めるものは何かと思いをめぐらせたわけです。そしてさらに、キャラクターの名前をアメリカの小説家、F・スコット・フィッツジェラルドの妻の名前からとった「ゼルダの伝説」をも生み出します。「テレビゲーム業界のエンジニアやクリエイターのなかで、文学から着想を得たものは少ない」なか、結果的にはこちらも大ヒットしたことは有名な話です。

「異分子」としての自らのポテンシャルを有効活用したからこそ、宮本氏は成功を収めることができたということ。そして、それこそがまさに「異分子が生み出したひらめき」であるというわけです。(152ページより)

「ペストで人口が半減した中世ヨーロッパ」から「イラクやアフガニスタンで苦しむアメリカ軍」に至るまで、他の話題も実に広範。というわけで、とても読みごたえのある内容になっています。ぜひ一度、手にとってみてください。

(印南敦史)