GigaOM:バーバリーのCEOであるアンジェラ・アーレンツ氏に、小売部門とオンラインストアの運営を任せることを決断したAppleのCEOのティム・クック氏。アーレンツ氏はAppleを変化させる存在となり得るし、将来はAppleのCEOに就くことも考えられます。もしくは派手に失敗する可能性もあるでしょう。いずれにしても、今後の動向に注目です。

今回はアンジェラ・アーレンツ氏の就任に至るまでの過程とその理由、そして彼女の遍歴を見た上で、Appleは今後どうなっていくのかを考察します。

アーレンツ氏就任の裏には売り上げの落ち込みがあった

Appleに対する世間の圧倒的な好感度というのは健在だったようです。少なくとも現時点では。そうでなければ、高級ブランドのCEOが豪勢な環境を去って、Appleの役職を引き受ける理由を説明できません。以前、イヴ・サンローランのCEO、Paul Deneve氏がファッション業界を去り、ティム・クック氏直属のある特別なプロジェクトを運営する担当となりました。そして、今回はバーバリーCEOのアンジェラ・アーレンツ氏がシニアバイスプレジデントとしてAppleに加わることが発表されました。

今回の決定はAppleの英断といえるでしょう。Appleは小売部門の運営において、これまで若干方向性を見失いかけているようでした。Ron Johnson氏が、JC PennyのCEOに就任するためにAppleの小売部門の統括者を辞任したあとは、英国の小売チェーンDixons & Tesco.comのCEOであったJohn Browettが後任に就きました。彼の仕事が見事な失敗と終わり、2012年の10月に解雇されて以来、Appleの小売部門は統括者が不在となっていました。

そうした不安定な状態は、売り上げの成績にも表れはじめていました。各店舗の平均売り上げは2012年第3四半期の1110万ドル(総店舗数367)に対し、2013年第3四半期には1010万ドル(総店舗数405)と落ち込んでいました。2012年第3四半期全体の小売売上は40億8400万ドルだったが、2013年第3四半期には40億7400万ドルに。さらに恐ろしいのは小売利益の落ち込みです。2012年第3四半期には小売利益は8億6800万ドルでしたが、2013年第3四半期には6億6670万ドルとなっていました。

今年の第3四半期に新型iPhoneがリリースされるまで、新製品のリリースがなかったことも原因の1つでしょう。しかし、この落ち込みぶりは相当なものです。だからこそ、新しい小売部門の責任者が今まさに必要だった。以下は、ティム・クック氏がアーレンツ氏について語った内容です。

彼女は、小売部門とオンラインストアチームの両者を率いることになります。私はしばらくの間、それができる人物を探していました。適材を得ることで、我々のカスタマーに対するサービスを向上できると信じているからです。しかし、アンジェラに会うまで、これほど確信を持って両チームを率いることができると思える存在に出会ったことはありません。私たちが初めて顔を合わせたのは今年1月のことですが、その時にはすでに、私は彼女にAppleに加わって欲しいと感じていました。その後、数カ月かけてお互いのことをより知るようになりました。毎回、彼女と話をするたびに、より強い印象を受けるようになりました。

彼女は、我々の価値観とイノベーションへの注力に対する理解があります。我々と同様に、カスタマーエクスペリエンスが非常に重要であると考えています。彼女は顧客のことを深く考え、もっとも重要な資産であり本質であるのは顧客なのだという我々の考え方に共感しています。彼女は、他人の生活を向上させることができると信じているし、とても賢いのです。これまでのキャリアにおいて、彼女が並外れたリーダーであることは明らかです。彼女はバーバリーにおいて、ブランド、文化、中心的な価値、そして前向きなエネルギーの力に注力することによって、驚くべき成長を実現しました。

彼女はいったい何者なのか?

小売業界で長いキャリアを積んできたアーレンツ氏にとって、今回の職はまさに適任だと思われます。アーレンツ氏は米インディアナ州のニュー・パレスティーンで、6人の子供の3番目に誕生。母親はファッションモデルだったため、彼女自身も幼い頃からファッションを愛していました。ボールステイト大学に進み、1981年にマーケティング専攻で学位を取得。卒業後は、順調に小売業界でのキャリアを築いていきました。1989年には、ダナキャランインターナショナルのプレジデントとなり、その後Henri Bendelでエグゼクティブ・バイスプレジデントに加わり、Liz Clairborneにも加わって、Juicy CoutureやLucky Jeansといったスタートアップの成長にも貢献した経験を持ちます。

「彼女はコレクションでのバランスの取り方を熟知している。商業的なニーズも考慮に入れながら、デザイナーの一貫性も常に大事にしている」

── ダナ・キャラン(『Time』より

彼女はバーバリーを「デジタルの力」で大きく成長させた

3児の母であるアーレンツ氏が2006年にバーバリーに加わると、同社の株価は250パーセント近く上昇しました。同社は年間30億米ドルを売り上げ、530の店舗を持つ企業へと成長。もちろん、彼女が高級ファッションのトレンドにいち早く注目し、その波に乗ったことも成功の要因です。しかし、低迷するグローバル経済は、バーバリーに大きな打撃を与えました。世界の隅々にまでとにかく拡大し過ぎたこと、加えてクオリティが低下したことは、バーバリーの名声を下げる結果となりました。個人的には、バーバリーはBanana Republicの高価版、つまり高級志向というコンセプトとは対極に位置していると考えています。

それでも、アーレンツ氏はファッション業界のライバルがやらなかった、あることを実行しました。彼女はテクノロジーの力を強く信じ、活用したのです。バーバリーは、新しく話題になり始めたクールな流行アイテムをできるだけ早く採用していました。それは、たとえばInstagramで早い段階で話題になる可能性を秘めていました。さらに重視したのは、Facebook、Twitter、Googleといったデジタルツールをビジネスのプロセス全体に活用したことです

数週間前、私は彼女のインタビュー記事を読み、いかにデジタルがバーバリーの将来に、深く、本質的に関わっているかを理解しました。彼女は、インタビュー担当者に次のように話しています。

今は、誰しもがデジタルカスタマーです。ですので、デジタルで物事を行うことはもはや珍しくはありません。デジタルを使うことは、世界全体のコミュニケーション方法です。デジタルこそが、現代の私たちの共通言語なのです。デジタルは補足ではありません。私たちのデザインチームはランディングページをデザインし、そのページのデザインによって、店舗のショーウインドウがどのような見栄えとなるかが決定します。逆の順番ではないのです。クリエイティブメディアにおいては、まずデジタルのために撮影をし、それを物質的なものへと還元させます。私たちはデジタルで消費した額を細かく把握しています。デジタルを活用すれば、物理的なマーケティングと比較して10倍の顧客にアプローチできるのです。

私は過去数年にわたり、かつてバーバリーにて、もしくはバーバリーと関わって仕事をした経験のある友人から話を聞いてきました。実際、彼らから聞いた話にとても感銘を受けたため、ある会議で、なんとかアーレンツ氏に話を伺えないか模索したことがあります。しかし、ファッション企業のPR担当の目をうまくすり抜けて、彼女に接触するのは非常に困難でした。Appleに加わることが決定した今となっては、もはや彼女と接触することはほぼ不可能でしょう。Appleの役員は、メディアと話したり、会議に出たりすることが許されていないのです。

アーレンツ氏がAppleに貢献できることとは?

アーレンツ氏はAppleに何をもたらすかを考えたところ、思い浮かんだ点は次のようなものです。

  • 高級品の小売ビジネスを直感的に理解している。Appleストアを再び活気づける方法を考案してくれるだろう。
  • 「経験としてのショッピング」の意義を他の誰よりもよく理解している。
  • 小売店における、運営の効率性と販売テクニックとのバランスを実現する
  • バーバリーのCEO時代の経験を活かして、中国での事業拡大に貢献をする。バーバリーは中国の大都市以外にも進出していった経験をもつ。
  • オンライン上の小売の知識とデジタルの重要性をよく理解している。

アーレンツ氏が直面するであろう課題

どれだけ優秀であっても、いくらか特殊な企業文化をもつAppleにおいて、彼女が成功することができるのでしょうか? さらに言えば、彼女らしくいることで、Apple内で勝ち抜くことができるのか。私がそうした見方をするのには、次のような理由があります。

  • 売り上げを数億ドルから30億ドルへと伸ばすこと(バーバリーで彼女が実現したこと)に比べれば、405店舗で年間の売り上げを210億ドル強へと成長させるのは、簡単ではない。
  • バーバリーと比べて、Appleストアの顧客は多様性にあふれているし、購入する製品も多様だ。また、ブランドとカスタマーサービスに対して顧客が期待することも多様である。
  • CEOは数々の成功戦略を生み出すスーパーヒーローであると考えるのは、今風な考え方だが、実際はCEOは決断を下す存在であり、行動の元になるための賢明で幅広いアイデアや情報を提供してくれるチームが必要である。バーバリーのデジタルチームを離れたとき、アーレンツ氏はどうように対応できるか?
  • Appleにはインターネットの遺伝子が組み込まれていない。このことは、これまでApple製品がインターネットやオンラインサービスをどう組み込んできたかを見るとわかることだ。背景にはAppleの文化がある。Appleは閉鎖的なことで有名であり、アイデアの採用方法も偏っている。ソーシャルにおけるAppleの立ち位置を見れば、それは明らかだ。アーレンツ氏が率いていたバーバリーとは対極に位置している。
  • Apple製品とAppleストアでもっとも重要なのは、顧客がAppleに対する忠誠心を保ち続けたいと思うようなカスタマーエクスペリエンスを作りだすことである。アンドロイドの脅威に頻繁に晒されていても。忠誠心とカスタマーエクスペリエンスを保ちつつ、利益を増やしていくことは大きなチャレンジとなるだろう。

「肌に密着するコンピュータ」の時代が到来する

アーレンツ氏は非常に面白い時期にAppleに来ることになりました。世界的には、従来のパソコンから携帯用端末やタブレット端末が主流となる動向が注目されていますが、本当の変化というのは今後3~5年に訪れるでしょう。いわゆる「肌に密着するコンピュータ」、スマートフォンによって動作する、体に身につけるデバイス(ウェアラブルデバイス)の時代が来るのです

こうしたデバイスは、たとえばGoogle Glassなどよりも、より人間に近い存在であることが求められます。私の親しい友人であるChristian Lindholm氏は、ノキアのユーザーインターフェイス分野で長年働いた経験を持ち、デザインエージェンシーのFjordで情報統括役員を務めました。彼は「肌に密着するコンピュータ」は、ファッションと個性、そして個人のセンスが表現されると言います。iPodやiPhoneほどのレベルで流行するデバイスが長く登場していない背景には、製品のファッション性の問題があるのです

「肌に密着するコンピュータ」の時代においては、Appleはコンピュータの企業というよりもむしろ、ファッションアイテムの企業として考え、行動することが求められます。製品の肝となるのは、単にすばらしいデザインではなく、上流志向者好みのエクスペリエンスなのです。クック氏が、かつてイヴ・サンローランのCEO、Paul Deneve氏を引き抜いた背景には、そうした時代を視野に入れた決断があったといえるでしょう。

今後の展開を考えると、わたしにはアーレンツ氏がCEOの座を引き継ぐ存在となり得るだろうと思えてなりません。現場の経験もあり、ファッションと流行を理解し、まさにAppleが好むような、見事にバランスのとれた左脳と右脳の持ち主です。

アーレンツ氏にとって最大のチャレンジとは何か?

とはいえ、彼女にとって最大のチャレンジとなるのは、おそらく彼女自身の能力ではなく、Apple独特の社内文化でしょう。

彼女は、かつて小売部門の責任者に抜擢されたRon Johnson氏でも、John Browett氏でもありません。彼女はアンジェラ・アーレンツであり、スターなのです。

彼女はセレブとのつながりを持ち、モデルと共に出かけ、雑誌の表紙も優美に飾ります。「セレブCEO」なのです。すべてを持っているかのようにすら見える女性です。常に注目され、レポーターに対応し、インタビューに答えていました。無名ではなく、Appleが好むような知名度の低い役員ではないのです。

彼女がAppleに在籍する期間は、おそらくAppleの内部事情の多くがよく理解できる期間となるでしょう。いまのAppleにはジョブズはいませんし、ティム・クック氏の存在があるにも関わらず、Appleの文化にはジョブズの姿が色濃く残っているのです。つまり、秘密主義で支配的、社内の情報が外部に出ないことを徹底するというものです。ティム・クック氏とジョナサン・アイブ氏という、Appleの「スター」を代表する2名の元で働くという状況に、彼女はどう対応するのでしょうか?

Appleは自社の文化をアーレンツ氏に合わせて変えることができるのか? それとも、アーレンツ氏が変わるのか? これは現実的な問題です。もし、Appleが変わるのであれば、わたし達は今、Appleの次期CEOの存在を目にしているということです。

だからこそ、Appleを別の方向へ導き、変化させられる存在である彼女を選んだことは英断といえるのです。

At the intersection of fashion and technology, is retail chief Angela Ahrendts Apple's next CEO? |GigaOM

Om Malik(訳:佐藤ゆき)