『伝説の灘校教師が教える 一生役立つ学力』(橋本武著、日本実業出版社)の著者は、神戸の名門として知られる灘校(灘中学校・高等学校)の元教頭であり、この9月に101歳で亡くなった人物。
中学時代の3年間をかけ、中勘助の小説『銀の匙』(1921, 初版)を、あえて横道にそれながら読み込むという型破りな授業を行ったことでも知られています。そしてその教育方法は現在、「スローリーディング」として再評価を受けることに。つまり本書は、そんな著者が生徒に伝えたかった思いをつづった書籍。初版が発行されたのは昨年2月ですが、長く売れ続けている良書でもあります。
「銀の匙授業」について語られた第2章「生きる力、学ぶ楽しさのもととなる国語力」に目を向けてみましょう。
考えることを楽しむ
敗戦後、教科書が墨塗りされ使いものにならなくなったというのは有名な話。そんな状況下、著者は思い切って教科書を捨てる決心をしたそうです。そして代わりに選んだ教材が、中勘助の自伝的小説で、著者にも大きな影響を与えたという『銀の匙』だったわけです。同作品は新聞小説のため長さが適切で扱いやすく、内容的にも日本的な生活様式や古くからの風習が多く登場します。
『銀の匙』を読み込んでいけば、いろいろと幅広い知識が身に付きますし、また、知識が増えていくという面白さを通じて、国語という教科に対する生徒の興味をよりかきたてられると考えました。(59ページより)
さらに著者は、子どもたちが『銀の匙』を楽しみながらじっくりと学べるよう、読み込むポイントを詰め込んだ「銀の匙研究ノート」という副教材を作成したのだとか。
「銀の匙研究ノート」の勉強法
- 通読/各章をひと通り読んで、読めない字を調べておく。また、そうした字の読み方(発音の仕方)も工夫してみる。
- 主題/それぞれの章が、何について書かれているのかを考え、自分で章のタイトルを決めてみる。
- 内容の整理/章ごとの内容について、どのようなことがどんな順序で書いてあるかをまとめてみる。
- 語句の意味/(研究ノートに)あらかじめ難しい語句の意味や説明が記載されているので、よく覚えておくよう努力する。
- 注意すべき語句/(研究ノートに)あらかじめ抜き出してある文中に登場する語句について、意味や使い方などを説明してみる。誰でも知っている言葉もあれば、難しい言葉もあるので、自分で調べたり、友だちに意見を求めてみたりする。
- 短文の練習/前項「注意すべき語句」で取り上げた言葉を用いて短文をいくつかつくり、そのうちのひとつを書きとめておく。
- 鑑賞/文の書き出しのうまいと思われる部分を書き写す。そして、どんなところに感心させられたのか考えてみる。
- 参考/(研究ノートに)あらかじめあげてある、内容と関連するいろいろな事柄をよく読み、必要なことは覚えておく。
どれも基本的な勉強法ですが、広い視野で受け止めれば、現代のさまざまな場面にもあてはめられると思います。(60ページより)
たくさんの本を読む
本を読むということの意義、素晴らしさについて、著者は次のように記しています。
ひとりの人生において体験できること、見聞きできることはおのずと限られている。しかし読書を通じて、そうした自分では体験できないことを知ることができるとともに、自分とは違う人間、生き方があるということも見えてくる。(69ページより)
あとで必ず役に立つ
そして重要なのは、わからなくても読み通してさえおけば、次に細かく見ていくときに必ず役に立つということ。全部がわからないわけではなく、わかるところがあるなら、まずはそこから理解すればいいのだという考え方です。これもまた、ビジネスの現場で資料を読み込む際などにも応用できそうです。
さて、話は変わりますが、本書のなかでとても印象的だった部分を最後にご紹介しましょう。著者の新任のころのエピソードです。
その日は祭日でしたが、ちょうど試験期間だったため職員室にいました。すると、いきなり生徒が、「先生、やられたー!」という叫び声とともに、脇腹を抑えながら入ってきたのです。よく見ると、生徒の腹にナイフが刺さっているではありませんか。
どうも、生徒同士のケンカでやられたようでしたが、このときは、さすがに「こりゃ、えらい学校に来たなぁ」と思いました。(94ページより)
あまりに極端すぎるので、不謹慎ながら笑ってしまったのですが、当時は名門ではなかったという灘校での著者の奮闘ぶりが伝わるエピソードではあります。このように読みものとしても楽しめるので、ぜひ一度、手にとってみてください。
(印南敦史)