サラリーマン卒業生を応援するウェブメディア「Leaving Work Behind」の創設者Tom Ewer氏は、職種・業界問わず、受託業務の値付けに悩むビギナーから、従来の料金体系を見直したいベテランまで、フリーランスの人々から「いったい、いくら請求すべきなのか?」という相談をよく持ちかけられるそうです。たしかにフリーランサーにとって、価格の設定や交渉は、最も複雑でつい怖じ気づいてしまうものかもしれませんね。
そこで、Ewer氏は、フリーランスの方に向けて、価格の設定やクライアントとの交渉におけるコツを以下のように詳しく紹介しています。あらゆるサービス業界にも応用できるので、参考にしてみてください。
今回の記事は前後編に分けてお届けします。前編ではレートの設定を始めとした「シゴトの値段」にまつわるテーマを、後編では「クライアントとの交渉」についてを取り上げます。
まずは最低許容価格レート(MAR)を算出
フリーランサーがまずやるべきことは、許容可能な1時間あたりの最低価格レート(MAR)を算出することです。以下の計算式に従って、算出してみましょう。
例えば、最低限の生活を維持するための費用を年間3万米ドル、業務を遂行するために必要な費用を年間5千ドルとし、一日平均6時間で年間48週間働く(年間の総労働時間1440時間)とすると、
($30,000 + $5,000) / 1,440 = $24.31
となり、税率20%として税額分を上乗せすると、MARは、$24.31 × 1.2 = $29.17に定まります。
この算出方法はいささか大雑把に見えるかもしれませんが、MARを精緻に設定しようとしないこと。なぜなら、MARを完璧に設定するには可変要素が多すぎるからです。また、保守的なスタンスだと、この算出方法はうまく機能しないおそれもあります。
MARの算出方法としては、過去(もしくは現在)の会社員としての給与をベースにして、フリーランスの勤務時間で割って1時間あたり価格レートを計算するという方法もあります。厳密に言えば、間接費だけでなく、自営業のための税控除も考慮すべきでしょうが、これを考慮するならば、事前に、税控除の対象となるかどうかを確認したほうが望ましいです。
ちなみに、個人的には、この算出方法は賢明だとは思いません。フリーランサーは、会社員よりも、多く稼がねばならないのに、自分を必要以上に「安売り」しかねないからです。ただし、スタートの目安としてはアリだと思います。僕も、サラリーマンを辞めるべきかどうか決断するときに、この算出方法を活用しました。
副業としてフリーランスの仕事を始めるなら、MARは、自分の時間をどう評価するかによりますが、模範となるサービスをお客さんに提供するには、自分に健全なやる気をもたらす金額で、仕事をするべきです。価格を低く設定してしまうと、仕事の成果も下がり、自身の評判を害することにもなりかねません。フリーランスとしてのキャリアを積むにつれ、MARは「いくら必要か?」ではなく「いくら欲しいか?」という観点で上がってくることもあるでしょう。
価格形態は慎重に
業務時間に応じて価格を設定してしまうのは、フリーランサーがよく陥りがちな最悪の失敗です。その理由としては、次の2点が挙げられます。
理由1:潜在的な「稼ぐ力」を制限してしまう
時間ベースで価格設定すると、仕事ベースよりも効率性が損なわれるのは自明です。また、一日の稼働可能時間に制限があると、稼げる金額の上限も制約を受けます。もちろん、時間単位の価格レートを引き上げることは可能ですが、元となる業務時間は同じままです。
一方、仕事ベースで課金すれば、業務完了までのスピードに制約されるだけです。生産性向上を身につければ、1時間あたりの対価は上昇しますし、効率的な仕事スタイルや素早い対応に、クライアントも満足してくれるでしょう。
理由2:クライアントの判断を曖昧にする
業務時間に応じた価格設定は、多くのクライアントにとって心理的な抵抗が大きいもの。同じ仕事であっても、仕事ベースでの価格設定と、時間ベースとでは、様々な反応を誘発するおそれがあります。たとえば、複雑な技術的トピックを扱う1500ワードの記事執筆業務がきたとします。コンテンツの性質から、時給50ドルで執筆に3時間程度かかるだろうと見積もり、クライアントが150ドル支払おうと腹づもりをしているとします。
この場合、次の2つの価格設定について、考えてみましょう。
ケース1:記事執筆料150ドルとする
ケース2:執筆時間1時間、料金150ドルとする
クライアントは、おそらく「ケース1」には応じるでしょうが、「ケース2」には難色を示すはずです。
この違いは、「価値の認知」というシンプルな心理学によるものです。起業家で作家のクリス・ギレボー(Chris Guillebeau)氏は、著書『The $100 Startup: Fire Your Boss, Do What You Love and Work Better to Live More』でこのテーマに触れています。彼は、「緊急時に素早く対応してくれたカギ修理業者に50ドル払ったけれど、なんとなくごまかされた気分になった」という自身のエピソードを引用し、この非論理的な現象を、次のように理由づけしています。
正直に言うと、自分が遅れることになっても、業者さんにはもうちょっと時間をかけてくれないかなと思っていました。そんなことになっても何の意味もないのだけれど、定番のテクニックでラチが開かず、僕の自動車のカギ修理に手こずって欲しかったのです。あいにく、業者さんは僕の望みどおり、あっという間に問題を解決してくれました。なんとなく、いい気分ではありませんでした。
ギレボー氏のこの例と同様、論理的なクライアントは、「その2」の課金方法に、不条理にもいい気分にはならないでしょう。多くの人々は、ギレボー氏と違って、自分の非論理性に対する理由づけを理解する意識がないだけです。自分の強みやスピードは、自身のボトムラインに大きな影響力を持ちます。くれぐれも、時間ベースで価格を設定して、自分を「安売り」しないこと。
「サービス価値」は価格につながる
「自分の仕事はクライアントにどう役立っているか?」「クライアントのボトムラインにポジティブな影響をもたらしているか?」など、自分の仕事をクライアントの視点やビジネス上の観点から見ることは、常に大事なポイントです。そして、これらの問いに対する答えは、ある意味、価格の多寡を左右します。例えば、小規模ビジネスブログの記事は、比較的影響力が限定されますが、大手多国籍企業のコピーを書けば、そのサービスがもたらす利益は大きくなります。
フリーランス事業を発展させる場合、可能ならば、クライアントの利益範囲が広いところにサービスを位置づけましょう。小規模クライアントにブログ記事を書くよりも、テクノラティ(Technorati)のトップ100にランキングされるブログでハイエンドなブログ編集をしたほうが、クライアントの利益は大きいです。同様に、地元企業のロゴをデザインする代わりに、フォーチュン500の企業向けにデザインコンサルタントとして仕事をしましょう。このアイデアは、現時点では突飛に思えるかもしれませんが、努力し、きちんと準備していれば、チャンスはいずれ訪れます。
競合を知るべし
自分の価格をいくらに設定できるかは、「競合の価格」も大きく影響します。では、競合プレイヤーの価格はいくらなのでしょう。どうやってこれを知ることができるのでしょう。フリーランサーの多くは、ウェブサイト上で価格を掲載しています。教えてもらえる保証はありませんが、直接聞いてみるという手もあります。彼らのクオリティはどの程度なのでしょうか。自分と比べて、経験はどうでしょう。
価格をどれだけ積極的に設定できるかは、自分が市場のどこに当てはまるかによります。ボトムなのか、トップなのか、それを見極めるのです。
質の低い仕事をすれば供給ばかりが増えていく
僕は最近、クライアントに価格の値上げ交渉をしましたが、望むほどには上げられませんでした。そして、クライアントの次のような見解にも、異議を唱えることはできませんでした。
正直に言うと、ライターさんって、安い金額で簡単に集まるのよ。自分がライターだったら、それは恐ろしいわ。英経済紙『フィナンシャル・タイムズ』のジャーナリストに何人か知り合いがいるけれど、みんなビビりはじめているもの。会社にとってはいいかもしれないけど、質の高い人たちには酷よね。
「物書きはお金にならない」というこのクライアントの見方には同意しませんが、彼女のブログが製作しているタイプのコンテンツに、安いライターがたくさん見つかることは間違いなさそうです。僕は「他の大量のフリーランサーによって、設定可能な価格レンジが強く影響を受けている」ことがポイントだと思います。そして、自分が質の低い仕事をすれば、その分、同様のフリーランサーの供給量が増えるということになります。供給を意識し、これが自分の価格にどのような影響を与えるか考えましょう。
そして、最も大切なことは、できるだけ早く、はしごの上段に登れるよう、頑張って仕事をすることです。さもなければ、前述のような価格交渉を常にやることになります。
さらに言えば、自分に特化した需要を考えましょう。紹介を通じてアプローチしてきた人や、自分の仕事を気に入り、自分を探してくれた人は、自分の仕事の価値を高く評価してくれることが多いです。
間接的な利点を見逃さずに
価格の設定・交渉や、MARの算出において、金銭的な報酬のみを考慮するのは得策ではありません。例えば、前述のクライアントから得られる対価は他の半額程度ですが、引き続きそのクライアントからの業務を受託しています。
なぜなのか? 次のような間接的な利点があるからです。
・ 権威あるブログなので、自分の評判のためによい
・ 自分の記事の署名のおかげで、自分のブログのトラフィックを稼げる
・ 仕事が一貫していて、安全(クライアントを信頼できる)
このほか、その仕事がより大きいものにつながる可能性があるとか、新しい分野のクライアントが紹介を通じてアプローチしてきたとか、報酬の一部として受け入れるべき、間接的な利点はいろいろあります。
後編では、クライアントとの価格のすり合わせ方をはじめ、設定価格の見直し、仕事を受けるか否かの判断など、「交渉」に関してのことを引き続き教えてもらいます。
Freelancing: a Complete Guide to Setting and Negotiating Rates⎪Leaving Work Behind
Tom Ewer(原文/訳: 松岡由希子)
Top image remixed from Kzenon (Shutterstock).