神が場を作るのですね。
以前、六本木のITベンチャー企業TIMERSが、アイデアで自分たちの社食(社員食堂)を持てたまかないプロジェクトを取材しました。彼らは社員5人、いわば「ミニマムな社食」といえます。そこで浮かぶギモンが、大企業の「マキシマムな社食」はどうなっているのか。両者の共通点がわかれば、「良い社食」とは何ぞやという答えが見えてくるのではと思ったのです。
そんな折に飛び込んできたのが、タイムセールサイト『LUXA』主催の「日本ヒューレット・パッカード(HP)本社の社食ツアー」。この度、ツアーに同行し、見学させていただくことができました!
また、社食のプロデュースを手がけた日本HP総務部長・髙山源一さんにもお話を伺いました。ムック本『ニッポンの社員食堂』(学研パブリッシング刊)では、日本のあらゆる社食を視察し、25年にわたって業務に携わってきたことから、"社食の神様"とも評された髙山さんが作り上げた空間とはいかなるものでしょうか。早速見ていきましょう。毎日の昼食からフレンチのフルコースまで
日本HPの社食は本社屋8階部分すべてにまたがる約900席。サッカーコートとほぼ同じ大きさ(5600平米)です。その日のメニューは食堂入口にある電光掲示板とイントラネットで見られます。「和食」「中華」「エスニック」など11種類のテーマごとにキッチンが設けられている他、グラム売りのデリスタイルビュッフェ、焼きたてパンが楽しめるカフェ、さらには「おもてなし厨房」というレストランスタイルのコーナーまで。「ビュッフェは毎日メニューが変わるので、1週間続けても同じものを食べることはないんじゃないかな」と髙山さん。
この時点で、もはや社員食堂ではなく「テーマパーク」に近いと思い始めました。
人気メニューの「フォーボー(牛肉のフォー)」。見た目も味も本格派! 髙山さんは「基本的にほぼ全て朝から仕込むのも自慢です。出来合いのものを使うとメニューが似通ってくるので、リピートされなくなってしまいますから。ハンバーグなら手でこねてちゃんと成形する。食堂の運営をお願いしているエームサービスさんは頑張ってくれていますよ」とやや苦笑気味。しかし、それこそがおいしさのヒミツ。ただ、これだけの量となると廃棄ロスや見通しが難しそうですが...。
食事スペースも間接照明が映えるカフェ風、ファミリーレストランのようなボックス席、掘りごたつのある座敷席など多種多様。食べるものだけでなく、相手や雰囲気で場所を変えられるのです。まだ少し早い時間だったので空席も見られましたが、お昼時には人がたくさん!
座敷席はまるで料亭のよう。この座敷席は「四季の間」といって、窓から見える草花を季節のイメージでそれぞれ変えているのだとか。「最初、設計では霊園みたいな植木にしようとしてて、それはつまらない...と。風水を調べて、それぞれ気の流れがよくなるような植物に変えました。『ここはお前やっていいよ』って言われたので、やりました」と髙山さんは笑顔を見せますが、すでにここが社員食堂であることを忘れそうな気遣い。
事前にイントラネットで予約をしておけば、パーティーや接待にも食堂を使えるのだとか。社員はもちろん、得意先とのコミュニケーションの場としても機能するのです。
東京スカイツリーが見えるテラス席。「夏はビールメーカー各社のサーバーを置いてもらって、生ビールも飲めます。飲み放題で1500円くらいかな」とのことで、なんともうらやましい限り。そんなビアガーデン、探してもなかなかありません。
さて、食堂だけでなく、会計システムにも驚きました。食事が済んだら、お皿を乗せたままトレーを置くと...。
お皿に組み込まれたICチップを読み取り、合計金額、栄養素、カロリーを表示してくれるのです。精算はすべて電子マネー「nanaco」で行うので、とてもスムーズ。料理は総勢60人体制で抜かりなく手をかける一方で、システムの良さが生きています。
日本HP社員食堂の基準は「ホテル」日本HP社員約6000名のうち、75%は自席を持たない「フリーアドレス」。フロアには無線LANが整備され、至るところでノートPCを広げている社員の姿がありました。当然、社食も立派なワークスペースなのです。そこで大切になるのが居心地。髙山さんは「トイレを含め、ホテルを基準に作っています」と話してくれました。
また、フロアの中央に厨房を、それを囲むように飲食スペースを配して、調理している音が食卓まで聞こえないようなコンセプトにしています。ここを含めて、全館でサウンドマスキング(空調のような音を意図的に流すことで、騒音などを聞こえにくくする機能)も採用しているので、隣席の声が聞こえてきても、内容まではわからないようになっています。
「仕事も食事も一日中楽しめるように」と随所に気の配られた社食ですが、髙山さんは「来年にはなくなっているかもしれませんよ」と冗談めかして言いました。これだけのスペースがなぜ?
「なるべく多くの人に使ってもらわなくてはならない」という使命があるからこそ、日本HPの社員食堂は工夫をこらし、飽きさせないために努力しているのです。その努力こそが、自慢の職場環境を作りだしているのでしょう。
社員食堂は「つながりを生む場」この社食がオープンしたのは、2011年3月。オープン直後に東日本大震災を経験しています。髙山さんのお話では、自身の経験を生かしたその際の対応が印象に残りました。
この言葉を聞いた時、私はひとつ、社員食堂のあり方が見えた気がしました。取材をしたTIMERSも、日本HPの場合も、大切にしていたのは「空間」や「つながり」でした。「ただあるだけ」の社員食堂ではなく、「社風を体現する場」としての社員食堂へ──規模の大きさに関わらず、社員が会社や地域と深くコミットするためのスペースとして機能するのが、「良い社員食堂」の条件なのでしょう。
髙山さんの「『社食を見てもらう』は『会社を見てもらう』のいい例になると思います」という言葉も、まさに納得のひと言でした。
ツアーを主催した『LUXA』は、過去にも日本マイクロソフト、バンダイ、POLAなどの社食ツアーを企画してきました。好評につき倍率もすごいですが、次回の開催が待ち遠しいところ。また、日本HPも今回の試みには手応えがあるようで、「会社としても取り組んでいく予定はありえます」と前向きなコメントをくれました。両者とも、今後の展開に期待です。
(長谷川賢人)