こんにちは。メンタルトレーナーの森川陽太郎です。

前回は「ポジティブでいようとするほど自信を失うメカニズム」として、自ら限界を決めて、自分の能力をはっきりさせることの大切さをお伝えしました。今回はその「能力」に関して、もう少し深く見ていきましょう。

いきなりですが、みなさんは自分を「天才型」だと思いますか? それとも「努力型」だと思いますか? 

おそらく圧倒的に「努力型」と答える人が多いのでは。これには、日本人の気質として「努力」に重きを置く傾向が関係しています。「過程を大切にする」ことが文化のひとつのようになっているためでしょう。少なくとも、今まで私のもとにメンタルトレーニングを受けに来たビジネスマンやアスリートは、100%の確率で「天才ではない」と答えていました。ただ、私は彼らにまったく逆のことを考えるようにアドバイスしています。つまり、天才であることを認識してもらうのです。

日本人は「天才」に憧れるのに、自分が「天才」になることにはどこか罪悪感を持っているように感じます。謙虚でなければと考えたり、自信がなかったりするからでしょう。しかし、その罪悪感こそが、自分の能力を発揮する邪魔をしています。

今回は、自らを「天才型」と捉えることでスランプを脱出できた、電動車椅子サッカーの日本代表選手の事例を紹介します。努力型の一流選手がぶつかった「天才の壁」

彼は、電動車椅子サッカーの日本代表選手としてワールドカップにも参加した経験をもつ選手です。彼と話していると、とても理論的に物事を捉えていて、試合の中で起こったことを冷静に分析し、対応しようとするのがわかりました。将来は監督を目指しており、常に理論的に物事を考えるように努めていました。

「感覚的に競技に臨みがちなところがあります。理論的に物事を考えないとなかなか理解できないんですよ」と彼は言いました。「同じチームにいる天才肌の選手は、なぜそのプレーが効果的なのかを理論的に瞬時に理解できてしまう」のだそうです。彼はそのチームメイトのように天才肌ではないと思っていたため、必死に努力して、どうにか近づこうとしていました。

この選手の場合、将来は監督になりたいという思いがあるため、理論的に動ける選手こそが「天才」だと感じるようになっていたのです。だから、「天才型」ではない自分は「努力型」だという認識でいました。

しかし、次第にパフォーマンスが落ちてしまい、自信をもって競技できず、スランプに陥っていました。「自分は天才ではない」という考えがブレーキとなって、実力を最大限発揮できない状態になってしまっていたのです。

そこで、私は彼にこう問いかけました。

── 感覚でプレーしている選手と理論でプレーしている選手、どちらが天才だと思いますか?

感覚でプレーしている選手です。

── あなたは感覚でプレーしている時と理論でプレーしている時、どちらが実力を発揮できますか?

感覚です。

── では、あなたは「天才型」ですか? それとも「理論型」ですか?

彼はしばらく悩んだあとで、「天才型だ」と答えました。

実際に、感覚でプレーして日本一となり、日本代表に入り、ワールドカップにも出場しているにも拘わらず、彼は自分を天才だと思うことに罪悪感を抱いていました。「謙虚でいなくてはいけない」、「監督は理論的でなくてはいけない」などの考えが、罪悪感につながっていたのです。その結果、自分に合っていない「理論型」に自分を当てはめ、どんどん実力を発揮できなくなってしまっていたのです。

まじめな人ほど、自分が「感覚」でできてしまうことに対して「天才」だと思ってはいけないと考え、理論でやろうとしはじめます。頭で考え始めた時に「感覚」にブレーキをかけてしまうのです。まるで「感覚」でやっていることがいけないかのように、「理論」に意識が向き始めます。

彼には、自分のことを電動車椅子サッカーでの「天才枠」に入れて競技に臨んでもらうようにアドバイスしました。その結果、落ちていたパフォーマンスが上がり、得点も取れるようになってスランプを脱出。全国大会で優勝し、何年ものあいだ逃していた日本一も手にできたのです。

実力を発揮し、結果を出すために、「天才」の捉え方を変える

天才を辞書で調べると「生まれつき備わっている、並外れて優れた才能」とあります。この文面をそのまま受け止めると、天才のハードルはとても高く、自分には縁のないものとして捉えがちです。そうではなく、自分が「理論」ではなく「感覚」でやったほうが結果を残せるものを「この分野で自分は天才だ」と認識した方が、結果を出せるのです。

自分のことを天才だと思える分野は、自己肯定感を持って物事に取り組み続けられるので、より結果を出しやすくなります。「天才ではなく、典型的な努力家タイプだと思いたい症候群」は自分の才能を潰す原因になってしまうのです。

ビジネスマンでも同じことです。私が担当した元アスリートの営業マンを例に挙げます。彼はトップ選手として活躍し、現役を引退後、一般企業に就職。営業職に就きましたが、結果が出ずに苦しんでいました。

現役時代は感覚で勝負に挑み、成果をあげていた彼は、「自分は才能あるな!」と思っていました。ところが、就職してから6カ月のあいだ、1件の契約も取れず、壁にぶつかります。彼は自信を一気に失ってしまいました。アスリートとして活躍していた選手によく見られることです。このケースは採用する企業側もぶつかる壁で、アスリートの活かし方(ノウハウ)を持っていないために、能力を生かしきれないことが多くあります。

彼は「アスリート」としての自信を持っていても、「ビジネスマン」としては自信を失い、せっかく持っている「いい感覚」を潰してしまっていたのです。私は彼にも、今の仕事を「感覚」でやってみることを勧めました。人は自信のないことを行うときに「理論」で考えようとします。もちろんそのやり方があっている人もいるのですが、そうでない人も多くいるからです。まず彼には、自分の能力を仕分けして、自分を「天才」の分野に入れたほうがいいものを書きだしてもらいました。

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こうして彼は天才に自信を持って、次の日の商談へ向かいました。その結果、ついに1200万円の契約をとることに成功したのです。

冒頭の話に戻りますが、「努力枠」に自分を置いておけば、結果を出すための「過程」においては、まわりからの評価も高いのかもしれません。しかし、「天才枠」に自分を置くだけで「結果」が歴然と変わるかもしれません。天才に対する罪悪感から、自分を解き放ちましょう。天才だと認識するだけで、才能にかかっているブレーキを外せることもあるのです。

(森川陽太郎)

森川陽太郎ブログTwitter):元サッカー選手として欧州でプレー。引退後、心理学やメンタルトレーニングを学び、2008年株式会社リコレクト設立。著書に『いつもの自分トレーニング』、『ネガティブシンキングだからうまくいく35の法則』。