根っから数字が苦手なので、「統計学」なんて言葉を耳にしただけで無意識のうちに「拒否」という単語で武装してしまいます。

ところが、『統計学が最強の学問である』(西内啓著、ダイヤモンド社)を読んでみたら、気持ちが少しだけ変化しました。難しい計算や数式のかわりにエピソードなどをふんだんに盛り込み、統計学の基礎から重要性までをわかりやすく解説しているから。そしてなにより興味深いのは、統計学をビジネスに活かすための考え方が紹介されていることです。

データをビジネスに使うための「3つの問い」(59ページより)

データ分析において重要なのは、「果たしてその解析はかけたコスト以上の利益を自社にもたらすような判断につながるのだろうか?」という視点だと著者はいいます。キレイな集計グラフを作ることのみを生業にしているようなコンサルタントなどから「解析結果」を見せられると「なんとなく現状を把握した気になる」もの。しかし大切なのは、「ビジネスにおける具体的な行動につながる」ということ。だからこそ、具体的な行動を引き出すためには、次の「3つの問い」に答えなければならないそうです。

  1. 何かの要因が変化すれば利益は向上するのか?
  2. そうした変化を起こすような行動は実際に可能なのか?
  3. 変化を起こす行動が可能だとしてそのコストは利益を上回るのか?

見通しは、この3点に答えられて初めて立つもので、ブランディング調査の結果を示す美しいグラフからは現実的に答えを引き出すことはできないというわけです。

よくわからないまま使われる指標たち(67ページより)

大切なのは、「いかにそれを購買に結びつけるか」ということ。キャンペーンを行なって、その認知率を日本全体のランダムサンプルから正確に測定したとしても、実際に購買というアクションにつながらなければなんの意味ももちません。

また「延べ視聴者数」「キャンペーンサイトのアクセス数」「好感度」など多くのプロモーション評価に用いられる指標も、売上につながるかどうかよくわからないまま使われているといいます。そしてこれらの問題をクリアするためには、「充分なデータ」をもとに「適切な比較」を行なうという統計学的因果推論の基礎を身につけることが重要だというのです。

ミルクが先か、紅茶が先か

ポイントは「データのとり方を工夫する」こと。そしてそのために有効なのが「ランダム化比較実験」なのだといいます。それはつまり、「人間の制御しうる何物についても、その因果関係を分析できるから」。

このことを説明するにあたって著者は、現代統計学の父ことロナルド・A・フィッシャーが行なったランダム化比較実験を引き合いに出しています。

何人かの英国紳士と夫人たちが屋外のテーブルで紅茶を楽しんでいたときのことだった。その場にいたある夫人はミルクティについて「紅茶を先に入れたミルクティ」か「ミルクを先に入れたミルクティ」か、味が全然違うからすぐにわかると言ったらしい。(中略)紳士たちのほとんどは、婦人の主張を笑い飛ばした。彼らが学んだ科学的知識に基づけば、紅茶とミルクが一度混ざってしまえば何ら化学的性質の違いなどない。

だが、その場にいた1人の小柄で、ぶ厚い眼鏡をかけ髭を生やした男だけが、婦人の説明を面白がって「その命題をテストしてみようじゃないか」と提案したそうだ。

その人物こそがフィッシャーでした。彼はティーカップをずらりと並べ、婦人に見えない場所で2種類の違った淹れ方のミルクティを用意。ランダムな順番で婦人に飲ませ、答えを書きとめたあとで確率の計算をするという実験を行なったといいます。そしてそれが、世界で初めてのランダム化比較実験だといわれているそうです。

なお、その場に同席していた人によれば、婦人はすべてを正確に言い当てたのだそう。つまり、彼女がランダムな5杯のミルクティを飲んでいたとすれば、偶然すべて当てる確率は2の5乗分の1、すなわち32分の1(約3.1%)、10杯全てを当てたならば1024分の1(約0.1%)ということに。これほどの確率を示されれば、「彼女が何らかの形でミルクティを識別できていると考えた方が自然」だということになるわけです。そして、こうした方法論をビジネスに取り入れれば、「なんとなく現状を把握した気になる」という曖昧さとは異なる効果を生み出せるということ。

他にも、統計学をビジネスに取り入れるためのヒントになりそうなエピソードがたくさん詰まっています。少しでも関心を抱いたなら、読んでみて損はないと思います。

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(印南敦史)