マイクロソフトが「一番面白かった」90年代における日本法人・代表取締役社長として知られ、今では書評家としてノンフィクション書評サイト「HONZ」を主宰する成毛眞氏。その新刊『面白い本』(岩波新書)ですが、1月23日の発売日当日にamazonではソールドアウト。Twitter上では不敵なタイトルの本書を手に入れた読者から「これはヤバいw」「面白そう」と話題を呼んでいます。

 

本書では、「(amazonで)ポチりすぎて怖くなる」と言われるほどの書評を展開する同氏の、最近20年の(もはや「読書テロ」のような)読書道楽人生から厳選されたプラチナムな100冊が選書されています。

 

成毛氏が言う本の面白さとは何か、それはまえがきのこの言葉に集約されています。

 

ノンフィクションで描かれるのは、おおむね極端な生き方や考え方だ。野糞をすることこそがエコロジーであるという極端な世界観をもつ人を知ったり、数学の難問ポアンカレ予想の証明の舞台裏を知ったところで、自分の日常生活には何の影響もないし、何の意味も持たない。...全部読んだところで賢くなるわけではないし、何かの役に立つわけでもないかもしれない。...けれども、たぶん、それがいいのだ。

 

ただただ文字を追いかけるのが楽しい。そんな「本読み」の生き方を究極の道楽として、ときにデレデレと、またあるときは凛々しく綴る本書は、本を読む本当の楽しさを、抜群に面白い本とともに教えてくれます。

 

少し中を覗いてみましょう。

野糞でエコ

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...著者は「糞土師(ふんどし)」として、連続野糞記録3000日、1万回以上野糞をするという...。奇人変人と片付けてはいけない。...表層的エコロジーブームへのアンチテーゼとして野糞をしているのだ。

(『くう・ねる・のぐそ―自然に「愛」のお返しを』(伊沢正名著)について、第6章「タイヘンな本たち」より)

数学の悲劇的傑作

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100万ドルの賞金がかけられた数学の7つの難問のひとつ「ポアンカレ予想」の証明に至るまでの物語だ。...この難問を解いた男は賞金はもちろん、数学のノーベル賞とも言われる「フィールズ賞」の名誉も受けることなく...数学者であることを捨てたのだ。

(『完全なる証明―100万ドルを拒否した天才数学者』(マーシャ・ガッセン著)について、3章「ヘビーなサイエンス」より)

一見、日常生活においては何の役にも立ちそうにありません。しかし、それでも知りたくなる。読みたくなる。人間の本能的な「知識欲」を刺激してくる選書にうならされます。

革命的細胞の数奇

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...ヒーラ細胞は、いまや数兆個単位で培養され、世界中の研究所に出荷されている。そし<て、ポリオのワクチンや体外受精、クローン作製など医学の重要な進歩に関わっているのである。

 しかし、当のヘンリエッタ・ラックスはすでに他界し、自分の細胞がこれだけの科学的貢献をしていることは知らない。彼女の名誉は誰にも守られることなく、彼女の遺族には何の見返りもない。...医学の発展に大きな貢献をした女性の家族が、医学の恩恵を受けることができないほど貧しいという皮肉。そこには、本来人類の健康福祉に貢献すべきはずの医療産業の、巨大な負の構造がある。

(『不死細胞ヒーラ―ヘンリエッタ・ラックスの永遠なる人生』(レベッカ・スクルート著)について、3章「ヘビーなサイエンス」より)

ビジネスの失敗遺伝子

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...大型コンピュータ用の14インチハードディスクのトップメーカーはミニコンピュータ用の8インチハードディスクの開発に遅れ、すべて消滅した。8インチハードディスクでシェアを競ったトップメーカーも、のちにパソコン用の5インチハードディスクの競争の中で潰え去る。生き残ったのはわずか1社。シェアのトップを占めるような優良企業ほど、新技術によるパラダイムシフトに弱いのだ。...新技術は顧客と企業のバリューネットワークごと破壊してしまうのだ。結果、市場の動きに敏感な優良企業ほど、経営が破綻していくというメカニズムなのである。

(『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』(クレイトン・クリステンセン著)について、7章「金と仕事とものづくり」より)

しかしこれらの本は、本当に役に立たないのでしょうか? たとえばこんな本も紹介されています。

生命の大実験

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 われわれは、時代を太古にまで遡れば生物は単純かつ原始的なもので、生物の多様性も乏しかったと考えがちだ。ところが、そうではない。太古の昔も十分に生物の世界は豊かで多様であり、現在とはまた別の生物世界が存在していたのだ。

 人間はいまでこそ地球の支配者ヅラをしているが、本書を読めばいかに自分たちが、抗いようのない地球史の巨大な流れの一部であるかを痛感させられる。

(『ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語』(スティーヴン・ジェイ グールド著)について、「1章・ピンポイント歴史学」より)

同書の中で言及されている「別の生物世界」の要因とは、「カンブリア大爆発」と呼ばれる、5億年前の地球に起こった生物の爆発的多様化を生んだ大事件のことでです。そんな事件を知ったところで、一体何の役に立つのかと思ってしまいますが、この「カンブリア大爆発」、実は最近世界的なニュースになった出来事に密接に関連しているのです。

それは「iPS細胞」。ノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥・京都大教授の、どんな細胞にも変化することのできる万能細胞です。

iPS細胞の未来として期待されているのは、どんな臓器もたちどころにiPS細胞でつくりあげてしまう次世代の再生医療です。しかし、今はまだそれは絵空事に過ぎません。科学者が全力を挙げて探しているのは、iPS細胞をいかに制御するか、つまり目的とする細胞をつくるためにiPS細胞をいかに「分化」させるかの技術です(次のノーベル賞はこの分化のコントロールに与えられるだろうとすら言われているほどです)。

最近の研究では、我々の体はランダムに細胞ができて形づくられているのではなく、タンパク質の濃度勾配によってつけられた、細胞の位置情報に基いて分化が起こっているということがわかってきています。

そしてこの分化の仕組みができあがったのが、この生命の壮大なトライ&エラーが行われた「カンブリア大爆発」だと考えられています。タンパク質の濃度勾配で、いろんな形の生き物が生まれることに生命が成功した瞬間だったのです。

一見面白いだけで役に立たなそうに見える知識でも、たくわえておけば、いつか時代を読み解くヒントを与えてくれるかもしれません。本当に面白い本は、その面白さがどこまでも広がっていくもの。そんな本との出会いを、ぜひ、本書を通して楽しんでください。

(ライフハッカー編集部)