Cal Newport氏は米・ジョージタウン大学でコンピューター科学の助教授を務めています。これまで学生向けに3冊の本を執筆しており、売り上げ10万部を超えるベストセラー作家でもあります。■「自分の好きなことを見つけるべき」という考え方
今回はそんなスマートギークなNewport氏による新著『So Good They Can't Ignore You(誰もが無視できなくなるまでスキルを高めよ)』より、これまでのキャリア論の問題とその解決策について紹介します。
キャリア形成において最もよく聞くアイデアに「自分の好きなことを見つけるべき」という考え方があります。「自分の情熱に従え」というフレーズに集約もします。私はこの考え方について調べましたが、調べれば調べるほどこのアイデアの危険さに気づきました。この考え方は、世の中には「この仕事をするために生まれてきた」と思えるような素晴らしい仕事があり、その仕事を見つけたら一瞬で「これだ!」と気づくはず、といった考えを生みやすいのです。そうなると、短期間仕事をしただけで次々に仕事を変えたくなり、本人のキャリアにとって好ましいことではありません。長期的に見れば、自信を失う原因にもなるでしょう。
「好きなことを見つけるべき」という考え方に問題があるなら、実際どんな考え方をしたらいいのでしょうか? 私たちはどのようにして満足のいくキャリアを見つけられるのでしょうか? この疑問に答えるために、ある型破りなアドバイザーの話に耳を傾けてみましょう。■職人マインドを育てる
2007年、コメディアンで俳優でもあるSteve Martin氏は、インタービュー番組「Charlie Rose」に出演しました。番組では主にMartin氏のキャリアについて話し合い、司会者は番組の終盤で「これから俳優を目指す若者にアドバイスはありますか?」とMartin氏に聞きました。彼は次のように答えます。
私のアドバイスを聞くのにメモ用紙は必要ありません。なぜなら「エージェントのコネを得る方法」とか「うまい脚本を書く方法」といったアドバイスではないからです。代わりに、私はいつも「誰もが無視できなくなるまでスキルを高めろ」と言うようにしています。つまり、「十分な実力があるなら、必ず声がかかるはずだ」ということです。
これこそが、Martin氏をスターに育て上げた哲学です。彼は20歳のとき、自分の演技を全く新しいものにして、誰もが無視できない状況を作りました。彼はこう続けます。
「当時のコメディーには八百長とボケしかありませんでした。でも、もっと洗練した面白さにしたいと思ったのです」
Martin氏は自分の演技を極めるのに10年の歳月を費やした後、大ヒットを飛ばすまでになりました。
「スキルを極めれば自信が生まれます。観客はその自信を感じ取るのです」
言い換えれば、それほど高められるであろうスキルに集中しないとダメだということです。つまり、どのような仕事をするかは重要でなく、どのようなスキルを開発してどれだけ素晴らしいアウトプットができるか、ということなのです。私はこの考え方を「職人マインド」と呼んでいます。自分のキャリアに対して職人マインドを持てば、「どうやって価値のあるアウトプットができるか」という外向きの考え方になり、「自分は何が好きなのか?」という内向きの考え方から脱却できます。
Martin氏のアドバイスは、内向きの考え方を外向きに変えることだけではありません。私は、この「職人マインド」について調べれば調べるほど、満足のいくキャリアを築くのに適している考え方だと思うようになりました。以下のセクションで、詳細に説明します。
■キャリア資本論研究によると、人間が仕事を好きになる基準は数多くあり、その基準を満たしていれば全く異なるキャリアでも満足できます。その基準とは、例えば自主性(やりたい仕事ができていること)や創造性(どれだけクリエイティブな仕事か)、仕事のスケール、熟練度、尊敬されているか、周囲からスキルを認められているか、などです。もちろん、それぞれの基準をどれだけ重要視するかは人によって違いますが、このように分解すれば「世の中には絶対的に満足できる仕事が1つある」と考えるのがいかに視野が狭いかわかると思います。
仕事を分析して基準に当てはめることで、どんな仕事が自分に向いているのかがわかります。しかし、それがわかったとしても、どのようにして基準を満たすかを考える必要があります。そもそも、この基準を満たすのはかなり難しいということに私は気づきました。例えば、世の中にあるほとんどの会社では、社員に大きな自主性を持たせることはありません。スケールの大きい仕事ができる機会も多くはありません。新卒で入社してすぐの社員であれば、世界を変える仕事を任されるより、冷水タンクを取り換える仕事を任される可能性のほうが高いでしょう。
私たちは前述の基準を満たす仕事はなかなか見つからない「価値の高い仕事」と認識していますが、「価値の高い仕事」を手に入れるためには「価値の高い結果」を出す必要があります。そして、「価値の高い結果」を出すには、「価値の高いスキル」が必要なのです。
仕事が好きでたまらないという人の話を聞くと、頻繁にこのパターンが見られます。彼らは希少性が高く、価値の高いスキルをとてつもない努力を通して獲得していたのです。このような価値の高いスキルは、それ自体がお金を生み出す源泉であり「キャリア資本」と呼べるものです。前述のMartin氏のような人は、このようにスキルをベースにしてキャリアを築き、仕事に対して情熱を感じるようになりました。誰もが無視できなくなるまでスキルを高めることで、生活の糧を得る可能性を最大化できるのです。
■情熱に対する新しい考え方を持とう「自分の情熱に従え」という考え方は、単純でわかりやすいので説得力があります。確かに、情熱を持って取り組める仕事が見つかればそれに越したことはないでしょう。ただ、私は多くの人にとって現実はそんなに甘くないと思っています。情熱が持てる仕事を見つけるのはとても難しいです。もし、情熱を持てたとしても、それが満足のいくキャリアにつながっているかどうかはなかなかわかりません。
情熱を傾けられる仕事を探すのはやめましょう。代わりに、スキルを磨きましょう。それも中途半端で終わるのではなく、誰もが無視できないほどに高めるのです。スキルの向上に対するひたむきな姿勢こそが、満足のいくキャリアを築くヒントです。
Cal Newport(原文/訳:大嶋拓人)
Adapted from the book So Good They Can't Ignore You by Cal Newport. © 2012 by Calvin C. Newport. Reprinted by permission of Business Plus. All rights reserved.Image remixed from auremar (Shutterstock).