スキルを習得するために、どれくらいの時間が必要なのでしょうか?
マルコム・グラッドウェル氏は、ベストセラー『Outliers』において、成功へのマジックナンバーとして1万時間の法則を紹介しています。それ以来、1万時間の法則は生涯学習の世界で何度も引用されてきました。
でも、ご安心を。最近の研究により、どんなスキルであれ、それを極めるのに必要な時間は、グラッドウェル氏の提案を大きく下回ることがわかってきたのです。
1万時間の法則とは?
前述の『Outliers』が発売されたのは、2008年のことでした。マルコム・グラッドウェル氏は、アンダース・エリクソン氏の研究をベースにこの本を書きました。ある分野を極めた複数の「天才」を対象に、彼らが天才になるに至った理由を考察するという内容です。
グラッドウェル氏は、慎重に選ばれたこれらの天才たちに共通するのは、その分野における練習時間の総量であると考えました。
天才になるためには、総練習時間が1万時間に到達しなければならないというのです。1日90分であれば、20年かかるという計算です。
彼は動画で、1万時間を成功への「分岐点」とも呼んでいます。
Outliers以降、1万時間の法則はまたたく間に注目を集めました。現在では、人生のどの段階であろうと、スキルを習得したい人の決まり文句になっています。
その一方で、1万時間の法則は正確ではないと指摘する証拠も増えています。
この不正確さは、新しいスキルを習得したい人にとっては朗報です。これまで信じられてきたよりも、ずっとかんたんにスキルをマスターできるのですから。
1万時間の法則は間違っている
アンダース・エリクソン教授は、フロリダ州立大学で心理学を研究しています。グラッドウェル氏は、教授が行った計画的訓練に関する研究をベースに本を書き、1万時間の法則を提案しました。つまり、1万時間の法則はエリクソン教授が考えたものではありません。教授自身は、自身の研究成果をゆがめられたとして、グラッドウェル氏に訂正を求めています。
ある領域における練習を十分に積み重ねた人は必ず熟練できるという考えは、私たちの研究を普及させたものの、あまりにも安直です。
エリクソン教授は、1万時間の法則は自身の研究成果とは異なると明言しています。教授の研究では、成功へのマジックナンバーなどは存在しなかったのです。
実際、1万時間は、エリートたちが練習に費やした時間の平均にすぎません。25000時間以上練習した人がいれば、1万時間よりもずっと少ない練習時間でその道を究めた人もいました。
グラッドウェル氏はさらに、練習の量と質を正しく分けて考えていませんでした。これは、エリクソン教授の研究成果の大部分を無視していることになります。そんな理由から、ティム・フェリス氏は1万時間の法則を一蹴しています。
エリクソン教授「時間より質を重視しろ」
エリクソン教授は別の研究において、非常に具体的でよく考えられた練習方法を用いれば、「非常に高いレベルの専門性を身につけるまでに必要な時間は1万時間よりもずっと少ない」とも述べています。
つまり、練習量は重要ですが、それだけですべてを語ることはできません。グラッドウェル氏の考えには、生存バイアスが入っています。
つまり、成功した人のみに注目しているため、1万時間以上努力しても習熟できなかった多くの人を考慮していないことになります。
さらに、ジャーナル「Intelligence」に投稿された別の論文では、チェスおよび音楽において、練習がパフォーマンスに寄与するのはわずか3分の1であると示されています。
また、この分野で最大のメタ分析からは、練習は習熟の12%にしか寄与しないことがわかりました。
つまり、スキルの習得には練習期間以外にもいろいろな要因がかかわっています。遺伝や、その分野の競争の激しさもあるでしょう。ところが科学は、もっと効率的に学ぶ方法を私たちに教えてくれます。
より早く効率的に学ぶ方法
ここ数年、スキル習得への関心が急速に高まっています。特に、短時間でのスキル習得が注目されています。ティム・フェリス氏が書いた672ページもの大作「The Four-Hour Chef」は、まさにこの話題を扱った本です。
この本でフェリス氏は、メタ学習というアイデアを紹介しています。言い換えると、学習に関する学習です。脳や身体が学習する仕組みを理解することで、もっと効率的な学習方法を生み出せるという考え方です。
実際、フェリス氏はSCSWiのプレゼンでこう述べています。

どんなスキルであれ、誰しも6カ月以内に世界クラスになれると私は信じています。 - ティム・フェリス
これが誇張かどうかはともかく、大事なのは練習の量より質であるというのがフェリス氏の主張です。数字が2年だろうと6カ月だろうと、グラッドウェル氏の1万時間よりもずっと希望が持てる言葉ではないでしょうか。
さらに、科学や心理学の研究により、新しい学習法が続々と示されています。そのような洗練された学習法を用いることで、これまで必要とされていた時間よりもずっと短時間でスキルを身につけることができるはずです。
そんな学習法の一部を紹介しましょう。
1. フィードバックループを作る
フィードバックループを作ることで、自分の間違いを正確に把握し、学習ルーチンの改善点を特定しやすくなります。英国のブルネル大学の論文では、次のように説明しています。
フィードバックループは、目指すレベルの学習目的を達成するのに最適な方法を知るために必要な情報を与えてくれます。
希望する目的を達成するために必要な情報を入手することとは、すなわち短時間でのスキル習得そのものを意味します。
つまり、目標により早く到達するために何を変えるべきかを把握できればいいのです。
結果が目に見えるスキルの場合、Googleフォームなどを使って進捗データを収集するだけで、フィードバックになります。そのデータを使って、将来のアプローチを調節すればいいのです。
そうでないスキルの場合、ほかの方法でフィードバックを得なければなりません。たとえばこちらの写真の批評グループのように、お互いを評価しあうことで切磋琢磨するマスターマインドグループなどがあります。
どんな分野にも、同様のコミュニティやフォーラムが存在します。同じ志を持つ仲間からの価値あるフィードバックループにより、自分を磨き続けることができるでしょう。
2. 計画的訓練
前述のアンダース・エリクソン氏は、主に計画的訓練に注目した研究をしています。計画的訓練については、こちらの動画で詳しく説明されています。
計画的訓練は、スキル全体を構成するのに必要な、細かいサブスキルに集中する練習法で、最も効率的な学習法であるともいう人もいます。
エリクソン氏は、自身の研究結果からこのように述べています。
経験だけに頼る練習法と計画的訓練とでは、その効果が大きく違います。後者は、今の自分を超えることに集中して取り組む方法です。
当然、計画的訓練は楽ではありません。
エリクソン氏の研究によると、スポーツ選手であれ、作家であれ、音楽家であれ、エリートであるほど計画的訓練のために必要な集中力を維持できる時間が短い傾向があるそうです。
しかし彼らは、非常に細かなスキルやサブスキルに集中できるため、向上し続けることができ、その分野でのトップに上り詰めることができるのです。
3. 教える側になる
教えることで学ぶというアイデア自体は、なんら新しいものではありません。
しかしNational Training Laboratoriesは、このアイデアについて研究を重ねることで、ラーニング・ピラミッドを発表しました。
シンプルな図ながら、さまざまな教育方法によって期待される学習定着率をわかりやすく示しています。反対意見も多く見られますが、ガイドラインとしては信頼してもいいのではないでしょうか。

この図からもわかるように、受け身の学習は定着率が低いです。しかし、大人になってからスキルを習得しようとするとき、多くの人がこの方法に頼っているのではないでしょうか。
一方で、参加型の学習はもっと期待が持てます。「グループディスカッション」(定着率50%)は、前述のマスターマインドグループで実現できます。
「体験による練習」(定着率75%)は、計画的訓練を意味します。そして、無視できないのが、「他者に教える」(定着率90%)です。
6歳児に説明できないなら、理解したとはいえない。 - アインシュタイン
ここでは、熟練であるか素人であるかは問題ではありません。専門家であれば、教えることはたくさんあるでしょう。素人なら、自分が学んだことを文章に残したり、他者に説明したりすればいいのです。
指導者になるためには、その分野を完全に理解しなければ、自分の知識を誰かに伝えることはできません。そのことがモチベーションや責任感につながり、その分野を本当に理解できるようになります。
シンプルな方法がよければ、WordPressでブログを開設して、日々の発見、手法、結果を綴ってみましょう。ブログ開設が手間なら、Mediumに直接記事を書いたり、YouTubeチャンネルを開いたりするのもいいかもしれません。
で、けっきょく何時間の練習が必要なの?
上で述べたように、グラッドウェル氏の1万時間の法則は、根拠が非常にあいまいです。そして、ありがたいことに、もっと短時間でスキルを習得できるという報告がたくさんあります。
練習内容に注目して、フィードバックループを導入し、計画的訓練を心がけ、学習方法に指導の側面を組み入れることで、1万時間よりもずっと短い時間でも、たいていのスキルで熟練できるでしょう。
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Image: Oleggg/Shutterstock.com
Source: YouTube(1, 2, 3), Projects, BMJ, Kantor, ScienceDirect, Scottbarry, Kaufman, Sage Journals, Skill Team, The Washington Post, Medium
Original Article: The 10,000 Hour Rule Is Wrong: How to Really Master a Skill by MakeUseOf