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自然と創造性の深い関係

人間の体を「あるべき状態」に整える自然の“生体調整機能”とは

author 取材・文: 中村真紀
人間の体を「あるべき状態」に整える自然の“生体調整機能”とは
Image: GettyImages

私たち人間は、もともと自然の中で暮らし、生活してきました。都市化が進んだ今も、植物や自然に触れたい、落ち着くといった思いを抱くのは当然のことです。

しかし、自然が身近にあるメリットは、それ以上に大きいものかもしれません。リラックスできるだけでなく、仕事面でも効果があるようなのです。

この「自然と創造性の深い関係」特集では、そんな自然の力を紹介すると共に、その恩恵を享受するためのグリーン活用法についてお伝えします。

第1回は、自然が人間に与える影響について30年以上にわたり研究している千葉大学環境健康フィールド科学センターグランドフェローの宮崎良文さんに話を聞きました。

自然が人間に与える驚きの効果とその仕組みについてご紹介します。今回は前編です。

▼後編はこちら

「一輪挿し」でも得られる自然の恩恵。大切なのは自分の心地よさ

宮崎良文(みやざき・よしふみ)

profile

1954年神戸生まれ。東京農工大学修士課程(環境保護学)修了、東京医科歯科大学医学部助手(助教)、森林総合研究所生理活性チーム長を経て、千葉大学環境健康フィールド科学センター教授(自然セラピー研究室)・副センター長。2019年より千葉大学グランドフェロー。2000年、論文「木材と森林浴の快適性増進効果の解明」に対して、農林水産大臣賞、2006年、日本生理人類学会賞受賞。主な著書に、『Shinrin-Yoku(森林浴): 心と体を癒す自然セラピー』(創元社)、『自然セラピーの科学』(朝倉書店)、『森林浴はなぜ体にいいか』(文藝春秋)などがある。

人間の体は自然の中でリラックスするようにできている

――なぜ人間は、自然と触れ合うとリラックスしたり、心地よさを感じたりするのでしょうか?

現代を生きる「人」が「ヒト」となったのは、今から700万年前頃。実に数百万年の長きにわたって自然の中に身を置いてきました。

そのため、今を生きる人間は自然対応用の体になっています。自然の中にいれば自動的にリラックスしてしまうようにできているのです。このことは皆さんも感覚的に理解できると思います。

この仕組みを利用して、ストレスなどによる心身の不調を自然に触れることで改善しようとするのが、「自然セラピー」です。

人間の生活が大きく都市化したタイミングを18世紀以降の産業革命と仮定すると、それからほんの2、300年ほどしかたっていません。遺伝子が短期間で変わることはなく、人間の体は、ここ数百年の都市環境の変化に追いついていないといえるでしょう。

現在のような都市生活において大きなストレスが生じるというのは、ある意味当然の話なのです。

産業革命以降も、1980年代のIT革命、そして今回のコロナパンデミックを受けて、現代社会はすさまじいスピードで変化を続けています。その人工環境を、私たちは自然に対応した体で生きています。

体が自然対応用にできているということは、ある意味ではメリットと捉えることもできます。自然に触れると、勝手にリラックスするようにできているわけですから。

これを上手に利用するのが、自然セラピーなのです。

「あるべき状態に戻してくれる」驚きの生体調整機能

――人間が自然の中でリラックスしているとき、体の中では具体的に何が起こっているのでしょうか?

「リラックス」「癒し」というと、「たかぶったものを下げる」というイメージがあるかと思います。

もちろん、自然セラピーにはそういう側面も大いにあるのですが、実は下げるだけでなく上げることもあります。「生体調整機能」という働きがあるのです。

一般的に、血圧を下げる薬を投与すれば、もともと血圧が高い人も低い人も、いずれも血圧は下がります。

しかし、森林セラピーにおいては、高い人の血圧は下がり、低い人の血圧は上がるという結果が認められたのです。

要するに、体を本来あるべき状態、望ましいコンディションに整えてくれるのです。これは大いに利用価値のある効果だと考えています。

ストレス抑制から免疫機能活性まで。データが物語る自然セラピーの効果

――こういった自然セラピーの効用は、どのようなエビデンスが認められているのでしょうか?

自然セラピーは当初、血圧や脈拍数などの変化を検証することで効果が測定されてきました。しかし、この2つの指標は感度が鈍く、最近では異なる指標を用いた実験が主流になりつつあります。

私たちの研究チームでは、生理的な評価を4つの方法で効果測定しています。

ひとつめは、脳の活動。脳を働かせるには酸素が必要なので、その酸素を運ぶ血液を、光を使って毎秒計測する近赤外分光法を使って、脳の活動を測定します。

現代人は脳が常に過活動、つまり覚醒し過ぎていると私は考えていますが、自然の中で過ごすと、この活動が鎮静化することがわかっています。

2つ目の指標が、自律神経活動。リラックス状態で働く副交感神経活動と、ストレス時に働く交感神経活動です。

自然には、先ほどお話しした「生体調整機能」があるので、単に副交感神経を優位にしてリラックスさせるという効果だけではありません。

例えば、バラを見たとき、常に動き回っていないと気が済まないようなせっかちな人の交感神経活動は抑えるけれども、もともと元気がなくて無気力な人の交感神経活動を高め、適正値に近づけてくれることが分かっています。

その人の状態に合わせて、うまくバランスを取ってくれるということです。

3つ目が、ストレスホルモンの計測。唾液に含まれる「コルチゾール」という代表的なストレスホルモンを計測してみると、自然の中ではコルチゾール濃度が下がるという結果がでました。

最後が、ウイルスなどを攻撃してくれるナチュラルキラー(NK)細胞です。自然の中で過ごすと、低下していたNK細胞活性が高まり、免疫活動が改善することが報告されています。

働き過ぎの脳を休め、自律神経を調整し、ストレスホルモンを減少させ、免疫活動を改善する――。

予防医学という観点でみれば、自然は何にも勝る、すばらしい名医というわけです。

常に覚醒状態の現代人。癒しを得ることで作業効率アップ

――自然と触れ合うことで、人間の体がよりよいコンディションに最適化されることはよく理解できました。それらは仕事などのパフォーマンスやアウトプットにも良い影響を与えるものでしょうか?

日本人はとことん脳を働かせる「脳トレ」が好きですが、私はおすすめしません。そもそも現代人は毎日処理する情報量が多すぎて、脳はとっくに過活動なのに、それをさらに酷使しようとするわけですから。

たとえば100m走でも、十分休息をとってリラックスした状態でスタートラインにつくからこそ、ベストな走りができるわけですよね。

さんざんランニングしたあとに、全速力で走れと言われても無理な話でしょう。それと同じことです。

自然に触れることで、体を適正な状態に調整される。その状態でこそ、仕事でもベストなパフォーマンスが発揮できるのです。

目的あるワーケーションで創造性の発揮に期待する

――仕事の成果という面で、生産性以上に注目を集めているのが「創造性」です。AIなどのテクノロジーがどんどん進む中、人間だけが持つ創造性の重要性が高まっていますが、この点についても自然の有用性は証明されているのでしょうか?

創造性については、今後さらに研究が進むことが期待されている分野です。

漢字をいくつか見せて、その組み合わせで熟語をつくってもらうという創造性をチェックする実験では、森林浴によって成績が高まったという報告がありました。

そもそも、ストレスフルな状態で創造性なんて発揮できると思いますか?

私の知り合いに、執筆活動は必ず山の中でおこなうという人がいますが、山にいるとアイデアが次々にわいてくるのだそうです。

仕事のテーマをしっかり固めたうえで、自然の中でのワーケーションに出かけることにより、作業効率アップが大いに期待できると思います。

――後編では、具体的な自然セラピーの取り入れ方について伺います。

▼後編はこちら

「一輪挿し」でも得られる自然の恩恵。大切なのは自分の心地よさ


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