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死刑判決を受けたソクラテスは、死をどう捉えていたか?

author Sam Blum - Lifehacker US[原文](訳:ガリレオ)
死刑判決を受けたソクラテスは、死をどう捉えていたか?
Image: vangelis aragiannis

ソクラテスは死を恐れていません

壮絶な最期を遂げたにもかかわらず(アテナイの若者を堕落させたという罪で、国家により処刑されました)、死刑執行人を前にしても、逃げたり嘆願したりすることはありませんでした。

死は必然であり、実は望ましいものでさえあるかもしれない」という彼の信念や教えを心に刻み込むことができれば、私たちも、死という未知なるものを受け入れやすくなれるかもしれません。

ソクラテスは死をどう捉えていたか

ソクラテスが生きた時代は、死、戦争、そして病によって人の生きざまが支配された、計り知れないほど荒っぽい時代。

ですが、当時の過酷な基準からしても、彼の死に対する親和性は強いものでした。ソクラテスは軍人であり、戦争の英雄のような存在でもありました。

紀元前432年のポティデアの包囲戦では、後にアテナイの指導者となるアルキビアデスの救出に貢献しました。それだけに、21世紀に生きるほとんどの人々よりも、死の必然性をはるかに身近に感じていたのです。

古代ギリシャ社会において、死は、冥界へと向かう霊的な変遷と捉えられていました。肉体から離れる魂は、最期に吐き出される息という形で具現化されると考えられていたのです。

一方で、ソクラテスによる死の解釈は、それほど超自然的なものではありませんでした。ソクラテスは死について、懐疑的とは言わないまでも、きわめて現実的な言葉で語っています。

紀元前399年にアテナイで裁判にかけられた際には、500人の男性市民から成る陪審員を前にした、これ以上ないほどふさわしい舞台で、死をめぐる考察を演説したのです。

英ケンブリッジ大学の文献によると、ソクラテスは次のように語りました。

このようにも考えてみましょう。

つまり、死はなんらかの良いものであるということに、大いなる希望があるというふうに。なぜなら死とは、次のふたつのうちのいずれかだからです。まったくの無になり、死者は何も感覚・認識しなくなるのか

あるいは、よく言われているように、なんらかの変化、つまり、この世からあの世へと霊魂が移動することなのかと

死というものが、夢さえまったく見ることのない眠りのような、感覚の完全なる消失であるならば、死とは驚くほど良いものと言えるでしょう

(略)一方で、死はこの世からあの世への遍歴の一種であって、また人の言う通りに実際すべての死者がそこに住んでいるのならば、これより大きな幸福があり得るでしょうか。

ソクラテスには、プラトンという献身的な若い弟子がいました(プラトンは、その日の裁判にも出席していました)。

プラトンは、死刑執行直前のソクラテスの振る舞いについて、「態度も言葉も幸せそうで、気高く、恐れることもなく死んでいった」と記しています。

その姿勢こそが、毒の杯を死刑執行人から受け取って飲み干したソクラテスの心を支えていたのです。

ソクラテスから学ぶ、死の不安を和らげる方法

ソクラテスは多くの意味で、ネガティブな感情を取り払い、それを揺るぎない内面的決意に置き変えようとしたストア派と呼ばれる古代ギリシャ哲学(英文記事)の先駆者でした。

死に対して人が持つ感情を否定することは必ずしも良いことではありませんが、死の偶発性を受け入ることは、未知のものに向き合う際の不安を大きく和らげる可能性があります

こうしたコンセプトはたしかにおそろしいものですが、死が実際にはどのように感じられるかについては、科学はまだ解明していません。死亡宣告後に蘇生した人が語る体験以上のことはわかっていないのです。

これまでの研究では、心身ともに衰えていくつらいときがある一方で、すでに亡くなった愛する人と幻覚のなかで再会したり、自分の人生が映画のように目の前に映し出されたり、うっとりするような満足感などの至福の感覚を抱いたりするケースもあることがわかっています。

ソクラテスの思想から学ぶべきことは、未知のものを恐れる必要はないということ

さらに、知識や知恵を追い求めながら、高潔な人生を送れば、生きている間に充足感を得る道が拓けるはずです。

死刑執行に先立ち、陪審員の前に立ったソクラテスが語った言葉は、彼が残した名言のなかでもひときわ先見的で不朽のものかもしれません――「吟味されない人生は、生きるに価しない」。

死の恐怖を抑え込むためにするべきなのは、現在の自分自身を見つめ直すことである。ソクラテスはそう示唆しました。

人は、知識の追求に励み、美と強さ、そして健康を追い求めるべきだというソクラテスの思想を道しるべにすれば、「現在を十全に生きる」助けになるはずです。

うまくいけば、あなたは生きることの充足感を得ることができるでしょう。そのとき死は、あなたを悩ませる気味の悪い亡霊ではなく、あなたの生きる人生にとって「取るに足らない側面」になるかもしれないのですから



Source: HISTORY,Famous Trials,cambridge

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