連載
特集
カテゴリー
タグ
メディア

書評

災難を乗り越えるために必要な「禅」の考え方〜「受け容れる」とは?

災難を乗り越えるために必要な「禅」の考え方〜「受け容れる」とは?
Photo: 印南敦史

気持ちが折れない禅の習慣』(枡野俊明 著、秀和システム)の著者の本は、過去にも何度か取り上げたことがあります。曹洞宗徳雄山建功寺住職であり、庭園デザイナー、多摩美術大学環境デザイン学科教授という肩書も持つ人物。

新型コロナウイルスが多くの人に不安をもたらすなか、この新刊の冒頭においては禅僧の良寛による「災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候」ということばを引き合いに出しています。

「災難に逢うときは、逢えばいいのだ」とは乱暴にも聞こえますが、その真意は奥深いもののようです。

それが避けられる災難であれば、避けるために、あらゆる策を講じるべきでしょう。

しかし、避けようがない災難、どうすることもできない災難もあるのです。

それに対しては、いたずらに抗ったり、目をそむけたりせずに、まず、受け容れなさい、と良寛さんはいっています。

抗うから気持ちが折れそうになる。目をそむけるから心が萎えそうになるのです。

受け容れることで、気持ちを前に振り向けることができる。心を強くもつことができるのです。 これが、禅の根本的な考え方です。(「はじめに」より)

もちろんこれはコロナ禍に限らず、あらゆる災難についても当てはまるはず。

なんにせよ、「受け容れる」ことからすべてが始まるという考え方。そこで本書では、誰もが遭遇するさまざまな状況を設定し、それらを受け容れるための禅の考え方、振る舞い方を明らかにしているわけです。

きょうは第五章「いつまでも我慢しなくていい 苦境を乗り越える禅の行動力」のなかから、仕事に関連する2つの考え方を抜き出してみたいと思います。

給料カットや解雇をどう受け止めるか

今回のコロナ禍に関連し、著者は「人生には3つの「『坂』がある」という話を引き合いに出しています。

上り坂、下り坂、そして3つ目は「まさか(坂)」。誰もが、「まさか」の事態にはまず遭遇することはないだろうと思っているものかもしれませんが、その状況が訪れたということです。

そんななか、給料カット、解雇といった対応をとらざるを得ない企業も出てきており、今後も増えていくであろうことは充分に予想できます。したがって誰しも、その対象になる可能性があるわけです。

しかもパンデミックは一種の災害なので、どこにも責任を求められず、行政の救済措置を最大限に受けることくらいしかできません。そこで、まずはできることをやり、そのうえで事態を受け入れるべきだと著者は記しています。

冒頭で、「災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候」という良寛のことばを引用しました。

しかし、仕事を失って収入の道が絶たれ、住むところも追い出されそうになっているなど、「そうはいっても…」と感じるしかない方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、それでもその事態を受け容れたら、やるべきことが見えてくるものだというのです。逆にいえば、受け容れない限り、前に進むことはできないということ。

なお、ここで著者は2つの禅語を紹介しています。

「本来無一物(ほんらいむいちもつ)」

「無一物中無尽蔵(むいちもつちゅうむじんぞう)」

(174ページより)

前者は、「人はもともとなにひとつ持たずに生まれてくる。それが人の本来の姿なのである」という意味。

後者は、「なにひとつないからこそ、そこに無限の可能性がある」という意味だそうです。

こうは考えられませんか。 コロナ禍ですべてを失った。

しかし、それは本来の姿に戻ったことなのだ。人としての原点に立ち戻って、可能性を探っていこう……。 簡単なことでないのは承知でいっています。

しかし「なんでこんなことに!」「どうにもならないじゃないか!」といった想いにとらわれていたら、そうしている間は、足を前に踏み出せないのです。

嘆きや怨みは、けっして生きるエネルギーにはなりません。(174〜175ページより)

禅的にいえば、そこから離れたとき、心を空っぽにしたとき、必ず見えてくるものがあるのだそうです。

すると、たとえば「とにかく仕事を探すことに精いっぱい努めるなど、「やるべきこと」に気持ちが向かうものなのだと。

つまり、空っぽの心が力の源泉だということなのでしょう。(172ページより)

原因を探れば、失敗を引きずらない

仕事でもプライベートでも、なにか失敗をすると、それをいつまでも引きずってしまう人がいるもの。ところがそれだと、その後の行動について躊躇してしまったり、気持ちを萎縮させてしまうことになりがちです。

いずれにしても、失敗を引きずるのは、「なぜ失敗したのか」という、その原因を明らかにしていないからではないかと著者は分析しています。いいかえれば、失敗したという結果だけを受け止めているということ。

たとえば、仕事が最終的にうまくいかなかったとしても、その決着に至るまでにはいくつもの段階があったはず。そして、それらのすべての段階が失敗だったということはあり得ないものでもあります。

どこかの段階で方向性が違ってしまったとか、慎重さを欠いたとか、甘さがあったとか、失敗につながるなんらかの原因があったはずなのです。

だからこそ、仕事の流れの全体を思い返してみて、それを探っていくことが重要。そうすることで、流れを失敗に導いた主たる原因が明らかになるわけです。

原因がわかれば、解決策が見えてきます。

準備を周到にする、慎重にことを進める、主導権を手放さない、詰めのタイミングを読む、といったことですね。

それらを頭にたたき込んでおけば、二度と同じ轍を踏むことはありません。(186ページより)

そうすれば、次に同じ状況を迎えたとしても、難なく乗り切っていけるはず。それどころか、「今回は前の自分とは違う」と自信を持って臨めるかもしれません。

つまり失敗したことによって、結果的には自分のスキルが上がるということです。したがって、失敗は「自分をスキルアップさせる好機」だと捉えればいいのだと著者は主張しています。(184ページより)

大切なのは、ここに書かれている禅の考え方、振る舞い方を実践すること。

コツコツ根気よく続けていけば、やがてそれが習慣になるわけです。

禅の習慣というと難しそうにも思えますが、著者によれば禅はとてもシンプルなもの。

当たり前のことを当たり前にやることに尽きるので、まずは本書を通じ、「なにが当たり前のことなのか」に気づくことから始めればいいのだそう。

コロナ禍のみならず、これから訪れるであろう新たな災難に立ち向かうためにも、参考にしておきたいものです。

あわせて読みたい


Source: 秀和システム

Photo: 印南敦史

印南敦史

swiper-button-prev
swiper-button-next