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今日の書評

「やりたいと思えること」を見つける。これからの生き方を模索している人が考えるべきこと

「やりたいと思えること」を見つける。これからの生き方を模索している人が考えるべきこと
Photo: 印南敦史

これからの生き方。自分はこのままでいいのか?と問い直すときに読む本』(北野唯我 著、世界文化社)の著者は、兵庫県西宮市で育ち、小学校低学年で阪神・淡路大震災に遭ったという経験の持ち主。しかし、つらい経験は長い目で見れば、自分の人生にとって確実にプラスの指針になっているとも実感しているそうです。

また、「数か月前までは当たり前だった生活が音を立てて消えていく」というその感覚は、新型コロナを通じて世界が共有した感覚と酷似しているように感じるとも記しています。本書の原点には、そうした思いがあるよう。

仮に、直近に何か大変な辛い出来事があった人も、過去に起きた事実は変えられなくても、いつからでも人は変わることができる。大事なのは過去の生き方より「これからの生き方」です。そして、「自分がどうやって生きていくか」でしかない。そのヒントとなる本を作りたい、そう思って、生まれたのがこの本です。(「はじめに」より)

そんな本書は、「きょうもどこかで一生懸命に生きる同世代に向けた本」。「お金」が大事だということは理解しながらも、「お金ではない、もっと大切ななにか」を見つけたいと思っている同世代(著者は1987年生まれ)をターゲットにしているわけです。

ちなみに「誰にでも受け入れてもらえやすい」という理由から、本書の前半は漫画で構成されています。そちらは実際に読んでいただくとして、きょうはテキスト部分に注目。第3章「独白編(生き方編)」のなかから、2つのトピックスを抜き出してみたいと思います。

感性とはなにか?

「本書はどんな本なのか」をひとことで表すならば、「感性を磨くための本」ということになるのだそうです。他の人々と同様に著者も、いまより若い時期には「生き方」についてたくさん悩み、苦しんできたのだとか。そして、その根源的な悩みの理由は、間違いなく「自分の感性」にあったと分析しているそう。

「なぜもっと、心がずぶとく、強い人間に生まれなかったのか」と考え、苦悩し、しについて考えたこともあったといいます。しかし、そうしたプロセスをいま振り返ってみて思うのは、「感性はいずれ自分の武器になる」ということだというのです。

感性とは、違いに気づく力。 当たり前だといわれることに疑問を持つ力。皆が、Aというが本当はA’ではないか、と疑問を持つ力をここでは指しています。そして、私に限らず、このような感性を持つすべての人は、若い頃、たくさん悩んできたはずです。私はこの本を通じて、「感性はやがてあなたを救う武器になるよ!」と大声で伝えたい、と思います。(271ページより)

感性は、一目置かれるための、力強い自分だけの武器だというのが著者の考え方。しかし、だとすればどうやって感性を磨けばいいのでしょうか? その点については、「体験を観察し、違いに気づいていくこと」だと考えているのだそうです。

やりたいことを実現できる人、キャリアで成功できる人は、まず自分のことをよく知っているもの。自分自身の強い面と弱い面、双方とたくさん向き合ってきたからこそ、自分がいちばん心地よい状態、いちばん得意な戦い方を理解しているということ。

そして、そのために重要な意味を持つのは、いろいろな考えや、話、体験などを通じ、自分との「差分」に気づいていくこと

たとえば、自分と他人は何が、“どう”違うのか、あるいは、今の自分はずっと同じように見えても、1年前の自分とは何が“どう”変わったのか? 若い頃の自分と今の自分は、何が変わらなくて何が“どう”変わったのか? あるいは、なぜ、あの意見には賛成できるが、なぜ、あの意見には賛成できないのか?(273ページより)

主観的に体験したことを、客観的に分析するという作業の繰り返し。それこそが感性を磨くのだと、著者は考えているのだそうです。

さらにいえば、感性を磨くことのメリットはもうひとつあるといいます。それは、「自分の人生に熱中するもの」を見つける確率を高めること。

人は普段、繰り返しのなかで、一方通行の時間を生きているもの。そんななか、若いころであれば、卒業式や入学式、あるいは肉体の変化など、自然に生活していても「自分が変わるタイミング」を意識する強制的な機械があったわけです。

ところが大人になると、そうした機会は激減していくことになります。したがって、自分で自分の生き方を問うタイミングを意図的につくる必要性が生じるわけです。その際、「自分がなにに熱中できるのか」「大事なものを見つけられるかどうか」は、情報量以上に「その情報を自分の感性がつかめるかどうか」にかかっているのだといいます。

なぜなら感性とは、自分に必要な情報を見つけるためのアンテナのようなものだから。(270ページより)

ブックスマートとストリートスマート

ここで著者は、「ブックスマート」と「ストリートスマート」を引き合いに出しています。前者はその名のとおり、「頭がいい」「勉強ができる」という意味。対する後者は、「自分で生きていくための知恵を持っている」という意味。

座学で学べることは、たしかに大事です。ですが、人生の後半になればなるほど、キャリアを積めば積むほど、ストリートスマート、つまり自分の人生をよりよく生きるための知恵を持っているか、自分の足で立ち、そして自分の頭で考え、生きる術を考えてきたか、それが問われるフェーズに入るものだと私は思います。 (277ページより)

逆にブックスマートだけを追い求め、「わかりやすい成果」「わかりやすい結果」「わかりやすい肩書き」などを求めてきた人は、30歳を超えたあたりから自分の限界にも気づき始めるものだといいます。しかも自分自身、内心でそのことに気づいているものでもあるとか。

もちろんそれは、会社の大小、職種などに無関係。どこにいるか、なにをしているか、何歳なのか、国籍はどこにあるかなどということではなく、重要なのは「これからの生き方」について考え続けているかどうか。そこに尽きるということです。

本当に自分がやりたいことを探したり、新しいなにかを学ぼうとすることは、たしかに大変で途方もない作業でしょう。しかも、そうしたことを365日、常に考え続けることは非現実的でもあります。しかし、いま少しでも違和感のようなものを感じていたり、この先の人生でなにかをしたい、学びたい、変えたいと思っているのなら、いまからでも変わることは充分に可能。

そのためには、時間効率など無視してでも「やりたいと思えること」を、たったひとつだけでもいいから見つけることだと著者は主張しています。(277ページより)

先にも触れたとおり前半部分は漫画なので、肩肘を貼ることなく、気軽に読み進められるはず。さまざまな意味において困難な状況下で、「これからどう生きるべきか」と模索しているなら、手にとってみてはいかがでしょうか?

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Photo: 印南敦史

Source: 世界文化社

印南敦史

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