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人はバグる。韓国焼肉を切るはさみに見る「行為のデザイン」

人はバグる。韓国焼肉を切るはさみに見る「行為のデザイン」
Photo: 印南敦史

人の行為を観察すると、そこにバグが生じていることがあると気づきます。

初めはスムーズに歩いていても、分かりにくいデザイン表示のせいで迷いが生じて歩みが止まったり、あるいは店先に置かれている好みのテイストの雑貨を目にして思わず手に取ったり、人の振る舞いは必ずしも一定のリズムで行われるとは限りません。(「序章」より)

つまり、ここでいう「バグ」とは、それら「行為が阻まれる事象」のこと。

本書の『バグトリデザイン 事例で学ぶ「行為のデザイン」思考』(村田智明 著、朝日新聞出版)というタイトルも、人の行為を観察したり、想像体験したりすることによってバグを見つけ出し、解消する(=取る)デザインを考えるということを意味しているのだそうです(この場合のデザインとは、モノのデザインに限定するモノではないといいます)。

考え方を変えれば、「バグ」は改善の余地がある点だと捉えることができるわけです。

著者の提唱する「行為のデザイン」とは、そうした改善点を見つけ、よりよく、動作を美しくしていこうとする手法。

ユーザーが目的に到達するための行為を滞りなく、滑らかに進行できるデザインを「よいデザイン」と定義し、最終目標としてそこを目指しているということです。

本書の目的は、どんな領域で働く方でも、読み終わって本を閉じた後に「行為のデザイン」を実践し、課題を解決できることです。

そのための手順をできるだけ詳細に解説し、できるだけ多くのジャンルから事例を集めました。(「序章」より)

著者は、株式会社ハーズ実験デザイン研究所代表。プロダクトを中心に、iF GOLD、Gマーク金賞を始め国内外のデザインアワードで160点以上を受賞してきたという実績の持ち主です。

自ら運営するMETAPHYSは、「行為のデザイン」に基づいて開発から販売までを実践しているのだといいます。

同社が実際に関わったワークショップを紹介した第4章「『行為のデザイン』ワークショップ事例」のなかから、「右利き用に特化することで抜群の使い勝手を実現した韓国の肉切りばさみ」に焦点を当ててみましょう。

韓国の食事の場で使われているはさみを徹底研究

著者によれば「バナキュラーデザイン」とは、その地域ならではの風土や民族性を備えたデザインのこと。たとえばここで紹介されている依頼は、韓国からのものだそうです。

ご存知のように韓国の焼肉食文化においては、テーブルごとに肉をはさみで切りながら焼いてくれるシステムが大半。

したがってこの事例の場合は、そうした仕組みも含め、韓国オリジナルのバナキュラーデザインを目指さなければならないということになったわけです。

ところで韓国の食事の場で使われているはさみは、肉を切ることに特化したものではないのだそうです。キッチンばさみや裁縫ばさみが転用されており、つまり使われているのは一般的な製品だということ。

しかも国内のはさみメーカーも少なく、海外から輸入して使用するケースが多数。

そこで、はさみで肉を切るシェフのサービスを徹底的に研究するワークショップが始まったのだといいます。(149ページより)

目標はすべてをクリアするデザイン

まずは、国内外を問わず集めたキッチンばさみや肉切りばさみから20本を選定。

しかもシェフ側と客側、双方の観点から比較して、理想的な方向性と解決すべきバグを探り出したというのです。

たとえば…

立って切るシェフの行為と、座ってきる客側の行為とでは、どんな違いが出るか。

トングで肉を挟んで切るときに、刃先から肉が滑るかどうか、楽に切れるか、長時間使用しても手が痛くならないか。

脂がついたときの滑りに変化はあるか、刃先の長さは適当か、先は尖っていたほうがいいか、左手対応のはさみは切りやすいか。

テーブルにどう置かれるか、ワンアクションで持てるか、洗いやすいか、食卓に合ったデザイン性か、など、あらゆる観点からバグを洗い出したということ。

いうまでもなく、目標はすべてをクリアするデザインだということになります。

そのため、完成までには何度もプロトタイプを制作したのだとか。(150ページより)

日韓共同でのバナキュラーデザイン

無視するわけにはいかない重要なポイントは、はさみという道具が持つ特性です。そもそも、はさみは2枚の金属板を交差させて切る道具。

開いたとき下側にくるブレードに、右手の親指を入れて切ると正常に切ることができるわけです。

ところが、左手の親指を入れて切ろうとしても、うまく切ることはできません。いうまでもなく、右利き用にデザインされているからです。

なのにグリップのデザインだけは、どちらの手でも使えるものが多数。

それが逆に、ユーザーから「切れ味の悪いはさみだ」と誤解されていることにも気づけたのだそうです。

そこで、この事例のはさみは、右手用に開発すると割り切ることに。

結果的にはそれが功を奏し、右利きへのフィット感が高まり、手への圧力分布が均等になって、長時間の使用にも耐えるものになったのだといいます。

最終的には、三次元CADソフトウェアの「ソリッドワークス」で設計したデータを3Dプリンタで出力し、実際に新潟の三条にあるプリンス工業というハサミメーカーでブレード(刃)を制作。

そののち20本のプロトタイプを使用して、韓国の焼肉店でプロの評価実験を行ったそう。すると卓越した性能が高く評価されることとなり、商品化が決定。

かくして新潟で生産し、韓国への輸出が実現。日韓共同で、韓国の食文化のバナキュラーデザインが、こうして達成されたわけです。(150ページより)


人の行為を観察すると、そこにはそれぞれの目的があり、それぞれの手段でゴールに向かっていることがわかると著者はいいます。

つまり問題解決のためには、個々の人の行為を観察し、「なにと関係しながらどういった問題に直面するのか」「どのような手段を用いて解決し、ゴールに向かうのか」を考えることが必要

本書で紹介されている思考法はそういう意味で、あらゆる分野、あらゆる場面に対応できるもの。

したがって、さまざまなシチュエーションで実践することができるはずです。

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Source: 朝日新聞出版

印南敦史

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