
ウェブメディアを主戦場に年間約500点もの書評を書き、先般は『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)を上梓した印南敦史さん。
ライフハッカー[日本版]でも、8年近くにわたり、日曜・祝日を除くほぼ毎日書評連載に寄稿してきた印南さんは、ベテランの在宅勤務者でもあります。
今回は、印南さんに在宅勤務の生産性をアップさせるコツや、おすすめの気分転換法などをお聞きしました。
リーマンショックで収入激減するも書評家として羽ばたく

——「ライフハッカー」読者なら、印南さんのこれまでの足跡に興味津々です。書評家となったきっかけを含め、これまでの経歴と現在の仕事をざっと教えてください。
経歴というか、ここまで来た経緯については、けっこう紆余曲折ありました(笑)。
転機になったのは、小さな広告代理店で働いていた30代前半のころ、会社の仕事を続けながら音楽ライターとしても活動するようになったこと。
タイミングがよかったのだと思うのですが、音楽ライターとしては順調で、やがてある音楽専門誌の編集長になり、そののち独立したという感じです。
独立したのは35歳くらいのころだったかな? その後は少しずつ、活動の場が一般誌(男性向けクオリティマガジン)へと移っていきました。
現在に至るまで音楽ライターも続けてはいるのですが、音楽業界にとどまり続けるのではなく、視野と活動範囲を広げたかったからです。
幸い、一般誌でも仕事に困ることはなかったのですが、リーマンショックのあたりを境に状況が一変しました。当時書いていた媒体が相次いで休刊となり、収入が激減したのです。
あのころのことは思い出したくもありませんが、そののち、当時のライフハッカー[日本版]編集長から「書評を書きませんか?」と声がかかったのです。
正直、それまでは書評を書くことなんて考えたことすらなかったのですが、だからこそ興味を抱いたのも事実。
そんなわけで目の前にある“やるべき仕事”を愚直にこなしてきた結果、いつの間にか書評家としてのキャリアも8年目に突入していたという感じです。
——仕事のある日の1日の流れは、どのような感じですか。
マスコミの端っこにいるというだけで、華やかなイメージを持たれることも少なくないのですが、まったくそんなことはなく、“地味”のひとことに尽きます。
1日の具体的な流れについては、『書評の仕事』にも細かく書いていますが、端的にいえば“読んで、書いて” “読んで、書いて”の繰り返し。朝は早ければ8時台から仕事を始め、食事などを挟んでそれが夕方以降まで続くような感じです。
運動不足になりがちなので、少しでも外に出るように心がけてはいますが。
日常的に家で仕事をしているわけなので、STAY HOMEも日常の延長であり、だからつらくは感じませんでしたね。
「やります」と約束したら完遂する

——日々締め切りがある仕事をこなすために、心がけている自己管理・気分転換法はどんなものでしょうか。
<自己管理>
自己管理については、「仕事で関わっている方々からどう見られているか」を意識することが重要だと考えています。
以前、交流のあったフリーライターが、受けた仕事を放り出して逃げたことがありました。でも、僕は気が小さいので、そんな大胆なことはできない(笑)。
というより、「やります」と約束したものを放り出したとしたら、確実に信頼は失われるので、やるしかないわけです。で、やれたらそれがモチベーションの向上につながるはず。
大切なのは、そこなんじゃないかな。やれば必ず達成感は得られるのですから。
<気分転換方法>
気分転換法として仕事中には、インターネットラジオを流していることが多いです。
朝はたいてい、南カリフォルニア大学が運営している“KUSC”というクラシック専門局を流し続けています。
あるいは、曇りや雨の日には、サンフランシスコのネットラジオ“soma fm”内のアンビエント/ドローン/チルアウト系チャンネル“Drone Zone”を聴くことも多いかな。
ストリーミングサービスは、Apple MusicからSpotifyに移り、現在はソニーのmora qualitasを利用しています。それと、連載を持っているハイレゾ音源サイトe-onkyoでハイレゾ音源を落としたり。
いまmora qualitasmの再生履歴をチェックしてみたら、最近は新譜だと以下の作品をよく聴いていたようです。
- ラインハルト・ゲーベル/Beethoven’s World – Reicha, Romberg: Concertos for Two Cellos
- ラン・ラン/Lang Lang at Royal Albert Hall
- 千住真理子/心の叫び〜イザイ: 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ全曲(完全版)
仕事を主体とした場合、音楽は邪魔にならないもの(思考を邪魔しないもの)を多く選んでいるような気がします。
集中しているときには、クラシックですらうるさく感じることもあるので、そういう場合は自然音の作品を流したり、あるいは無音にしているときもあります。
ジャンル的には、全体を10とすると、クラシック/アンビエントが6、ヒップホップが2、その他が2という感じで非常に偏ってますね(笑)。
——生産性を向上させるとか、やる気が出るという理由で愛用しているモノはありますか。
もともと物欲の強い人間だったのですが、この5、6年で意識が変わってきて、なるべくモノは持たないように心がけています。
本も読まないものは人にあげたりしていますし、一時は1万枚くらいあったCDも数百枚まで減らしました。
ただ、アナログレコードに対する愛着はどうしようもできず、いまでも(おもにネットで)過去に手放したレコードを買いなおしたりしています。
デスクは書斎に造り付けになっているのですが、椅子はHara Chairの「ニーチェ」という腰痛軽減チェアを10数年使い続けています。
仕事は「目の前に積み上がったブロック」と考える

——コロナ対策で在宅勤務をする人が急増しました。1人で黙々とPCに向かう作業に慣れず、生産性が落ちてしまう人が少なくありません。そんな在宅勤務ビギナーにおすすめの、比較的カンタンにできる秘策を教えてください。
僕は、仕事は「目の前に積み上がったブロック」のようなものだと思っているんです。
デスクの目の前にブロックが積み上げられていたら、作業は進みづらいですよね。だとしたら、それをひとつずつ持ち上げ、移動するしかないわけです。つまり、やらなければならない仕事は、ひとつひとつ、コツコツとこなしていくしかない。
やれば確実にブロックの数は減っていくのですから、結果として目の前がスッキリするわけです。
ですから、「やるしかない」というよりは、「やるのがベスト」と前向きに考えるべきではないでしょうか。
——最後に、過去に書評に書いたもの、ないものをひっくるめて、ここ1年の間に刊行されたなかで、推薦したい図書を教えてください。
『天才たちの日課 女性編 自由な彼女たちの必ずしも自由でない日常』
メイソン・カリー 著、金原瑞人/石田文子 訳、フィルムアート社
“天才”と呼ばれる人たちの日常を明かした『天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』(2014年)の続編。
タイトルにあるとおり、今回は草間彌生からココ・シャネルまで、さまざまな女性たちの日常に焦点を当てています。
『あやうく一生懸命生きるところだった』
ハ・ワン 文/イラスト、岡崎暢子 訳、ダイヤモンド社
自分をすり減らすだけの人生に焦りを感じ、40歳を目前にして会社を辞めてイラストレーターになった著者による、ゆる〜いエッセイ。
国籍は違えど、人の悩みはあまり変わらないものなんだなぁと共感できる、心地よい一冊です。
『書評の仕事』印南敦史 著、ワニブックスPLUS新書
手前味噌ながら、僕の新刊もご紹介させてください。
タイトルどおり、約8年におよぶ書評家としての生きざまの集大成(大げさ)。本の選び方、読み方、書評の書き方、収支、音楽の話など、書評を書く気がない人でも楽しんでいただけるはずです。
Photo: 印南敦史
取材・文: 鈴木拓也