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「普通」という概念から離れる。仕事の可能性を広げるセルフコントロール術

「普通」という概念から離れる。仕事の可能性を広げるセルフコントロール術
Photo: 印南敦史

人生、真面目に生きるほどヒマじゃない。』(大塚慎吾 著、きずな出版)というタイトルは、著者にとっての座右の銘なのだそうです。

ただしそれは、「真面目に生きることがいけない」とか、「テキトーに生きよう」という意味ではないようです。

「こうでなければならない」という型からはみ出て、我々を縛りつける常識を反転させたり、「普通」という概念から離れてみるべきだということ。

そうすることで、人生は大きく違って感じられるものだというわけです。

いまの時代は、「成功/失敗」「勝ち/負け」「損/得」などの二元論の傾向が強く、世界を断片的で狭く感じさせてしまっている気がします。

しかし、本当の僕たちの人生は、もっと広く深く、素敵で楽しく、愉快でシャレのきいた遊園地のような場所のはず。

人生において楽しいことも、悲しいことも、笑えることも、つらいことも、希望を感じることも、絶望感にどっぷり浸かることも、すべて含めて「人生はシャレ」みたいなものなのです。(「Prologue 僕たちは、もっと楽しく自由に生きられる」より)

そして人生がシャレだとすれば、誰もが「真面目に生きるほどヒマじゃない」という感覚で生きることができるだろうということ。

そんな考え方に基づいて書かれた本書のChapter 3「迷って、悩んで、くじけそうなときは」に注目してみたいと思います。

「あの人ならどうする?」と考えてみる

仕事の場でも私生活でも、人は予期せぬことに遭遇するもの。当然、いいこともあれば、よくないこともあるでしょう。

しかし、そんなときに一時的な感情に身を任せてしまうと、相手を傷つけたり、あるいは自分を傷つけてしまうかもしれません。

そこで著者は、そんなときの対処法を明かしています。

「あの人ならどうする?」です。

予期せぬことに遭遇し、どうすればいいかわからないときは、新しい選択肢として「こんなとき、あの人ならどうする?」というふうに考えてみると、思わぬところから答えがポンとやってきたりします。(91ページより)

その場合の“あの人”は、上司や先輩かもしれません。あるいは、マザー・テレサやキング牧師などの偉人かもしれません

いずれにしてもそのように考えてみると、その人たちの力を借りているのと同じ感覚になり、ひとりで悶々と悩み続ける状況から脱することができるというのです。

大切なのは、自分のなかに尊敬できる人の思考の「軸」を入れておくこと

そして、うれしいときも、気分が高まっているときも、緊急事態のときも、「あの人だったらどうするだろうか? どういう表現をするだろうか?」と考えるようにする。

そうすれば、解決の糸口が見えてくるということです。(90ページより)

一生懸命モチベーションの上げ下げをする必要はない

「どうやってモチベーションを上げたらいいのでしょうか?」

「どうやってモチベーションを維持したらいいでしょうか?」

そんな質問を目にすることがあります。著者はそのたび、「モチベーションは、そもそも自分勝手に上げたり下げたりするものではないのでは?」と感じるそうです。

モチベーションが下がっているときに無理やりあげようとしたり、なんとかして維持しようとするのは、自分がコントロールできないところに手を入れていくようなものだというのです。

たしかにそのとおりで、そもそもモチベーションとは、上げたり下げたりを意識する必要のないもの。自然と湧いてくる情熱や動機があれば、それでいいわけです。

そう考えれば、下がったものを無理にあげようとしなくても、上がったものをさらに上げようとしなくてもいいということがわかります。

もしも、「モチベーションが下がってしまって、どうしても上がらない」という表現で状態を表すとしたら、その上がらない何かを一度やめてみたらどうでしょうか?もしくは、人生にそれがなくなったら? と考えてみたらどうでしょうか?


本当にそれが必要かどうか、心からやりたいかどうかがはっきりすると思います。 ですから、モチベーションを上げたり下げたりするのではなく、「その情熱があるかどうか」「本当にやりたいかどうか」「楽しいかどうか」「やり続けたいかどうか」で判断してみるのです。(96ページより)

また、少し考え方を変え、「モチベーションが上がっているか下がっているか」ではなく、「集中しているか、リラックスしているか」と考えてみるのもいいそうです。

「モチベーションが上がっている」=「集中している」

「モチベーションが下がっている」=「リラックスしている」 (97ページより)

こう考えると、自分を責めることもなくなっていくわけです。(94ページより)

自己責任の範囲を広げて、気持ちをコントロールする

「責任」ということばは、「あなたのせいだ」「私のせいだ」というように、ネガティブな文脈で捉えられがち。

しかし著者がここで伝えようとしているのは、そういうことではないそうです。

「なにかが起きた時に自分で解決する能力」のことを、責任と位置づけているのです。

人生では、思いがけないことや、予想もしていなかったことが起きるものです。そんなとき、「どんなことでも自分で解決する」と決め、自己責任の範囲を広げることによって、自分の力で自分の人生をコントロールできるようになるというのです。

別な表現を用いるなら、人のせいにしなくなるということ。

もちろんそれは、「自分のせいにする」ということではありません。「自分で責任を取れる」「起きた出来事に対して反応できる範囲が広がる」という感覚が身につけば、まったく違った人生になってくるということ。

逆にすべてを自分以外の責任にしてしまうと、「自分で解決できない」ということを認めていることにもなるでしょう。

起こったことはすべて、自分の責任において解決できるんだ」という解釈をすれば、見える物事すら180度変わってきたりします。(100ページより)

これは仕事においても人間関係においても、職場においても過程においても、すべてに通じること。

自分の外側のせいにすることをせず、自分で解決できる内側の幅を広げ、自己責任の幅を大きくする

そうすれば結果的に、自分で人生をコントロールできるようになるという発想です。

そうなれば、ややこしい問題であったとしても、それほど長引くことはなくなり、気持ちも持っていかれずにすむということ。

なぜなら、「すべては自分の責任で、自分で解決できる」と解釈しているから。

それでも解決できない問題が起きたときは、「そのときはそのときだ」くらいの軽いノリで、少しずつ解決しながら進んでいけばいいとも著者は記しています。(98ページより)


ポジティブ思考の著者ですが、その裏側にはなかなかハードな過去が横たわってもいます。

幼少期に母親が亡くなったため、7人もの祖父母がいる環境で育ち、大学卒業後に就職するも、すぐに起業して失敗。地元に戻って就職したのち再度起業し、ようやく安定感をものにしたというのです。

そんな過去があるからこそ、本書の主張からは“芯”を感じることができるのかもしれません。

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Source: きずな出版

印南敦史

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