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嫉妬心や優越感抜きで判断する。「自分の答え」を導き出す思考実験

嫉妬心や優越感抜きで判断する。「自分の答え」を導き出す思考実験
Photo: 印南敦史

イギリスの倫理学者フィリッパ・フットが1967年に提示し、以来さまざまな議論が繰り返されてきた思考実験「暴走トロッコ問題」については、以前、『論理的思考力を鍛える33の思考実験』(北村良子 著、彩図社)をご紹介した際に触れたことがあります。

トロッコが暴走してくる線路の先には5人の作業員が工事をしているため、そのままでは全員の命が危ない。

線路のレバーを切り替えれば彼らは助かるが、切り替えた先にも作業員が1人。

レバーを切り替え、1人の作業員を犠牲にするか、レバーをそのままにし、5人の作業員を犠牲にするか、選択肢を絞って難しい判断を行うというもの。

この問題を考えるにあたり、人は「5人を助けるために1人を犠牲にするのは正しいか?」という問題に直面するわけです。

このような、自分で考え、自分の答えを導き出すための問題を思考実験といいます。思考実験は、正解不正解がないものが多く、このトロッコ問題もその1つです。

上記書籍の著者による新刊『究極の思考実験』(北村良子 著、ワニブックス)の冒頭には、このように書かれています。

重要なのは、ただ選択するだけでなく、自分の意見として人に伝えられるようになるまで考え抜くこと

そんな考え方に基づいて、本書においても27もの究極の選択を迫られる思考実験を紹介しているのです。

1章「思考の選択」のなかから、「記憶のない会議室」をピックアップしてみることにしましょう。

記憶のない会議室

ある会議室にいるとします、そこには20人の人がいて、自分を含む全員が同じ服を着ており、記憶がまったくありません。

全員、自分がなにものなのか、何歳なのか、なぜここにいるのかを理解できていないわけです。

その会議室に議長を名乗る性別不明の人が現れ、こういいました。

あなたたちは国民の代表として抽選により選ばれ、この会議に参加しています。この国の将来をどう導くのか、いま、それを決定します。ここに2つの案があります。どちらがいいかを選択し、投票してください。

かくして20人の前に、2つの案が提示されました。

その1 弱きを救済する社会

経済的、社会的、身体的な弱者を救済することに重きを置き、それらに恵まれた人から多くの税を徴収して、弱者を支援します。

その2 強きを優遇する社会

経済的、社会的、身体的な強者を救済することに重きを置き、強者が有利になるように税制を整え、彼らを支援します。

自分では、自分がどんな立場にいて、どんな生活を送っているのかまったくわかっていないとします。ただし、この国に生きている20歳以上であることは確かだと知っています。

そして、この会議が本当に国の将来を決定する重要なものであることもわかっています。

さて、どちらの案を支持し、投票するでしょうか?

究極の選択

A:弱きを救済する社会

B:強きを優遇する社会

(45ページより)

この思考実験は、アメリカの哲学者であるジョン・ロールズによる『無知のヴェール』を参考につくられたもの。

無知のヴェールは、それをかぶると、自分や他人の地位や能力などに関する一切の記憶を持っていない状態になるというものだそうです。

つまり、これによって他人に対する嫉妬心や優越感を持たず、自分の利益ばかりを追求するような思考を排除できるようになり、多くの人が同じ状況で判断を下せるようになるということ。

たとえば全体のわずか1%の人だけにとって、あまりにも有利な決まりであれば、当然のように、誰もがよくないと判断するはず。

そのごく一部のなかに、自分が含まれている確率は低いからです。

現代社会は多くの利権が絡み、無知のヴェールを被った状態のように、平等な目で政治がなされているとはいえません。

もし、記憶のない会議室と同様の状態で政治が行われたなら、どんな社会になるかを話し合ってみるのもよさそうです。(46~47ページより)

さて、話を戻しましょう。Aは、「弱きを救済する社会」です。

もしも自分が「弱き者だったら?」と考えた場合、最悪の事態を避けるために「救済しておきたい」と考えることでしょう。

身体の問題や、老い、生まれた場所など、自分の力ではどうにもならない「弱さ」は多いもの。

したがって、弱者の救済が徹底された社会であれば、安心感は高いと考えられるわけです。

いっぽう、Bは「強気を優遇する社会」。

もし自分が「強き者だったとしたら」と考えたとき、さらに強くなるため、あるいは「せっかくがんばって働いたのだから、税金が高いのは困る」と考えるのであれば、強き者を優遇しておきたいという発想に至ることでしょう。

強者は国際的に戦う力も強く、弱者を救う力も強いはずなので、彼らを支援することによって、結果的に社会がよくなる可能性もあるということ。

2つの選択肢の欠点は?

これら2つの選択肢にそれぞれ欠点があるとすれば、それはなんでしょうか?

まず「弱きを救済する社会」では、やむを得ぬ理由で「弱き」に属する人を救済できるいっぽう、怠惰な生活を送る人や、自分に甘い選択をする人が増え、自ら「弱き」に属することによって、その権利を主張する人が問題になるかもしれません

また、「強き」に属しても多くの税金を取られるだけだとしたら、働く意欲を失ってしまう可能性も考えられます

「強きを優遇する社会」では、「強き」に属する人はさらに強くなれますが、多くを占めるであろう「弱き」に属する者はなかなか這い上がれない苦労を強いられるわけです。

特定非営利法人オックスファム・ジャパンは、1年間のうちに世界がもたらす富の82%を、たった上位1%の人々が独占していると発表しました。

さらに、世界の下位50%の資産総額は、上位42人の資産総額とほぼ同じであるといいます。この発表は2018年のものですから、現在はそこからさらに貧富の差が広がっているとみてよいでしょう。(48ページより)

さて、もしも記憶のない会議室にいるとしたら、どちらの案に投票するでしょうか?(44ページより)


決断を迫られたとき、私たちの思考は深まるものだと著者は記しています。

自分の頭で考え、決断し、意見をまとめる力をつけることにより、思考の幅をより広く、より深いものにしてくことができるわけです。

そしてそれは間違いなく、ビジネスの現場においても大きな力になることでしょう。

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Photo: 印南敦史

Source: ワニブックス

印南敦史

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