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苦しむほど人格は深まり、人生を味わえる。鈴木大拙のことばに学ぶ

苦しむほど人格は深まり、人生を味わえる。鈴木大拙のことばに学ぶ
Photo: 印南敦史

はじめての⼤拙――鈴⽊⼤拙 ⾃然のままに⽣きていく⼀〇⼋の言葉』(鈴木大拙 著、大熊 玄 編、ディスカヴァー・トゥエンティワン)について、編者は次のように述べています。

この本は、はじめて鈴木大拙(だいせつ)の言葉にふれる人たちのために編まれました。どの言葉がどの順番に並べば、大拙の伝えたいことが今を生きる人に届くのか、いろいろと工夫しながら編みました。

そのようにして言葉が選ばれ、並び替えられるうちに、やがて、いわゆる禅語や仏教用語、あるいは研究者だけの専門用語はほとんど姿を消して、ふつうの日常的な言葉が残りました。(「はじめに」より)

鈴木大拙は、昭和初期の禅研究における第一人者。海外に向け、禅の思想を精力的に紹介した人物です。

生きた禅者であり、すぐれた仏教研究者であったため、その著者国は多くの固有名詞(文献や人物)や彼独特の哲学用語が出てくるのだとか。

しかし本書では、そうした人名や用語を使用することはなるべく避け、大拙がこれだけは伝えたいと思っていたであろうことを凝縮しているのだそうです。

大拙の語る禅は、けっして学問のなかにあるのではなく、日常生活のなかに生きているものだと編者は記しています。

そのためここでも、そのような考え方に基づいた108のことばが紹介されているわけです。

第四章「苦しみや矛盾のなかを生きていく」のなかから、いくつかを抜き出してみることにしましょう。

人生は思い通りにならない」ことを認め、そこを基礎にして生きていくことの重要性を説いた章です。

苦しむほどに、人格は深まり、人生を味わえる

ここで大拙が訴えているのは、人生はどう論じようとも結局は苦しい闘争であるということ。

しかし苦しめば苦しむほど人格は深くなり、そして人格の深まりとともに、より深く人生の秘密を読み取れるようになるというのです。

すべて偉大な改革者たちは、峻烈(しゅんれつ)この上ない戦いから生まれた。かれらはその戦いを勇敢に、血と涙をもって、戦い抜いたのである。

悲しみのパンを口にすることなくしては、あなたは真実の人生を味わうことはできない。『禅』46

(130ページより)

苦しむことができるのが人間である

人間は苦しむようにできていて、その苦しさゆえに苦を離脱するとも克服するともいえるもの。つまり、苦を避けるのは人間らしくないということになると大拙は主張しています。

苦しみ能(あた)うということが人間の特典なのだとすれば、十分にそれを味わっていくべきだということ。

それができないとなると、人間である自分の特権を棄てるということになるというのです。『仏教の大意』48(131ページより)

あきらめない、やり尽くす、苦しみのなかへ入る

動物にはそういう苦しみの世界はないわけだ。人間はそれを苦しみと感じるからね。そこが困るんだ。

困るときには、ただ困るだけでなく、なんとかするんだね。あとは天にまかす、「人事を尽くして天命を待つ」だね。

ただし「天命を待つ」を、「あきらめる」といってはいけないといいます。なぜなら、あきらめでは一種の現実逃避になってしまうから。

そうではなく、その[苦しみの]なかへ入ってしまうべきだという考え方です。『鈴木大拙坐談集 第二巻』171(132ページより)

人生に苦はつきものだとして、それではどうするか

哲学者や宗教家が何というとも、人生は苦に相違ないのである。事実をいえば、この苦があるがために、哲学も生れ、宗教も出来るのである。 この苦観は必ずしも厭世[世を厭う]の義[意味]にはならぬ。

厭世は消極的で、奮闘は積極的である、苦なるがゆえに厭うべしともいえば、苦なるがゆえに闘うべし、努むべしともいいうる。

「厭う」と「闘う」はその人々の主観であるけれど、苦しいということは誰にでもある事実だということ。『鈴木大拙全集 第十九巻』497(136ページより)

ただ日々の仕事をやることがいちばん大切です

なんでもない仕事、それがもっとも大切なのだと大拙。なにか、人を驚かすようなものでなくてもよいということ。

この節(せつ)は、人々の目を引くようなことをやらぬと、立派でないように考える人もあります。あるいは、何でも異常なことでも申さぬと偉い人になれぬと思うのです。

われわれの一生というものは、なにも目を驚かして、偉い者になろうとか、なったとかいうところにあるのでなくして、日々の仕事をやることが一番です。『東洋の心』202

(143ページより)

仕事の最中には、評価は重要ではない

仕事の最中、仕事そのものにとって、評価は重要ではない。第二義の問題である。 禅は日々の生活を生きることであって、外からそれを眺めることではない。

外から眺める時には必然的に、実際に生きるという事実から遠ざかってしまう。

そして、そこに言語や思想や概念などが出てくるもの。しかし、それは禅の関知しない世界のことだといいます。『禅についての対話』116(144ページより)

勤労を楽しむ

自ら勤労を楽しんでいる人は、慌ててそれをやり遂げることばかりを急ぐ必要はなし。

機械的な工夫というものは、たいへん能率的で仕事がはかどることは論をまたないが、どうも機械というものは、非人間的で創造的ではなく、したがってそれ自身意味というものを持たぬものである。『禅と精神分析』18

(145ページより)


あまり難しく考えず、ましてや大拙について勉強(研究)しようなどとは思わず、まずは大拙と対話をしているつもりで読んでほしいと著者は言います。

つまり素直な気持ちで向き合い、響いたことばを日常に落とし込んでいけばいいということ。

1ページ1項目の読みやすい構成なので、気負うことなく大拙の世界に入り込むことができると思います。

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Photo: 印南敦史

Source: ディスカヴァー・トゥエンティワン

印南敦史

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