特集
カテゴリー
タグ
メディア

牛は水上にいてもいい。オランダの「水上酪農場」にはイノベーションのヒントがあった

牛は水上にいてもいい。オランダの「水上酪農場」にはイノベーションのヒントがあった
Photo: 水迫尚子

オランダのロッテルダムで、世界初の農業システムに取り組んでいる場所があります。

世界初の試みとはFloating Farm(水上酪農場。この6月、ロッテルダムの中心街から約5キロのところにある埠頭でオープンしたので、足を運んでみました。

水上酪農場とは?

01P1090168-1
3層構造のFloating Farm。地上階は牛乳とヨーグルト加工工場、牧草などの牛の飼料、上階に乳牛がいる。屋根は開閉式
Photo: 水迫尚子

水上酪農場とは文字通り、水上に施設を作り、そこで乳牛などを飼う水上の牧場です。近年、都市型農業のスタイルに注目が集まっていますが、中心街に近いところで地上の生き物を水上で飼育するというのは世界初の試みです。

埠頭に建つ施設に近づくと、いつもの磯の香りではなく、牧場のにおいがするのが、なかなかシュールでした。自家発電エネルギーのほか、ろ過した雨水で牛の飲水を確保、糞尿の処理、肥料への加工など、すべてこの施設でまかなっています。

設計したのはペーター・ファン・ヴィンガーデン氏。

ニューヨークのハドソン川に浮かぶ住宅のプロジェクトに参画するなど、水辺の建築物を得意とするエンジニアです。

Floating Farmの着想を得たのは、2012年。

ニューヨークを襲ったハリケーン・サンディでした。当時、ニューヨークにいたヴィンガーデン氏は、「停電や水害によって流通がマヒし、売り場からあっという間に新鮮な食料がなくなってしまう状況を目のあたりにした」と別メディアで答えています。

ヴィンガーデン氏の説明を聞いて、頭に浮かんだのは東日本大震災後のことでした。津波などの被害を受けなかった都市でも、日に日にスーパーの棚が薄くなり、普段の生活では気にもかけない流通のもろさを痛感し、不安を覚えた日々をまざまざと思い出しました。

食糧危機、気候変動、人口増加に対する解決策

02P1090115
ペーター・ファン・ヴィンガーデン氏
Photo: 水迫尚子

気候変動により将来、さらに海面が上昇すると言われています(今世紀末には2m上昇するという見方もあります)。

一方、地球上の人口は増え続けており、国連は2050年の世界人口は97億になると予測。食糧危機も気候変動、人口増加と同じように今世紀最大の問題と言われています。

「将来、街がベニスのように水に満たされるかもしれない。それなら逆手にとって、水辺で食糧問題を解決する方法があるのではないか」と、ヴィンガーデン氏。

いちばん難しいと思われる生き物からトライしてみたいと、水上酪農場を思いつきます。

搾乳から加工まで水上で

03P1090129
入り口。金曜と土曜は一般にも開放している(搾りたて牛乳付きで€4.50)
Photo:水迫尚子

ヴィンガーデン氏に内部を案内していただきました。

建物は3層構造になっており、ワンフロアの大きさは約1,200㎡。おおよそ50mプールの大きさです。地上階では40頭の乳牛が飼育されています。

5月の中旬に乳牛を建物に連れて行ったそうで、その時は牛がどのような行動をとるか未知数だったそうです。「乳牛はこの環境に違和感はないみたいです。牛乳の生産量も変わりません」と、フリースラント出身の酪農家アルバート・ブールセン氏。

牛たちは一向に頓着しないようですね、自分たちが牧場にいるのか、水上にいるのかは。

停留する船舶やドックヤードを背景に、潮風に吹かれて牛がのんびりと草を食む牛の姿が印象的でした。

05P1090146
乳牛たち。一日に800ℓの牛乳を生産する
Photo: 水迫尚子

同じエリアに搾乳ロボットが設置されています。人の手を挟まず、機械で搾られたミルクは一階下のフロアに運ばれ、牛乳として瓶詰されるか、ヨーグルトに加工されます。

06P1090134
ロボットで搾乳中の牛たち。フロアは牛が自由に行き来できるようになっており、いつ乳を搾るかも牛が決める
Photo:水迫尚子

「最近は、この場所にくればパンパンになった乳を搾ってくれるとことを牛が覚えたらしく、自然に行き来するようになっていますよ」とヴィンガーデン氏。

全てを近隣でまかなう

07P1090126
太陽光パネルを水上に設置し、エネルギーは自家発電で賄う。
Photo:水迫尚子

食糧危機、気候変動に対応するひとつの実験場であることと同様、あるいはそれ以上にFloating Farmが重きを置いていることがあるとヴィンガーデン氏。

それは「広げず、回していくこと」です。

近辺の遊技場やゴルフ場の草、ショップや農家が捨てるポテトの皮、ビール醸造所からの穀物を乳牛の食料にして生産した乳製品も、直売か、ロッテルダム内のスーパーなどに卸します。

輸送は距離が長ければ長いほどエネルギーを使うし、CO2も排出します。従来の流通に頼っているようでは、食糧危機の解決にはなりません。

ロッテルダムにとどまること。そしてこの範囲内で循環させること。これが何よりも重要です。

Floating Farmの利点は、増設しやすいことにあるといいます。

打ち付けられた28mの杭に沿って建物が上下に稼働する仕組みになっており、ハリケーン級の嵐でも耐えられる構造です。

将来は酪農場の横に養鶏場、野菜を生産する農場を作りたいと思っています。国土の1/4が海抜以下にあるオランダでは、水の管理は国是です。

さらに、オランダは農業国でもあります。この2つの分野のテクノロジーが水上酪農場を可能にさせたのです。

イノベーションは垣根のない考えからはじまる

ヴィンガーデン氏の説明を聞きながら、それだけではないと思いました。

オランダでは明確なビジョンや目的があり、それが社会的な問題を解決するものであれば、人々は話を聞こうとします。

そして、賛同すれば、従来の価値基準やそれぞれの思惑をいったん棚において、横断的に協力し合うメンタリティがあります。

そのようなオランダ人の気質が、ボーダーを作らず発想することを可能にしているのではないか。それが知識と知識、技術と技術を結ぶ何よりの鍵なのではないか。

固定概念にとらわれないことがイノベーションを推進するための礎であり、技術ありきではないのではないか。

なぜなら、“海上は海上であり土地ではない”、“牛は土の上にいるべき生物である”という考えにとらわれていたならFloating Farmは生まれなかったはずだからです。

あわせて読みたい

持続的で合理的。オランダに移住した農業トランスレーターが語る、オランダの5つの魅力

移住して1年経ったのでオランダで会社を作ってみた

Photo: 水迫尚子

協力: オランダ政府観光局

水迫尚子

swiper-button-prev
swiper-button-next