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私たちが「執着」してしまっている、イライラのもとは何か?『僕らの時代の幸福論』Vol.7

私たちが「執着」してしまっている、イライラのもとは何か?『僕らの時代の幸福論』Vol.7
Image: Haurashko Kseniya / Shutterstock.com

私たち日本人は、あるものに執着してしまっています。

それは人々をハッピーにするためにあるはずなのに、結果として苦しみを生んでいることがあります。いったい、何でしょうか。

それは、「等価交換への執着です。

私自身がそれに気づいたキッカケから、お話ししましょう。

「幸せ」の敵は? 味方は? 幸せであり続けるための方法『僕らの時代の幸福論』Vol.6

あげたものでも、同じくらいのリターンがないと不満になる

フィジーに住んでいる私ですが、ある日スーパーに買い物に行ってきました。その帰り道のときの話です。

フィジーの女性
Photo: 永崎裕麻

近所のおばちゃんから、「何買ってきたん?」と声をかけられました。「ライムです」と答えると、「何個?」と質問されました。

なぜ、そこまで聞くのだろうと少し疑問に思いましたが、「10個です」と答えると、おばちゃんがこう言いました。

「じゃあ、6個ちょうだい

え!?

1個とか2個じゃなくて、6個

過半数!?

さすが「依存力」最強のフィジー人です。

日本で近所の人が卵を1ダース買ってきたとして、その人に「卵、7個ちょうだい」とは、口が裂けても言えませんよね。

というか、そもそも「何を買ってきたのですか?」みたいな質問すら、基本はしません。そんなふうに思ったものの、ライム6個をおばちゃんにプレゼント。

ライム
Image: LAURA_VN/ Shutterstock.com

それから2週間くらい経ったある日の夜、仕事が終わって家に帰ると、ビニール袋がドアノブにかかっています。中をのぞいてみると、ライムが見えました。

「おー。おばちゃん、べつに返してくれなくてもいいのになぁ。見かけによらず、律儀な人だな」などと思いながらビニール袋を持つと、「あれ? 軽っ」。

ビニール袋の中を確認してみると、入っていたライムは、あげた6個じゃなくて2個

「え!? 4個足りないっ!」

直感的にそう思いました。

そして、若干、イラッとしてしまいました。

このとき、「あれ? なぜイラッとしたのだろう?」と疑問に思いました。あげたつもりだったライムが2個返ってきたのだから、むしろ喜ぶべきことなのではないかと。にもかかわらず、なぜかイラッとしている自分がいる…。

等価主義による弊害

これが「等価交換に執着している状態です。

私たちは「ライムを6個あげたんだから、ちゃんと6個返してほしい(等価主義)」とか、「むしろ利子をつけて7個くらいは欲しい(時間軸を加えた等価主義)」などと思ってしまいがちです。

日本人には「人様に迷惑をかけてはいけない」という、行きすぎた自立があります。だからこそ、「等価もしくは等価以上であることを重んじます。「等価未満」は他人に迷惑がかかってしまうと。

一方、フィジーのようなシェア社会では、「自立」の定義は“依存先を増やすこと”。自分の足で立てなくても支えてくれる人たちがたくさんいれば安定するという考え方です。人様に甘えていいのです。

だから、等価であろうが、等価以上であろうが、等価未満であろうが、何でもOKの「不等価主義」です。

幸せそうなフィジーの人たち
Photo: 永崎裕麻

幸せになる手段のはずの「等価」が目的になり、不幸せの原因に

等価であることは目的ではありません

お互いが気持ち良くいられるための手段の1つのはずです。

しかし、私たちはしばしば「等価」に必要以上に固執してしまい、本来の目的を見失ってしまうことがあります。

たとえば、お土産。

「もらったから返さねば」という義務感に縛られたり、「あげたのにもらえない」と不満に思ったり。「等価であるべし」というルールを乱すことを恐れ乱されれば怒る

ファミレスではおばちゃんたちが等価にこだわり、1円単位で割り勘。テーブルにたくさんの小銭をぶちまけ、「パーフェクト割り勘」を目的に、貴重な時間を無駄にしてしまっています。

これらは、「等価圧力」と言えるでしょう。

等価に執着することが、どの程度、私たちを幸せにしてくれているのでしょうか。「これだけやってあげたのに見返りが小さい」とイライラにつながることも多いのではないでしょうか。

イライラしている女性
Image: Dean Drobot / Shutterstock.com

「不等価」へ耐性をつけよう

「等価であること」が手段から目的に昇格してしまっていませんか。

当たり前ですが、私たちは「等価であること」を達成するために生きているわけではありません。

等価スイッチをOFFにして、「不等価にいちいち反応しないことが重要です。

反応しないためには、「不等価に慣れていく必要があります。

たとえば、会社での人事評価。

「俺はこんなに頑張ったのに、正当に評価されていない」と腹が立つこともあるでしょう。これも「等価」への執着です。不等価に慣れるチャンスだと思って流していきましょう。

等価スイッチをOFFにするというのは、「ギブ(与える)で生きろ」という意味ではありません。「ギブ&テイクがアンバランスな状態でも反応せずにいようという意味です。

持ちつ持たれつは等価的

持ちつ持ちつはギブ的

持たれつ持たれつはテイク的

持たれつ持たれつ持たれつ持ちつ持たれつが不等価的です。

幸せの天敵を活用する

そもそも、「人様に迷惑をかけてはいけない」なんて無理です。

心に波風が立たぬよう、「不等価」に慣れ、その耐性を高めていきましょう。

Vol.6』では、「幸せの天敵は慣れ」と書きましたが、免疫システムの構築には「慣れが役に立ちます

フィジー人のように、バランスシート(B/S)はアンバランスでいい。

もっと柔軟でいいのです。

『幸福論』続き

幸せのための豊富な選択肢が、人を不幸にする理由『僕らの時代の幸福論』Vol.8

永崎 裕麻(ながさき・ゆうま)Facebook

fiji_happiness 11.jpg「旅・教育・自由・幸せ」を人生のキーワードとして生きる旅幸家。2年2カ月間の世界一周後、世界幸福度ランキング1位(2016/2017)のフィジー共和国へ2007年から移住し、現在12年目。在フィジー語学学校COLORS(カラーズ)校長。100カ国を旅した経験を活かし、内閣府国際交流事業「世界青年の船」「東南アジア青年の船」に日本ナショナル・リーダーや教育ファシリテーターとして参画したり、某企業のCHO(Chief Happiness Officer/最高幸福責任者)を務めたり、アフリカやフィジーで教育事業をしたりと、多拠点生活をエンジョイ中。 大阪府生まれ。神戸大学経営学部卒業。二児の父。著書に「世界でいちばん幸せな国フィジーの世界でいちばん非常識な幸福論」(いろは出版)。

Photo: 永崎裕麻

Image: Haurashko Kseniya, LAURA_VN, Dean Drobot / Shutterstock.com

永崎裕麻

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