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「呼吸」が心と体にもたらす重要性とは?

「呼吸」が心と体にもたらす重要性とは?

「呼吸力」こそが人生最強の武器である』(大貫 崇著、大和書房)の著者は、アスレティック・トレーナー。アメリカの大学院で応用運動生理学を学び、アスレティック・トレーナー(ATC)としてメジャーリーグなどで経験を積んだのちに帰国。現在は、おもに京都で活動しているそうです。

注目すべきは、アメリカで仕事をしていたころ、呼吸が心と体にもたらす重要性に気づいたということ。そこで呼吸について本格的に学ぶようになり、次のような確信を持つようになったというのです。

「人間のあらゆる活動の根本には呼吸がある」

「呼吸が変われば、人生が変わる」

(「はじめに」より)

人間は1日に2万回近い呼吸を繰り返しているので、その呼吸が適切なものになれば、心身のパフォーマンスが向上するのは当然。ところが著者からすれば、現代人の多くが呼吸に問題を抱えているように見えるのだそうです。

もし呼吸に問題があったり、その方法が適切でないとしたら、気づかないうちに体や心に大きな負担をかけることになるはず。だとすれば、日々のパフォーマンスにも影響を与えてしまうことになるかもしれません。

人間の呼吸の仕方、あるいは姿勢や動作などは、長年の生活を通じ、環境に応じて形作られてきたものですから、まずは環境に適応してきた自分の体をほめてあげてください。

といっても、あえて意識を向けようとしなければ、たとえ負担のかかる呼吸の仕方をしていたとしても、そのまま何となく過ごしていってしまいます。(「はじめに」より)

そこで本書において著者はあらためて、呼吸の仕方を見なおそうと提案しているわけです。きょうは第3章「呼吸力で日常の質を上げる」のなかから、いくつかのポイントを抜き出してみたいと思います。

自分の「ゼロ」を呼吸でつかむ

呼吸法のみならず、健康になるためのメソッドは、書籍やウェブサイトなどさまざまなメディアを通じて多数紹介されています。しかし、なにか特別なメソッドを知って試す以前に、まずは自分の体についてよく知るべきだというのが著者の考え方。

仮にプラス10からマイナス10までの状態のレベルがあるとして、いまの自分がどのレベルにいるのかを知らないことには、どんなメソッドを使ったとしても効果が実感できないということ。

しかも自分のレベルは、常に一定とは限らず、絶えず変化しているものでもあります。たとえばプラス3の人でも、仕事に失敗したらマイナス6になるかもしれないわけです。

しかしそんなとき、マイナス6の状態にあることを自覚できないままだと、自分のことがわからなくなってしまうかもしれません。

普段からコンディショニングをしていないために、どれだけの負荷やストレスをかけたら、自分の体がどこまで変わるのかということをイメージできないわけです。

しかしそれは、普段から自分の体と対話をしていれば防げるものでもあるといいます。そこで著者が勧めているのが、まずは自分の「呼吸」を指標にし、自分の体をモニターすること。

「この人と会うとリラックスできるけど、この人と会うとちょっと息苦しい」 「あの仕事をしているとき、ちょっと息がつらかったな」

というように自分の状態をモニターできたら、それが前進した証拠だというのです。人は生きている限り、いろいろな経験をするもの。

当然、マイナス状態になることもあります。でも、自分のゼロの状態を知っていれば、戻ってくることも可能で、改善もできるようになるということです。

ちなみに著者の実感では、呼吸だけを見ても、いま普通(ゼロ)の状態にいる人は少数派なのだそうです。多くの人は、状態としてマイナス3から5くらいがデフォルトになっているというのです。

自分にとっての「普通」や「ゼロ」の概念が壊れていれば、ゼロを前提にしたメソッドを試してもうまくいかないのは当然。

だからこそ呼吸を通じて「ゼロの状態」を知り、自分でコンディショニングできるようになることが大切だというわけです。(108ページより)

大人が赤ちゃんから学ぶことがある

呼吸の理想は、赤ちゃんや子どものころの呼吸にあるのだそうです。呼吸エクササイズは決して目新しいメソッドではなく、赤ちゃんから子どものころにやっていた呼吸法を取り戻そうとしているにすぎないということ。

生まれたばかりの赤ちゃんは歩くことができず、およそ1年くらいかけて、徐々に立ち上がり、歩けるようになっていくもの。そして、歩行を獲得するにあたっては、呼吸が大きく影響するのだそうです。

生まれて呼吸を始めたばかりの赤ちゃんは不安定な状態ですが、しばらくすると次第に首が据わってきて、手足を自由に動かすようになります。さらに時間が経つと、寝返りを打てるようになり、ハイハイをするようになり、つかまり立ちをし…と動作の成長が見られます。

こうした動作の成長を可能にしているのが、「腹腔(ふくくう)内圧(IAP=Intra-Abdominal Pressure)」。腹腔内圧が高まると腹腔が風船のように膨らみ、脊柱とともに体幹が安定することに。

その結果、自分が動かしたいように自由に体を動かせるようになるため、大脳の成長とともに、1年ほど経てば立ったり歩いたりできるようになるということです。

この理屈を踏まえると、呼吸を改善して体の安定を回復するには、赤ちゃんや子どもの真似をしてトレーニングすればよいということになります。

実際、赤ちゃんが成長の過程で獲得していく動きがもとになったトレーニングは、たくさんあります。

ハイハイのように四つん這いの状態で行うトレーニングも、片膝立ちで行うトレーニングも、片膝立ちから上体を持ち上げる「ランジ」というトレーニングも、スクワットの動きも、どれもこれも、赤ちゃんの動きがもとになっています。(114ページより)

たとえば体幹トレーニングとして紹介される代表的なエクササイズのひとつが、「サイド・プランク」。横向きに寝て、下側の肘と足で体を支えながら、胴体と骨盤を浮かすというもの。

体の横やお尻の筋肉を使って、体幹を安定させる目的で行うのだそうです。これなどは、赤ちゃんが仰向け状態から体を横向きにして、四つん這いの姿勢をとるまでの姿勢に似ています。

また、うつ伏せ状態で肘とつま先を支点に体を起こし、体と地面を平行にキープする「プランク」も、もとはといえば赤ちゃんのうつ伏せの動作から生まれたものと考えられるのだとか。

そう考えると、たしかに赤ちゃんのころの発想に立ち返ることは大切なのかもしれません。(112ページ)

プレゼン前にやるべき呼吸

大事なプレゼンや会議を前にしたときには、強い不安や緊張を感じるもの。しかし、それは自分に期待をかけているからなのだと著者は指摘しています。

過度な期待をかけると、交感神経が優位に立って脈が速くなり、心臓もドキドキしてくるというのです。

ここで気持ちを落ち着かせるためには、過度な緊張を捨てなければなりません。緊張を捨てるためには、優位になっている交感神経を副交感神経優位のほうに転換させることが求められます。

そのためには、まず過度に期待して緊張しているという自分に気づくこと、そして交感神経優位になっているとわかったら「息を吐く」という行為が有効なのです。(146ページより)

呼吸を通じて自律神経のレベルを調整するというのは、自律神経のバランスが取れた「ゼロの状態」を知っていて初めてできること。

ゼロの状態を知っているからこそ、交感神経優位であることにも気づき、副交感神経優位にも持っていけるということです。(144ページより)

呼吸と集中の関係

スポーツの世界では、ミラクルプレーをもたらす究極の集中状態を「ゾーンに入る」などということがあります。こうした集中状態は、スポーツをしているときに限らず、日常生活においても表れるのだといいます。

ところで、1970年代にシカゴ大学心理学科の教授だったミハイ・チクセントミハイが「フロー」という概念を提唱しているのだそうです。

フローは、ゾーンと同様に究極の集中状態を意味するもので、日本語に訳せば「無我の境地」に近い状態。そしてチクセントミハイが、フローのときの心理状態として紹介しているのが、以下の9つの要素。

1. 挑戦と技能のバランス

2. 行為と認識の融合

3. 明確な目標

4. 明瞭なフィードバック

5. 目前の課題への集中

6. コントロール感

7. 自我意識の喪失

8. 時間感覚の変化

9. オートテリック(自己目的的)な体験

(153~154ページより)

残念ながら、こういった「ゾーン」や「フロー」が呼吸とどう関係しているのかについては、まだわかっていないことが多数。

とはいえ、選手が大事な場面で「ふーっ」と息を吐いたりするのは、緊張状態を体が感知し、無意識のうちに息を吐くという行動をとっているからだろうと著者は推測しています。息を吐くことで、副交感神経を優位にしようとしているということ。

でも、息を吐いて副交感神経優位になったら、戦闘意欲が湧かないのではないかという疑問も頭に浮かびます。しかし、そんなことはないのだそうです。

大事な場面を目の前にすれば、交感神経は勝手に優位になりすぎるもの。そのため、過度な緊張状態を取り除くために、息を吐くという行為が不可欠だというのです。

ゾーン状態に入った選手は、あくまでも無意識のうちに呼吸をしているはず。呼吸でメンタルを整えるのは重要ですが、大事なタイミングで呼吸に意識が向きすぎると、パフォーマンスは明らかに低下することになります。

私が、アスリートと一緒に働いているトレーナーのみなさんを対象に講習をするとき、「インパクトの瞬間は吐いたほうがいいですか、それとも吸ったほうがいいですか」「投げるときの呼吸は吐いているのですか?」といった質問をよく受けるのですが、結論からいうと、どちらでもかまいません。ここぞという瞬間に呼吸を意識している時点で、プレーに集中できていない証拠だからです。(155ページより)

ゾーンに入るためには、いざというときに勝手にスイッチが入り、勝手にプレーできる状態をつくる必要があるわけです。

そのためには、普段から自分の体をモニターし、「ゾーン」や「フロー」の前提となる「平常」を養っておくことが肝心。そういう意味で、呼吸が果たす役割には大きなものがあるということです。(152ページより)




本書で著者が伝えようとしているのは、決して特別な呼吸法ではなく、とっておきの「ただの呼吸」なのだそうです。別の表現を用いるのなら、それは上記にもあるように、赤ちゃんや子どもだったころにしていた呼吸を取り戻すだけのこと。

そうすることでコンディションを整えることができるというのですから、ここで紹介されているメソッドには利用価値がありそうです。体調になんらかの不具合がある方は、手にとってみてはいかがでしょうか。


Photo: 印南敦史

印南敦史

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