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「知的生活」を積み上げていくために近道なし。いわば「それを探す以上の近道はない」ということ

「知的生活」を積み上げていくために近道なし。いわば「それを探す以上の近道はない」ということ
Photo: 印南敦史

不確実な時代において、いかに未来を、そして人生を設計すればいいのか。その鍵となるのは「知的生活」「設計」するという考え方。

そう主張するのは、『知的生活の設計―――「10年後の自分」を支える83の戦略』(堀 正岳著、KADOKAWA)の著者。そのため本書では、長期的に「10年後を目指して、いまできること」を中心にまとめているのだそうです。

ひとつ目の鍵である「知的生活」とは、端的にいえば情報との向き合い方。本を読むことであれ、映画を観ることであれ、趣味を追求することであれ、そこに新しい情報の積み上げがあるなら、それは「知的生活」。

情報との出会いを楽しみながら、それが積み上がることによって生まれる“方向性”について意識的であることにより、普段の生活を「成長する旅路」に変えることができるということ。

では、もうひとつの鍵である「設計」とはなんでしょう?

たとえば週に1冊新しい本を読む生活と、2冊読む生活は、短期的にはそれほど大きく違わないようにも見えます。しかし、それが3年、5年と続けば大きな変化が生まれることになるでしょう。

つまり、将来の目標に向かってどれだけのペースで情報を集め、本棚や書斎はどれだけのスペースを確保すればいいのか。

そうした日々の知的生活を維持するための日常の設計という視点が重要になるというのです。

本書では、長い目でみた人生の豊かさを生み出す知的生活のために、どのような環境づくりをすればいいのかについて、知的生活のテーマ選び、パーソナルスペースとしての書斎づくり、情報蒐集や発信のテクニック、そして知的な生活をするファイナンスの話題にまで立ち入って解説しています。

ライフハックで“初速”を与えた人生に、“中長期的な軌道”を与えるのが、本書で目指す「知的生活」の「設計」なのです。(「はじめに あなたの『知的生活』を設計しよう」より)

SECTION 01「知的生活とはなにか」のなかから。基本的な考え方を抜き出してみましょう。

知的生活とはなにか

知的生活というと、アカデミックで高尚な考えが必要な、スノッブなものと思われるかもしれません。しかし実際には、現代の情報社会でおよそ「知的生活」的なものにまったく触れずに生きている人はほとんどいないはず。

本や漫画を読むことも、アニメや音楽、映画を楽しむことも、趣味のために大きな出費をすることも、遠くまで旅することも、そのすべてが「知的生活」の芽を含んでいるというわけです。

「知的生活」という言葉を日本に広めた書籍として引き合いに出されているのが、渡部昇一の『知的生活の方法』(講談社)。19世紀の美術批評家であるP.G.ハマトンの『知的生活』(講談社)から受けたインスピレーションを軸にしたもので、「本を読んだりものを書いたりする時間が生活のなかに大きな比重を占める人たち」に向けた個人的ライブラリーの構築と、情報整理の方法を紹介したベストセラーです。

同じく研究や知的活動を仕事としている人に向けて書かれた梅棹忠夫の『知的生産の技術』(岩波書店)は、知的生産を「人間の知的活動が、なにかあたらしい情報の生産にむけられているような場合」と定義。

そうした活動を助けるノートのとり方、情報カードの使い方、情報の規格化と整理法といった話題を紹介し、現在に至るまで多くの支持を得ています。

渡部氏は英語学を専攻とする立場から、梅棹氏はフィールドワークを基本とする民俗学・比較文明論の立場から、経験に基づいて知的な生き方をまとめているわけです。

そんななか著者が注目しているのは、両者とも、自分が学者だから知的生活や知的生産に意味があるとは言っていない点。

一線の研究者として膨大な情報に触れてきた経験を軸として、「知的な生活のありかた」について紹介しているのです。

だとすれば、その対象となるものは必ずしも学問的なものである必要はなく、自分を知的に刺激する情報ならなんでもいいということになります。

知的というのは「頭がいい」ということではありませんし、勉強ができる、学問的であるといったことが必須というわけでもありません。

周囲にあふれている情報との向き合い方が知的であるということなのです。(12ページより)

こう定義づけたうえで、著者は「現代人の生活」に焦点を当てています。

渡部氏は1976年の書籍の冒頭ですでに「現代という情報洪水」という言葉を使っていますが、それはいまの情報社会の爆発的に発展した状況に比べれば“せせらぎ”といっていいほどです。

かつてに比べて書籍やCD・DVDなどといった情報メディアの点数は何倍にも増えていますし、メディアの多様性もスマートフォンなどのデバイスがコモディティ化したことを背景に比較にならないほどに発達しています。

そしてなによりもインターネットの存在が、私たちが日常的に触れなければいけない情報量を膨大なものにしています。 量だけでなく、情報は質的にも変化しました。

ツイッターのようなリアルタイムで切れ目のない情報や、SNSなどのコミュニケーションツールを通して、友情や恋愛といった人間関係さえオンラインで表現できるようになっていることは、情報との向き合い方が一部の人だけでなく、すべての人の問題に変わったことを意味しています。(12ページより)

いまや「本を読むことが中心の人」だけではなく、動画を見る人の知的生活、ネットをウォッチする人の知的生活、絵を描いたりプラモデルをつくったりする人の知的生活というように、あらゆる情報とのふれあいのなかに知的生活が生まれているということ。

そこで著者は、梅棹氏の知的生産の定義を引きつつ、知的生活を次のように言い換えています。

すなわち、知的生活とは、新しい情報との出会いと刺激が単なる消費にとどまらず、新しい知的生産につながっている場合だと考えるのです。(13ページより)

そこには、日常をより深く楽しむヒントがあるといいます。知的刺激を仕事に役立てるための指針があるといいます。

そして、ありきたりの情報に触れてありきたりの結論しか出せない状態に甘んじるのではなく、自分だけが感じた体験を世界に発信する興奮があるのだといいます。

いわば知的生活とは、どこにでもある情報とのふれあいを、自分自身のオリジナルな体験としてスケールアップさせるものだということです。(10ページより)

知的生活はなんの役に立つのか?

「教養」をテーマにしたビジネス書は多く、網羅的に教養を身につけるためのものから、個別のジャンルに特化したものまでスタイルもさまざま。

それらがすぐに深い教養や実社会の利益につながるわけでもないでしょうが、知識を身につけ、思考力を養い、自分のなかで情報を咀嚼して他人に伝えることができる能力に大きな価値があることは事実。

学び、深めていくためのきっかけを生み出すためにも、それらの本には意味があるということです。

また、欧米の実業家やビジネスリーダーには、忙しいなかでも膨大な本を読んでいる人が少なくありません。そうした意味においても、知的生活にはわかりやすいメリットがありそうです。

しかし、ここには落とし穴があると著者は言います。地上や知識は多ければ多いほどよいと思われがちですが、見逃すべきでないのは、情報それ自体はすでに検索可能なコモディティ(同質的、普遍的なもの)と化しているという事実。

つまり情報そのものよりも、適切な場面で適切な情報を引き出すことができる「情報の編集能力」にこそ価値があるということ。

そこにこそ、知的生活による積み上げを実践する意味とメリットがあるというのです。

情報の編集能力とは、日常的な場面ならば、その場に合わせた話題を思いつくということであったり、与えられた仕事のなかでクリエイティビティを発揮するための発想力であったりします。

そして究極的には、あなたにしかできない情報のまとめ方があるということを意味しています。(19ページより)

私たちの知的生活においては、触れる情報を自分の個性によって編集し、他人と違うものを追うほうが、より利用しやすく、大きなメリットがあるということ。

そして知的生活の積み上げを行うことは、そうした個性につながる近道でもあるといいます。そういう意味で、知的生活にはメリットがあるというのです。

しかし著者によれば、この近道は遠回りでもあるそうです。知的な積み上げの多くは情報との偶然の出会いから生まれるものであり、自己満足の部分も少なくありません。

「この本を読めば、この情報を集めれば、これを実践すればメリットがある」と断言できるようなものはありきたりで、楽しく継続して実践できるようなものではなく「作業」の性格が強くなってしまいます。

それでは、楽しい知的生活にはつながらないわけです。

ですので、私がおすすめしたいのは、初めからわかりやすいメリットや教養を追い求めて知的生活の積み上げを始めるよりも、むしろ知らずにはいられない趣味や雑学、興味を引くテーマといったものに集中することで、長い目でみて着実に価値を生み出してゆくことです。

これは近道どころか、確実に遠回りです。しかし遠回りでないような知識や経験はたいてい誰かがすでに思いついていますし、そうしたものはあなたの個性として輝きません。

逆に遠回りをして、あなたのなかにしか存在しない長い時間の積み上げのなかにこそ、複製不可能な価値が生まれます。(20ページより)

知的生活にわかりやすいメリットはなく、だからこそいいのだという考え方。すぐにそこには到達できないかもしれないけれども、長い目で見れば、それを探す以上の近道はないということ。

そういう意味では、「遠回りがもっとも近道になる生き方ともいえる」という著者の言葉は印象的です。




知的生活を設計することは、好奇心や情熱によっていまを楽しみながら、将来に向かって知を貯金するという考え方なのだと著者は記しています。

本書は、「自分自身の興味や発見を積み上げることで、やがて未来がひらけるだろう」という確信に向けたマニフェストでもあるのだとも。

そんな本書で明かされているテクニックや考え方を取り入れれば、興味や情熱を知的生活に結びつけることができるかもしれません。

Photo: 印南敦史

印南敦史

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