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樹木は移動できる? フランスの一流科学者たちが答える「100のQ」

樹木は移動できる? フランスの一流科学者たちが答える「100のQ」

科学を扱った本で、面白くて読みやすい作品は意外に少ない。専門用語は難しくなりがちで、物語風にするとどうしても長くなる。

そこで人気があるのは、奇抜さやおかしさ、実生活に役立つ便利さなどを「売りにする」本らしい。それでは本書はどうだろう? タイトルをざっと見ると、「樹木は移動できるのか?」「水は水源から流れるのか?」「目をあけたまま、夢を見ることはできるか?」「ニュートンのリンゴは青かったのか?」等々、面白そうで興味を惹かれる。各章も短くて読みやすそうだ。

そこで軽い気持ちで読みはじめると…本書がいわゆる「面白雑学本」ではないことがわかるだろう。(「訳者あとがき」より)

世界一深い100のQ いかなる状況でも本質をつかむ思考力養成講座』(ロジェ・ゲスネリ、 ジャン=ルイ・ボバン 他著、吉田良子訳、ダイヤモンド社)の内容について、訳者はこのように説明しています。

「100のQ」について、わかりやすく解説した本書。執筆陣として集められたのは、総勢35名におよぶフランスの一流学者たち。専門分野も宇宙、物理、生物、数学、農学、経済、科学、環境など多岐にわたり多種多様です。

その内容について訳者は、「本書に書かれた『科学』を知らなくても、日常生活に困ることはない。しかし、それでもやはり「読んでよかった」と思わせる魅力を本書は持っている」と記しています。

各項は答えの範囲を超えて、科学の世界に踏み込んでいく。私たちが当たり前のように生活できるのは「科学」のおかげなのだと、いまさらのように気づかされる。

読者は改めて「いま、この宇宙で生きていることの重み」を感じとることだろう。「とても勉強になる」と言ってしまうと月並みかもしれないが、何気ない問いかけから科学の本質について考えさせてくれる本として、お勧めしたい作品である。(「訳者あとがき」より)

そんな本書のなかから、いくつかのトピックスを抜き出してみることにしましょう。

数学がなかったら、我々の世界はどうなるか?

数学が専門のブノワ・リットー氏は、この問いに対し、「数学のない世界は、テクノロジーのない世界になるだろう」と答えています。

データの圧縮を可能とするアルゴリズム(問題を解くための手順を定式化した形で表現したもの)がないので、映像をダウンロードすることができない。伝達の秘密保持を保証する信頼性の高いソフトウェアがないので、キャッシュカードの番号を気軽に送ることができない。

データ移送時にエラーを探知・修復するコード化の技術がないので、安心してデータを保存することができない。つまり、基盤となる数学的理論(アルゴリズム、形式論理学、データ構成)がなくなると、コンピューターと呼べるものを作るのは不可能になる。(13ページより)

そして同じことは、インターネットから人工衛星による位置測定システム、携帯電話まで、最近のあらゆるテクノロジーはもちろんのこと、自動車など昔からある工学にもあてはまるといいます。

たとえば空気抵抗を減らすための流線型の車体から、エンジン効率の最適化、生産工程の組織化や長期経済見通しに市場調査などなど、数学がなくなると、ほぼ工業化以前の社会に戻ることになるというわけです。

おもしろいのは、その影響がテクノロジーや工学のみならず、芸術など他の分野にまで及ぶであろうことを著者が指摘している点です。

画家のサルバドール・ダリやピエト・モンドリアン、建築家のレオン・バッティスタ・アルベルティやル・コルビュジェ、作家のジョルジュ・ペレックやウンベルト・エーコなど、多くの芸術家などが数学をインスピレーションの源にしてきたため、これらの分野にも「予期せぬ変化」が現れるだろうというのです。

それだけではありません。歴史的に見て、数学的なテーマについて考えたおかげで「証明から結論を出す」という方法が確立されたのだそうです。そして、その方法を使った結果、数学以外の分野でも多くの活動が生まれたのだとか。

たとえば裁判(自白よりも証拠に基づいて責任の所在を明らかにする)や民主主義(権威ではなく論理によって納得させることを基本とする)もそのなかに含まれるそうです。 (13ページより)

人類は鳥インフルエンザで絶滅するのか?

この問いを担当しているフランソワ・ムトゥー氏(獣医・疫学)は、インフルエンザを引き起こすのは、「インフルエンザ属」に分類されるウイルスであると説明しています。

このウイルスには、人間を含む哺乳類と鳥類が感染する。H5N1型ウイルスは、2005年から2006年にかけて有名になったが、その後は忘れられた。少なくとも、メディアで取り上げられることはなくなった。

ところが2015年末、フランスの養鶏場で再確認され、H5N2、H5N9、H5N3といった他の型とともに、再びメディアに登場している。ただし、10年前ほど不安をあおることはない。

結局、当時予測された大惨事は起こらなかったからである。あれほど恐れる必要はなかったのだろうか? それとも、非常に強い病原性と拡散性を持つウイルスの出現を、いまも警戒すべきなのか?(17ページより)

このことについてムトゥー氏は、「疫学に関する予想は難しい」としつつも、以下のことは言えるだろうと記しています。

地球の人口が70億人超にまで増加し、しかも全世界に散らばっている現状においては、どんなものであれ、ただひとつのウイルスが全人類を消滅させる可能性はほとんどないであろうと。

孤立した地域であれば、感染者がひとりも出ないこともあるかもしれません。またたいていの集団では住民の一部が、(先天性にせよ後天性にせよ)免疫を持っているもの。そうした人々は、たとえウイルスがあっても発症しないわけです。(16ページより)

心配性の人間は暗記が得意か?

「軽い不安は学習効果を向上させる」と説いているのは、神経生物学・哲学を専門分野とするジョルジュ・シャプティエ氏。その理由は、人類の生物学的起源のなかにあるのだそうです。

我々の記憶力は、感情と深く関わりあっている。原子の密林のなかで、我々の祖先の「負」の感情(つまり不安な気持ち)は、危険が近づいたことを教えてくれる貴重な警戒信号だった。ここから、「不安」の重要性が生まれた。(18ページより)

そしてこの不安は、現代でも有益だとわかっているのだそうです。ただし、それは「正常な」レベルのときのみ。なぜなら、過剰な心配は学習を妨げることも明らかになっているからだといいます。(18ページより)

樹木は移動できるのか?

木には根があるのですから、動くことはできないはず。ところが前出のフランソワ・ムトゥー氏によると、樹木が長い時間をかけて移動することは事実だそうなのです。

樹木は種子によって移動する。種子は拡散し、発芽した場合はそこに次世代の木が育つ。拡散の手段は、風や水や動物など、種によってさまざまだ。

拡散可能な距離は、現在行なわれている調査(種子を採取するか、DNA鑑定で種子と判定された木々の距離を測る)では、1世代で数十メートルから数百メートルとされる。だが、おそらくもっと長いだろう。湖底の堆積物や泥炭層から採取された化石花粉が告げているように…。

堆積物に含まれる化石花粉の現在の地理的分布を調べると、数千年前にそれらの花粉を生んだ森林の分布がわかるのだ。(19ページより)

現在我々が見ている森林は、最終氷期(氷河期)の末期(1万3000年前)には、ヨーロッパの最南端と他の地域の小さな待避地にだけ存在していたのだそうです。

そしてそののち、「わずか」1万年間で、「完新世」と名づけられた地球温暖化の進行とともにヨーロッパに住みつき、3000年前から2000年前に現在の形状に行きついたというのです。

場合にもよるものの、順調なペースのときは、1年間で数十メートルから数百メートル移動しているといいます。

このように樹木は、生息している環境が変化すると、もっと住みやすい土地に逃げることができるわけです。とはいえ、「過去におけるそのスピードは、化石花粉が示しているとおりに速かったのか?」「現在の拡散は、人間が生物圏に押しつけている地球の変化(汚染、都市集中化、温室効果ガス)の速度と規模に負けないほど速いのか?」などの答えは出ていないそうです。

その答えを見つけることが、現代のエコロジー研究における最大の焦点のひとつだということ。(19ページより)

赤ちゃんの目はどのくらい見えるのか?

人間の知覚神経のなかで、成熟が最も遅いのは視覚系(器官、回路、中枢神経)。しかし、生後数時間の赤ちゃんは、周囲の世界とかかわるだけの視覚能力を持っているのだといいます。

赤ちゃんは胎内にいるときから、目を動かすことができる。妊娠16週でゆっくりした眼球運動が始まり、23週ごろには動きが速くなる。

一方、視覚については、はっきりとはわかっていない。妊婦の腹部に強い光を当てると、それに反応して胎児が目を閉じることは確認されたが、子宮内での視力測定はいまだに難しい。(37ページより)

そのかわり、「赤ちゃんは目がよく見えない」という通説は、新生児の視力に関する研究が進んだ結果、いまではほとんど否定されているのだそうです。胎児のころに目を動かすだけでなく、赤ちゃんは誕生時には両目を上下に、3カ月後には速くもあらゆる方向に動かすというのです。

なお正確さに関しては、成人の最高視力を1とすると、新生児のそれは20分の1、すなわち0.05しかないということになります。

「人間の赤ちゃんは生まれたときは目が見えない」と親や医療者が思うようになったのは、おそらくそのせい。しかし成長は早く、5歳ごろには成人と同じ視力を持つことに。

新生児の視力が弱いのは、人間の目から脳につながる視覚系が未成熟なためだ。目の構成要素はそろっているが、未完成なので機能しない。だから、新生児の視覚はごく簡単な働きをするだけだ。

とは言っても、50センチ離れたところから、周囲と色の違う1センチメートル四方の対象物を見分けることができる。(37ページより)

弱い視力にもかかわらず、赤ちゃんがうれしそうに反応するのは、人間の動く顔(話したり、笑ったり)です。

このことについてシルヴィー・ショクロン氏(神経心理学)は、「社会的かつ感情的な相互作用を発展させるためには、とても幸せなことだ」と述べています。




さまざまな質問とその答えが並んでいるので、関心のある項目だけをランダムに読むことが可能。しかも、学術書を手にしたときのように気負う必要はありません。

気がつけば、なにかと難しいイメージのある「科学」について、多くのことを理解できるようになっていることでしょう。


Photo: 印南敦史

印南敦史

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