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選択肢の「波」を泳ぐ時代。大事なのは舵として「幸せのあり方」を自身の中にもつこと

選択肢の「波」を泳ぐ時代。大事なのは舵として「幸せのあり方」を自身の中にもつこと
ライフハッカー[日本版]編集部

新生活も落ち着いてボーナスの時期も過ぎ、今後のキャリアをどうすべきか迷っているビジネスパーソンは多いことでしょう。今は転職だけでなく、フリーランス、副業といったさまざまな働き方の選択肢が出てきています。

一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会を立ち上げ、その代表理事である平田麻莉さんは、自身が複数の企業で仕事をするフリーランスであり、リモートワークやパラレルワーク、“カンガルーワーク(子連れ出勤)”といった、現代を反映するようなさまざまな働き方の経験をされています。そこで平田さんに今の時代にどうキャリアを考え、働くべきなのか、お話しをお聞きしました。

キャリアの経緯とターニングポイント

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ライフハッカー[日本版]編集部

ー平田さんのこれまでのキャリアや働き方の経緯について教えてください。

大学3年生のときにインターンで創業3カ月のPR会社に入り、そのまま新卒一期生として5年間働きました。オフィスの物件探しから携わり、朝早くから夜遅くまで夢中になってバリバリ働かせてもらったことで、現在の仕事のスキルのベースが鍛えられたと思います。

それから研究者になりたいと大学に戻り、修士課程を経て大学院へ進学したのですが、それがフリーランスとして、また、学生と仕事を両立するパラレルキャリアとしてのデビューとなりました。学生であるものの、修士のときに国内のMBAのケースコンペティションの立ち上げなどもしていたので、教授から広報や国際連携といった大学の職員の仕事もしてほしいと依頼されたんです。さらに研究分野に関連して、翻訳や執筆の仕事も業務委託として請け負っていました。

ー充実されていたようですが、ターニングポイントになったことは何ですか?

結婚をしたら想定外で即妊娠したことと、卵巣に腫瘍があるかもしれないと言われたことです。実際に切るまでどんな状態かわからないので、手術までの7カ月は、自分を見つめなおす期間になり、「人生が限られているなら、家族のために時間を使いたい」と思ったんです。幸い、腫瘍は切除すれば大丈夫なものでした。産後1年間は大学に籍を置いていましたが、退学をして、専業主婦になりました。1年半ほどたって、体に問題がないのがわかったのと、子どもが2歳になったので余裕もできたので、復帰することにしました。

ー専業主婦から仕事への復帰は大変だったのでしょうか。

専業主婦といっても、社会とのつながりは持っていました。広報の仕事の話はいただいてもお断りしていましたが、執筆や翻訳などの家でできる仕事をしていたんです。ただ、当時はフリーランスですと認可保育園に入るのは難しかったので、週3日、9時~17時まで無認可の保育園に子どもを預けてワーキングママ、週4日は専業主婦になりました。専業主婦の日はママ友とサークル活動もしていたくらいで、オンとオフのバランスがとれた生活でしたよ。

次の年は認可保育園に入れたので、週5日でフルで働くようになったのですが、2人目の子どもが早生まれだったので、待機児童になってしまったんです。そこで、子どもを抱っこしてあらゆる場所に赴くスタイルで1年間子連れ出勤しまして。自分で勝手に「カンガルーワーク」と呼んでいました。

「やってみよう」が周りを巻き込み形になる

ー子連れで出勤は職場の協力が不可欠なことだと思うのですが、どうだったのでしょうか。

当時、4社のクライアントを抱えていたのですが、幸運なことに皆さん子どもを連れてきていいとおっしゃってくれました。打ち合わせ中に子どものおむつを替えてくれることまでありました。お付き合いをしていた会社は、女性の新しいライフスタイルやワークスタイルを提案していくことを大事にしているところばかりでしたので、私の子連れ通勤スタイルはそれを体現していて、良しとする空気があったのも大きいですね。

とはいえ、私自身もだんだんとずうずうしくなっていったからというのもあると思います。広報の仕事は取材の立ち合いがあるのですが、最初の1、2カ月は子どもを一時預かりにお願いしていました。でも、そういったサービスの利用は競争率が高く、急な取材だと予約できないことも多かったので、「荷物だと思ってください」といって連れて行ったところ、意外と大丈夫でした。そこで、そのうちカンガルーワークが少しでも普及したらいいなと開き直り、子どもを抱っこしたまま打ち合わせに参加したり、イベントで登壇してしゃべったりもしていました。

ーそのときの周りの反応はどうだったのですか。また、人と違ったことをやる怖さや不安はなかったのでしょうか。

世代にもよりますが、やはり年配の男性は最初ぎょっとされる方もいました。でも、幸い子どもが泣きやまず困るようなことは片手で数えるほどもありませんでしたし、迷惑をかけない努力は最大限していました。そうやって、その1時間を無事に過ごせると、「意外と子どもが仕事場にいても問題ないんだな」と相手の考え方が変わる瞬間を感じました。

そんなふうに、もしも10人のうち、1人に私個人が非常識だなと思われても、9人に「こんなことも可能なんだ」と受け入れてもらえれば、社会のポジティブインパクトの総和として大きいですし、結果的にプラスの方に働くから良いという考えでした。でも、実行したら、皆さん思った以上に受け入れてくださいましたね。

ー職場以外でのサポートで、頼りになったものはありますか。

4社のクライアントの中のひとつですが、最近まで私がPRをしていた、家事代行サービスの『タスカジ』がなければ、仕事とプライベートの両立という、今の働き方はできなかったと思います。私は今も平日はほとんど包丁やガスコンロを使わず、作りおきを依頼している形です。

もちろん、仕事と家事を完全に折半とはいかないものの、夫も私がイベントで仕事が遅くなるときは早めに帰宅するなど、できることは協力してくれています。また、千葉にいる母も仕事をしていますが、比較的融通がきくので、私、夫、母の3人でシフトを組んでいるような生活ですね。

ー現在はプロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会の代表理事もされていますが、きっかけは何だったのでしょうか。

経済産業省がフリーランスの研究会を2016年10月20日に立ち上げたのを、ちょうどネットニュースで拝見したんです。Facebookでシェアをしたら、たくさんのフリーランス仲間から反響がきて、すごく盛り上がりました。でも、その研究会に呼ばれていたのは当事者であるフリーランスではなく、マッチングプラットフォーマーと呼ばれるクラウドソーシングや人材派遣会社でした。そういったサービスを利用していないフリーランスが大半を占めるにもかかわらず、リーチするのが難しいので、そうなるのは仕方ないといえますけど。

ですので、当事者であるフリーランスが直接声を届けられる場が必要だと思いました。たとえば、フリーランスは福利厚生の部分や「保活」を頑張っても待機児童になるといった大変さが聞かれますが、社会にその声が届かなければなかなか変わりません。そこで協会を作ろうと思いたったのですが、2016年の11月のはじめに作ると周りに話をして、だいたい3カ月後の翌年1月には立ち上げていました。

流れるような生き方の強さ

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ライフハッカー[日本版]編集部

ー状況に応じた柔軟な生き方ですが、どうマインドチェンジをされていますか。

実は私、よく言われる「キャリアデザイン」なんて、できるわけないという考えなんです。「自分ではどうにもできないこと」ってあるじゃないですか。実際、学生のときのキャリア論の授業で、目標のゴールから逆算して人生の設計をするような話がありましたが、その通りになった人はいないのではないでしょうか。頑張って希望の会社に就職しても、やりたいこととは違う部署に配属されて、自分のいる場所ではないとやめてしまった友人もいますしね。

私がカトリックということもあるかもしれませんが、人事を尽くして天命を待つ。それだけです。懸命に生きている前提で、それでも自分の力で及ばないことがあったら、それはもはや意味があって、受け入れるという「受け身」のスタンスというか。

学生のときは子どもを産むなら、間をあけずにもう1人産んで、すぐに仕事に復帰すると公言していましたが、実際に生んだら子育てが楽しくて。卵巣嚢腫ができたのも想定外のことでしたが、家族を大事にしなさい、という意味かなと。

こうでなきゃいけない、考えたとおりでなければだめだと自分を追い詰めてしまう方は多いですが、人生ってアンコントローラブルな部分がたくさんあるので、人間の力がおよばないものがあるという姿勢の方が、悩まなくていいと思います。

ー宗教のイメージと反するようにも思えますが、合理的な考え方ですね。

いいことがあったら、神様ありがとう、悪いことがあっても神様が決めていることだから、何かのはからいだと思う、「他力本願」なんですよ。宗派はなんでもよくて、宗教って自分のマインドを良い状態に保ち、健やかでいるための「発明」ですよね。

ーご自身は「受け身」とおっしゃっていますが、これはゆずれないというものはありますか。

他人にも自分にも嘘をつかず誠実であるということですかね。その自分との約束を守ることこそが、神様は悪いようにはしないと気楽な他力本願でいられる根拠になります。

また、広報という私の仕事は、共感者を増やすということと捉えています。自分が第一の共感者として、自信をもって素晴らしいと信じているものでないと、共感は得られません

ー協会の発案から立ち上げが3カ月という速さで、不安はなかったのかと驚いたのですが、その考えが影響してそうですね。

何かを行うときに「怖さ」を感じるのは、他人の評価を気にしているからのように思います。私はどちらかというと「与えられた命をどう使うか」ということにしか興味がなく、戦っている相手は自分自身です。敵意を向けられたらさすがに嫌ですが、他人と比べてどうとかいうのは気になりません。

ー子連れ出勤のことをお聞きした際、普通は預けるものだと人から言われそうなのが怖くなかったのかなと思ったのですが、そういう理由で大丈夫だったのですね。

子連れで出勤はかわいそうというのは、現代の基準ですよね。数十年前までは、子どもをおんぶしながら商売などの仕事をする光景もよく見られたのではないでしょうか。こうあるべきという思いこみをちょっと疑ってみると、楽になりますよ。究極は「死ぬわけではない」と思うと、たいていのことは乗り切れます。

自由に生きるために必要なこととは

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ライフハッカー[日本版]編集部

ー働き方を考えるとき、大事にしていることはありますか。

「会社のブランドや肩書きに頼って自己紹介したり、どこどこの会社の人と呼ばれたりする仕事の付き合いは嫌」「自分の名前で仕事がしたい」という気持ちは学生のときからずっと変わりません。作られた会社に入るのではなく、「会社を作るために入りたかった」んです。できたてのベンチャーに新卒で入社した理由もそれですし、今のフリーランスとしての仕事も同じだと思います。

ーフリーランスの魅力と、向いているのはどんな人だと思いますか。

フリーランスの仕事の魅力は、やりたいことを絞らず、自分の使命感や好奇心に素直でいられること。どこで誰と働くかも含めて仕事が選べるので、自分が手伝いたいと思うことがあれば、自由に仕事を増やすことができます。逆に共感できなければ「やらない」という選択もできます。魂が自由なんです。

その代わり、フリーランスは誰かがいちいち褒めてくれるわけでもモチベートしてくれるわけでもありません。常に人からの評価が欲しい、自己承認欲求の強い人は向いてないかもしれません。私は「フリーランスに向いている人はどんな人か」と聞かれたら、誰かの役に立てた、昨日の自分よりも成長しているなど、自分自身との闘いを楽しめる人とよく言っています。

ー最近は就職活動をしている新卒でもフリーランスになりたいという人が増えていますが、どう思いますか。

学生に限りませんが、働き方の方法というより生業として「フリーランスになりたい」と言っているのを耳にすると、ちょっと違和感があります。どんなプロフェッショナルとしてどう価値を発揮したいかということが大事で、フリーランスは一種のステータス(状態)にすぎません。それに、会社員とフリーランスをいったりきたりするとか、副業で起業するとか、流動性が高まっていくほうが世の中はよくなると考えています。

ともあれ、就社して勤め上げるだけでなく、自律的にキャリアを作りたいという若い人が増えているのはよいことだと思います。ゴールがフリーランスになることではなくて、具体的に何のプロになるのかまで考えられるといいのでしょうね。

ーフリーランスになるために必須なことは何ですか。

力があれば、自由になれます。フリーランスは自由なだけに、自分のやりたいことばかりが優先しているように思われがちですが、それに加えて「自分は何を提供できるか」という考え方も大事ですね。需要がなければ、一方的に供給をしたところで食べていけませんから。よく言われる「Will,Can,Must」という言葉がありますが、日本人って「Must」だけで仕事を語っている人が多い気がします。Willは何をやりたいか、どうありたいかで、経験やスキルといった人に提供できることがCanなので、より意識したほうがいいと思います。

それに、人って絶対に多面性があるので。経験やスキルを多面的に組み合わせて、どこが価値になるか自分と向き合うことです。職種的なスキルじゃなくてもいいと思うんですよ。たとえば、合コンでの成約率がすごく高いというのも、人の話を聞くことや、人の相性を観察する力があるということですから。そういうものも加えての、かけ合わせで考えてみましょう。

今の時代の働き方

ービジネスパーソンは、今の時代に何を身に着けるべきなのでしょう。

今の時代はキャリアが長期化、複線化していますし、自分ならではの価値やスキルを意識しなければ生き残りづらくなっていきます。先ほど、スキルのかけ合わせの話をしましたが、自分がもっているもので、どれだけかけ算ができるかが重要で、かけ算の変数が多いほど、その人のユニーク率が高まります。直接仕事に関係することや自分でこうと決めたことばかりではありません。いろいろな偶然のできごとやプライベートも自分を構成する変数として折り重なっていけば、全部が生きてきます。あらゆる物事に意味はあるんです。ビジネスパーソンだけでなく、新卒で就職活動をしている学生さんでも同じかと思います。

ー働き方が多様化して、何を目指すべきなのか、迷う時代でもありますよね。

現代の働き方の多様化は、幸せの在り方が多様化していることの表れだと思います。 私、大学の卒論テーマが幸福論だったんです。ヨーロッパをバックパック旅行して、駅やレストランなど出会う人に片っ端から「あなたにとって豊かさ(wealth)って何?」と聞いて回りました。それで自分なりに得た結論は、何を豊かだと思うかは実に多様だということと、幸せの閾値が低い人が最強だってことです。足るを知る、ですね。

かつては良い会社に入って出世して、家を買って、子どもを良い学校に入れるように育てることが幸せのロールモデルでした。でも、今は都会の一流企業で残業するよりも、地方でのびのび暮らしたい人もいるし、受験戦争は嫌だという人もいます。大事なのは「どうありたいか」という幸せのビジョンを自分自身の中にもつこと。必ずしもモデルとされるキャリアにあてはまるように進む必要はありません。考えるべきなのは、自分の幸せの価値観に合わせて働くためにはどうすればよいのかということだと思います。

今後の展望

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ライフハッカー[日本版]編集部

―平田さんご自身の今後の展望はどのように考えていますか?

フリーランス協会のことでいえば、今は保険や福利厚生の仕組みを協会の会員の皆さまに安定的に提供するために、認知度を上げてサービスを使っていただくことに力を注いでいます。

また、今年一番のビッグプロジェクトとしては、フリーランスのように勤め先はないけど返済資力と意思のある人たちが、住宅ローンや事業融資を会社員と同等の金利で利用できるようにするための、パーソナルスコアリングの仕組みを作ろうとしています。おかげさまで金融機関やクラウド会計サービス、クラウドファンディング、人材マッチングプラットフォーマーなど30社を超える企業にご関心をお寄せいただいて、公正中立でオープンな仕組みづくりのために検討会を開催しているところです。

それに、地方創生プロジェクトで、「2拠点居住」を推奨しています。地方で子育てはしたいけど、東京で得た仕事や人脈を手放したくないという人は多いでしょう。フリーランスなら東京で得た仕事をしつつ、地方でも仕事ができるのが強みなので、そんな働き方やライフスタイルを提唱したいです。そうすれば専門的な知見が全国に流動化していって、東京一極集中という現代の問題の回避にもつながるのではないかと考えています。私自身も数年以内で福岡への移住を考えています。

ーご家族に対してはどうされたのでしょう。

夫にも福岡と二拠点居住ができるキャリアを検討してほしいと言っています。ただ、これも未来には何が起こるかわからないですし、だめかもしれないし、気が変わるかもしれないですし、臨機応変でいきたいです。

ー平田さんの生き方は、まるで波にたゆたっているような感じがありますね。

まさに、よく人生は波乗りだから、と大学生のときに言っていました。状況にまかせているようでいて、アンテナは張っておいて、波がくるのはちゃんと見ておく。そしてタイミングを逃さず、乗ると。

ーうまくいかないときは、今は凪だからと考えて、無理をしてエネルギーは使わない。でも、自分自身という「船」は、いざ波がきたら乗れるよう、きちんとメンテナンスしておくという感じでしょうか。

そうそう、それです。そしてそのチャンスが来たら、リスクをおそれず乗る、ということが重要ですね。


Photo: ライフハッカー[日本版]編集部

Reference: タスカジ

今井麻裕美

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