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嘘が人を育てるということもある? 「他力本願マネジメント」の考え方

嘘が人を育てるということもある? 「他力本願マネジメント」の考え方
Photo: 印南敦史

私が設立した「あしたのチーム」という会社では、中小やベンチャー企業のみなさまに、独自の人事評価制度を提案し、企業の発展に役立てていただくことを主要業務としております。これまで1000社以上の幹部やリーダーたちの悩みを聞いてきましたが、リーダー層が抱く数々の悩みをうかがうにつれ、「人事評価のノウハウ」だけではない、もっと根本的な「経営哲学」について知ってみたいと思うようになりました。 そうして生まれたのが本書です。 (「はじめに」より)

これは、『「他力本願」マネジメント』(浅野弘毅、髙橋恭介著、アスコム)の言葉。立場上、人事の側面からマネジメント層にアドバイスを送ることはできるものの、より「根本的な部分」、すなわち「リーダーの生き方」について語る資格はないとも考えていたというのです。

そんな折、浄土真宗本願寺派の御住職である浅野弘毅さんに出会ったのです。 浅野御住職は浄土真宗本願寺派(日本で最多の信者数を誇る)の宗会議長まで務められた高僧である一方、経営者としての顔も持っておられる方です。(中略) 本書は、私がこれまで相談を受けてきたリーダー層が抱える悩みに対して、浅野御住職が仏教的な答えを提示すると同時に、私髙橋による、最新の人事評価という視点からの答えも提言させていただきます。(「はじめに」より)

きょうは第2章「人を育てるには方便と利他の心で」から、2つのQ&Aをピックアップしてみることにしましょう。

社員を育てるときパワハラにならないか心配です

住職の視点:人を育てるときに使える「方便」とは

住職は、人を育てるには「方便」が必要だと考えているそうです。「方便」という言葉によいイメージはないかもしれませんが、『広辞苑』(第五版)には「目的のために利用する便宜の手段」とあり、用例として「嘘も方便」が登場しているといいます。

ところが仏教用語としての「方便」は少し違い、同じ『広辞苑』には「衆生を教え導く巧みな手段」と書かれていて、「仏が巧みに工夫して衆生を導く智慧の力」として「方便力」が掲載されているのだそうです。では、ビジネスの場で、この「方便」をどのように使えばいいのでしょうか?

経営者、特に中小企業の創業経営者のなかには、なんでも自分でやってしまう“習性”を持っている人がいます。人に教えている暇があったら、自分でやったほうが効率もよく、ストレスもたまらないと考えるからかもしれません。

ところが組織が大きくなってくると、人を育てることも、社長を筆頭とするリーダーの役割になってくるもの。そんなとき、「方便」が役に立つというのです。

お釈迦さまは、大きな悩みがあって感情的になったり判断不能になったりしている人に説法するとき、ニコッと笑って「大丈夫ですよ」と伝えてから始めたと言われているのだそうです。つまり、この「大丈夫ですよ」こそが「方便」。そこには温かい真心があるわけで、悪意ある「嘘も方便」とはまったく違うということ。

ビジネスの世界に置き換えるなら、「嘘も方便」は人を叱るためではなく、ほめるために使いましょうということ。社員の気持ちが温かくなるような「嘘も方便」であるべきだという考え方です。

そもそも人は、ほめることで育ってくれるもの。人を育てるとき、そのプロセスにおいては叱りつけたり厳しく指導することも必要になるでしょうが、最終的には「どうほめるか」が大事だということです。

経営者の視点:人が育つためには就業環境の整備も必要

「方便」を巧みに操れるようになるには人間的な成熟が必要で、時間もそれなりに必要。つまり若手の創業者やリーダーにとって、「方言」は“ゆくゆく”のテーマなのかもしれないと著者は言います。では、「いま」人を育てるためにすべきことはなんなのでしょうか?

組織で人が育つためには、社内の就業環境も重要。しかし中小企業やベンチャー企業には、人事評価制度が構築されていない会社が少なからずあるのも事実。そのような会社では、社長の一存で給与が決められてしまう場合もあります。また、もらってみるまで給与の額がわからなかったり、突然の減俸なども日常茶飯事かも。

しかし社員からすれば、それはたまったものではありません。社長に気に入られるかどうかで自分の人生が左右されるなら、恐怖感が先立ち、自分の成長は二の次になってしまいます。またそれ以前に。そういう会社に長くいようとは思わないはず。

一方、大手企業には評価の仕組みがあり、いい上司がいて、組合があって、最低限の雇用レベルも保証されています。社員の側からすれば、安心して働ける環境が整っているわけです。大手企業に優秀な社員、しっかり成長した社員が多いのは、数の問題だけではなく、整った就業環境のおかげでもあると著者は考えているそうです。

そして今後、超売り手市場になればなるほど、安心して働ける就業環境が魅力のひとつになるはず。そのため中小企業やベンチャー企業では少なくとも、給与やその他の待遇を先に明示し、緻密に査定していくことが必要。それが社員に対しての誠意であり、人が成長していく下地だという考え方です。(96ページより)

どんな嘘のつき方をすれば、社員が育つでしょうか?

住職の視点:お釈迦さまが使った「嘘も方便」の実例

住職はここで、「嘘も方便」の実際の使い方を解説しています。

お釈迦さまが生きた紀元前5世紀ごろは、衛生環境も食環境も劣悪だったため、生まれたばかりの子供が死んでしまうこともよくあったそうです。そのため、死んだ子を抱えながらお釈迦さまのもとにやってくる母親もいたといいます。そんなとき、お釈迦さまは母親に向かってこう言ったというのです。

「木の実をくださいと言って、町じゅうの家を訪ねてみなさい。木の実をもらえたら、この子は必ず生き返ります。ただし、その木の実は死者を出したことのない家からもらいなさい。でないと、この子は生き返りません」

当時、木の実はどこの家にもあったので、母親は「すぐにもらえるだろう」と考えて家を訪ねてみたといいます。たしかにどの家にも木の実はあったものの、死者を出したことのない家はなかなか見つからなかったのだとか。

当時のインドにおいて、「家」はその一族が代々住み続けるものだったため、死者を出したことのない家などなかったわけです。しかし、我が子を生き返らせることで頭がいっぱいだった母親は、そのことに思いが及ばなかったということ。

結局、母親は日が暮れるまで訪ね歩きましたが、死者を出したことのない家には行き当たりませんでした。 死んだ我が子を抱えながら、疲れ果てて途方に暮れていた母親は、ハッと気がつきました。 この世は無常なのだ。 命あるものはかならず死ぬのだ。 死んだのはこの子の定めだったのだ…と。 お釈迦さまは、母親に心底わかってもらうために嘘をついたのです。 「木のみがもらえれば、赤ん坊は生き返る」 というのは方便だったわけです。(104ページより)

住職は、ビジネスの世界でも、その人のためを思ってつく嘘や、思っているのと逆のことをいうのは許されると考えているそうです。「嘘が人を育てるということもある」というのがその理由です。

経営者の視点:人事評価の技法としての方便

真っ当な人事評価をするためには、人事評価担当者と社員との面談が不可欠。しかもその面談は「本気のコミュニケーション」、つまり真剣勝負の場であることが望まれると著者。なぜなら、評価者は、それぞれの社員の個性や特質を十分に理解し、部署内でどのような役割を果たしているかを把握しておく必要があるから。

しかし今日、「本気のコミュニケーション」が十分に機能している組織は少数派でもあるのだそうです。自分の働きに対する評価(給与)が決定する場ですから、社員は真剣勝負で臨むことになります。にもかかわらず十分に機能しないのは、面接で社員に向き合う相手が、人事評価に関する査定権限を持っていなかったからだというのです。

ここから導き出される結論は、「本気のコミュニケーション」を実現するための最大のポイントは、経営者が査定権限を人事の現場に委ねる勇気を持つべきだということ。

評価者と社員との間で「本気のコミュニケーション」が実現すると、まず上司が持つ経験やノウハウが、具体的な業務内容に沿う形で継承されやすくなります。「過去の経験を未来に活かす」ことを確実に実践するのは容易ではありませんが、それが「本気のコミュニケーション」によってもたらされるわけです。そして、こうした「経験の継承」が、組織にとって大きな財産になるということ。

また、各部署にある細かな問題や些細なマイナス要素などを把握するきっかけも、「本気のコミュニケーション」によってもたらされるはず。そして「本気のコミュニケーション」を実行する際、上司の側が「方便」を駆使すると、より効果的な面談になるといいます。

たとえば、従来は時間をかけずにストレートに本当のことを言ってしまっていたシーンがあるとしましょう。 そんな場面で、相手の性格や置かれている状況を考慮して、オブラートに包んだような物言いをしたり、時には本音ではほめたくないのにほめたりすると、どうなるでしょう。あるいは思考が分析型の部下に対しては、相手が30秒、1分と沈黙しても、おだやかな表情のままじっと待つ。(108ページより)

つまり相手に寄り添う姿勢を見せて面談していくことで、相手の本音を引き出したり、その部下が所属する部署の問題点を浮き彫りにもできるということ。上司のこのような態度も、一種の「方便」。いわば「方便」は、上司と部下の優れたコミュニケーションツールでもあると著者は言うのです。(102ページより)




タイトルにもなっている「他力本願」は、他人の力を頼るばかりの依存心の強い人を指す言葉だと思われがち。しかし、そうではなく、「他力」とは阿弥陀さまのことで、「本願」は人々が仏になろうとする願いのことなのだそうです。つまり「他力本願」とは、阿弥陀さまの力を借りて願いを叶えていこうということ。

自分の力よりも、もっと大きな力に目を向けることの大切を謳っているわけで、それはリーダーに求められるべきマインドだと言えるのかもしれません。

Photo: 印南敦史

印南敦史

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