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NASAやディズニーとも取引き。町の小さな鉄工所が取り組んだ「5つの変革」

NASAやディズニーとも取引き。町の小さな鉄工所が取り組んだ「5つの変革」
Photo: 印南敦史

きょうご紹介したいのは、『ディズニー、NASAが認めた 遊ぶ鉄工所』(山本昌作著、ダイヤモンド社)。著者は、実家である鉄工所を常識から逸脱した“夢工場”へと変革させた人物。

40年以上前から「社員が誇りに思えるような“夢の工場”をつくろう」「油まみれの工場を“白衣を着て働く工場”にしてみせる」という思いを抱いてきたのだそうです。

HILLTOP株式会社(以下、ヒルトップ)の前身は、1961年に私の父が創業した「山本精工所」。自動車部品を製造する小さな町の鉄工所(1971年に「有限会社山本精工」、1980年に「山本精工株式会社」に変更)でした。 自動車メーカーの孫請だった油まみれの鉄工所は、様々な試行錯誤の結果、今や、「多品種単品のアルミ加工メーカー」に脱皮しました。 毎日同じ製品を大量生産していた町工場は、「24時間無人加工の夢工場」へと変身。今のヒルトップに、油まみれで働く社員は、ひとりもいません。

ヒルトップのビジネスモデルは、従来のものづくりとは一線を画しています。 鉄工所でありながら、

・「量産ものは、やらない」

・「ルーティン作業は、やらない」

・「職人は、つくらない」 といった型破りな発想を実現しているのが、ヒルトップの「夢工場」です。

(「Prologue」より)

信じられないような話ですが、業界の常識を一掃したシステムによって収益構造は大幅改善し、利益率は20~25%までアップしたといいます。一般的に鉄工所の利益率は3~8%だというので、これがいかに驚異的な数字であるかがわかるはず。

そしてこの10年間、売上、社員数、取引者数ともに右肩上がり。取引先は国内のみならず世界中で、2018年度末に3000社を超える見込み。なかにはウォルト・ディズニー・カンパニーNASA(アメリカ航空宇宙局)、自動車配車アプリ「Uber」を運営するウーバー・テクノロジーズなどの世界的企業も含まれているそうです。

しかし、同社はいかにしてそうした実績を生み出すことに成功したのでしょうか?

ヒルトップが取り組んだ「5つの変革」

多くの町工場が姿を消していくなかでヒルトップが成長を続けているのは、凝り固まった業界の思い込みを捨て、従来の工場のあり方を大きく変えたから。だとすれば気になるのは、いったいなにを変えたのかということですが、夢工場を実現する過程において、ヒルトップが取り組んだ変革はたった5つだけだというのです。

1「人」を変えた

2「本社」を変えた

3「つくるもの」を変えた

4「つくり方」を変えた

5「取引先」を変えた

(6ページより)

当たり前のようにも思えますが、これらを徹底的に変革させたことに意味があるというのです。ひとつひとつを確認してみることにしましょう。

1「人」を変えた

職人の世界には「本物の職人」と「にわか職人」がおり、製造業が衰退したのは後者が原因。指摘する著者は、「私は本物の職人が大好き。本物の職人技は本当に美しい」とも記しています。そのバックグラウンドにあるのは、実兄の存在。

私の兄で現社長の山本正範は、マイクロ単位の精度を手の感覚で判断できる本物の職人です。全聾というハンデを克服し、社会経済活動に積極的に参加、尽力してきたことを評価され、2016年11月、天皇陛下から「黄綬褒章」をいただきました。(7ページより)

兄の姿を見てきた著者によれば「本物の職人」とは、その人でなければつくることができない、唯一無二の技術を持つ職人。芸術家、研究者、トップアスリートに近い存在だといいます。一方の「にわか職人」は、経験やカンに頼り、自分の技術を定量的、論理的に説明できない職人。「技術は見て盗め」が口癖だといいます。

ちなみにヒルトップの開発部長、営業部長、東京オフィス支社長は、いずれも元ヤンキー・暴走族。入社当時は礼儀も教養も知恵も(眉毛も)なく、しかし圧倒的な行動力と主体性を持っていたのだとか。自分たちが「おもしろい」と思ったことに対しては決して妥協せず、徹底して突っ走る行動力だけはあったというのです。

そんなエピソードからもわかるとおり、ものづくりへの興味があれば、たとえ元ヤンキー・暴走族でも、プログラマーとして活躍できるのがヒルトップの特徴。事実、彼らが組んだプログラムは、その外見とは対照的にとても繊細だったのだそうです。そんな姿を確認してきたからこそ、「彼ら3人を社員教育で徹底的に鍛え、『人』を変えてきたからこそ、いまのヒルトップがある」とすら著者は主張しています。

2「本社」を変えた

ヒルトップは2007年12月、京都フェニックス・パーク(京都府宇治市)に新社屋を竣工しましたが、これは「中小企業こそ本社の外観にお金をかけるべきだ」という信念があったから。そのため、「地味で暗い」「油まみれで汚い」という町工場のイメージを払拭したというわけです。

建坪600坪の5階建、東側は全面ガラス張り、外観はコーポレートカラーのピンク。徹底的に社員同士の対話と創造性を重視しているそう。4階には社員が集まれる社員食堂、最上階には筋トレルームや浴室も。さらに工場内には最先端の5軸マシニングセンター(240種の刃物を装備したコンピュータ制御の工作機械)もあり、本社を訪れて多くの人から「鉄工所には見えない」と驚かれるのだといいます。

3「つくるもの」を変えた

人口減少時代を迎え、日本から大量生産のニーズはほぼ消えることに。そのため、これからの小さな会社は、多品種少量生産で生き残っていくしかありません。そこでヒルトップは大量生産品(量産部品)の扱いをやめ、「単品もの」に特化。精密機械、医療機器、航空機部品、自転車部品、マイクスタンドなど、アルミ加工製品であれば、どんなものでも単品・少量で加工することにしたのです。

現状では製作数1~2個の多品種単品が受注全体の8割。月に3000種類をオーダーメイドでつくっているというのですから驚きです。

つまり、売れ筋を大量生産するのではなく、「それほど頻繁に依頼がこないもの」でもつくれる体制を整え、多品種少量生産に対応しているということ。これからの製造業は、「あの会社にお願いしたら、どんなものでもつくってくれる」と思われないと生き残れないという考え方です。

4「つくり方」を変えた

一般的な鉄工所であれば、就業時間の8割が機械の前、残り2割がデスク仕事。しかしヒルトップでは、この割合を逆にしたのだといいます。昼間はデスクで人がプログラムをつくり、人が帰った夜中に機械が働くということで、これが「ヒルトップ・システム」と呼ばれる生産管理システム。

このシステムには、職人が追求してきた技の結晶の数々がデータベース化されており、機械や工程の決定、プログラム作成のパラメータ(プログラムの動作を決定する数値)の入力を大幅に削減しているのだといいます。通常は800項目以上を入力する必要があるところが、このシステムなら25項目で済んでしまうのだとか。

受注から部品製作・納品まで全工程でITが駆使され、多くのプロセスを自社開発ソフトでデジタル化。そのためデータを機械に送信すれば、夜のうちに工作機械が稼働し、朝には完成するというわけです。

事実、これにより納期が半分になったため、受注から納品までの最短日数は、新規受注で5日、リピート受注で3日。いうまでもなく、こうしたスピード感は従来の常識では考えられないものだといいます。

プログラマーの操作にしても、「どの部位に、どの刃物を使うか」を画面上でクリックするだけ。回転数や送り速度などは自動入力されるため、これまでのソフトと比較すると、プログラムにかかる時間は約10分の1になったそうです。

5「取引先」を変えた

下請会社の多くは親会社からの受注に依存しているものですが、親会社次第では受注がゼロになることも考えられます。しかしそんな状況では、常に不安定な経営を強いられることにもなります。

下請という待ち型ビジネスモデルの行き着く先は、「コストダウン」しかないということ。しかし取引先を失うことを恐れるあまり、不利な条件で取引を続けるくらいなら、リスクを背負ってでも自立すべきだと著者は断言します。

事実、ヒルトップでは1社依存率を30%以下にとどめているといいます。取引先を分散すれば、1社失っても倒産リスクを回避できるという発想。取引先は毎年、約100社入れ替わっているものの、従来の取引先を失うのは事業の新陳代謝だと前向きにとらえているのだそうです。だからこそ、新しいことに次々とチャレンジできるわけです。(5ページより)




ここでは既成概念にとらわれないヒルトップの「変革」をクローズアップしましたが、同社は必ずしも順風満帆に進んできたわけではありません。それどころか、著者は予想外の大惨事に遭って生き地獄を味わったことも。

しかし、それらを乗り越えてきたからこそ現状に行き着いたわけです。そして、そのストーリーは、多くのビジネスパーソンが共感できるものでもあります。

Photo: 印南敦史

印南敦史

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