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ムスリムの暮らしを間近に見てきた「エスノグラファー」が明かす、誤解だらけの「イスラムの教え」

ムスリムの暮らしを間近に見てきた「エスノグラファー」が明かす、誤解だらけの「イスラムの教え」

イスラム流 幸せな生き方 世界でいちばんシンプルな暮らし』(常見藤代著、光文社)の著者は、20年以上にわたってイスラム圏の家々を泊まり歩いてきたという「イスラム・エスノグラファー」。エスノグラファーとは、特定の社会やコミュニティに入り込み、そこでの生活や文化を記録する人のことだそうです。

これまで何度も、「危なくないんですか?」と驚かれたといいますが、実際のムスリム(イスラム教徒)は部外者を温かく受け入れる心やさしい人たちばかりなのだとか。インドで荷物を盗まれ、イタリアでスリにあい、アメリカで真夜中に迷子になり…と世界各地でトラブルに遭遇してきたものの、イスラム圏では一度も危険な目にあったことがないというのです。

でも、「危なくないのか?」という疑問を抱くのも無理はない話です。なにしろテレビや新聞などは戦争やテロのニュースばかりで、ふだんの暮らしはほとんど報道されないのですから。

ましてや過激派組織「イスラム国」(IS)によるテロが世界各地で起き、日本人が人質になったことも。だからイスラムのことを「テロばかりしている暴力的な宗教」「女の人が黒い布で顔を隠し、家から出ない」「お酒が飲めない厳しい宗教」といったイメージで捉えてしまうのは仕方がないことでもあるわけです。ただし、それはあくまで「イメージ」の話。

実際にはイスラムは女性を大切にし、貧しい人、お年寄りなど弱者にとてもやさしい宗教だ。「旅人を助けよ」というコーランの教えもある。性欲、金銭欲、物欲、食欲…人間のあらゆる欲望に寛大だ。厳しいばかりの宗教では決してない。これまで100家族以上と暮らし、ムスリムとして生きる人たちの暮らしぶりを間近に見てきて、そう実感している。 2050年には世界の3人に1人がムスリムになると予測されている。 どうして、そんなに増えているのか? 「テロばかりしている暴力的な宗教」なら、これほど信者が増え続けるわけがない。 本書で詳しく述べるが、イスラムは人を幸せにする教えだからだ。 (「はじめに」より)

だからこそ、「ちょっとイスラムのことを知っておきたい」という人に向け、「イスラムはどんな宗教なのか?」をとことんわかりやすく書いたのが本書だということ。きょうは第3章「弱い者へのいたわり」中の「旅人を助けよ」に焦点を当ててみたいと思います。

常識はずれの親切の数々

著者は「イスラムのどこがそんなにいいんですか?」と聞かれると、決まって「人が温かくて親切なところ」だと答えるのだといいます。もちろん、旅人に親切な人なら世界中のどこにでもいるでしょう。しかしイスラム圏は、親切な人の割合も、親切の度合いも、他とはくらべものにならないというのです。たとえばそのことについて、著者は次のようなエピソードを明かしています。

イラン北部の町タブリーズから郊外へ乗合タクシーに乗った時のこと。乗客はすべて女性で、私の隣にはチャドル姿の上品そうな中年女性が座っていた。 終点の町に着いた。タクシー代金は3万リアルと聞いていた。隣の中年女性は、なぜか6万リアル払っている。私が運転手に3万リアル渡そうとすると、「あの人が払ってくれたよ」。その女性とは、車中一度も口をきいていないのに。


トルコの黒海沿いにあるウズンギョルという町に行った。11月の終わりの、今にも雪が降り出しそうな寒い日だった。お茶でも飲んで暖をとろうと喫茶店に入り、紅茶をオーダーした。待つこと10分、出てきたのは大皿に綺麗に盛りつけられた朝ごはん。トマト、キュウリ、ゆで卵、パン、バター、ジャムなどが彩り良く盛られている。 「頼んでいませんよ!」と店員に言うと、彼は微笑を浮かべて言った。「ほんの気持ちです。どうぞ召し上がってください」。


イランの地方都市でのこと。夜10時くらいにホテルを探して歩いていたら、すーっと私の横に車が停まった。中には家族連れが。運転席のお父さんが言う。「こんな遅い時間にどこに行くんですか? 良かったら私の家に来なさい。ホテルに行くかどうかは、明日決めたらいい」。

(すべて129ページより)

たまたまそういうことがあったのかとも思えますが、2015年にイランを20日間旅行した著者は、一度もホテルに泊まっていないのだそうです。いうまでもなく、行く先々で知り合った人の家に招かれたため。(128ページより)

旅人も「弱き者」

彼らはなぜ、このように自然に親切にできるのでしょうか? 著者によれば、まず考えられるのはイスラムの教え。旅人はその土地の事情を知らない「弱者」なので、貧者や孤児とともに喜捨の対象になっているということ。

イスラムで旅といえば、すぐに思いつくのは「メッカ巡礼」ですが、コーランが下された時代に、それは現在よりもずっと困難だったといいます。なにしろ飛行機や車などはなく、歩きながら何カ月も、場合によっては1年以上かけてメッカを目指さなければならなかったのですから。長旅でまとまった旅費を身につけているため、盗賊に狙われることもあったわけです。

しかも、メッカのあるサウジアラビアは日中50度を超えるため、連日歩きづめとなると体力的にもかなりの厳しさ。また極寒のバルカン半島あたりから酷暑のメッカに行くと、あまりの気候の違いから病気になったり、倒れてしまう人も。

一方、学問を探求する旅も奨励されてきたのだそうです。なぜなら各地の高名な学者を求めて旅することが、イスラム世界の学問習得の方法だから。西に優れた師がいると聞けばそこへ行き、東に高名な学者がいると聞けば旅をするといった具合。このように、師を求めて各地を転々とするというのです。

このように「旅」が大事なものとされてきたため、中世から旅人を保護するシステムが整えられてきた。土地の支配者は巡礼ルートに宿泊施設などを整え、旅人は一定期間タダで泊まることもできた。土地の支配者や富裕者が旅人を泊めることもあった。金銭を与えることもあったという。迎え入れる方も、自分たちの平凡な日常生活が活気づき、また新しい情報がもたらされるから歓迎していたという。(131ページより)

こうした裏づけがあるからこそ、旅人をいたわるのは彼らにとって当然のことなのでしょう。(130ページより)

人といるのが好き

イスラム圏の人たちは「もてなし好き」で、人との交わりこそ人生の楽しみ。そんなこともあり、見ず知らずの旅人でも構わず家に連れてくるのだといいます。しかもその際、あらかじめ家の人に断ったりしないのだというから驚き。

当然のことながら、突然外国人を連れてこられた家族の方はちょっとびっくりすることでしょう。しかしすぐに打ちとけ、まるで親戚がやってきたかのような雰囲気になるのだそうです。なお、突然訪れても家のなかは決まってきれい。そのことについて著者は、他人を招くのが習慣化しているからなのだろうと推測しています。

隣近所との垣根も低く、著者がパキスタンのある家庭に招かれてお茶を飲んでいたところ、「写真撮って」と赤ん坊を抱いた女性が入ってきたのだといいます。てっきり家の人かと思ったら、それは隣の家の女性。

幼少時から密な人との関わり合いの中で育つうち、「人といるのが楽しい」という感覚が形成されていくのかもしれない。(132ページより)

だから、ひとりでいることを好まず、むしろ「ひとり旅なんて、なにがおもしろいのか」という感覚。女性のひとり旅ならなおさらで、ひとり旅の外国人女性を見ると過剰に心配してくれて、なにかとおせっかいを焼いてくれるのだそうです。

イランでバスに乗っていたら、隣に座っていた若い女性が私に突然携帯電話を手渡した。「私のお兄さんが、あなたと話したいそうです」。電話口で、そのお兄さんが言った。「あなたが一人でいるのを見て、妹が何か困ったことがないかと心配しています。彼女は英語が話せないので、私に通訳してくれというのです。(133ページより)

ありがたい話ですが、日本人の感覚からすると、これはちょっと困ってしまう話かもしれません。(132ページより)

食べ物はシェアすべき

洗面器のような大皿にどーんと盛られた料理を、大勢で囲んで食べるのが向こうの食事スタイル。これも、他者を気軽に招く要因かもしれないと著者。一皿ごとにお行儀よく取り分けるスタイルでは、人数が増えると「皿が足りない」「おわんが足りない」「椅子が足りない」ということになりがち、しかし大皿スタイルなら、ひとりやふたり人数が増えても大丈夫だということ。

もちろん、家に外国人が訪れたとしても、特別に外国人が好みそうなメニューを用意するわけではなく、出てくるのはいつも自分たちが食べているもの。自分たちの料理こそ一番だと思っているからなのだそうです。

イスラムでは「全てのものは神のもの」と考える。食べ物も分け合って食べるべきという考えもある。公園でランチしている家族連れと目が合えば、「一緒に食べましょう」と言われる。役所の窓口でサンドイッチを食べている女性と目が合えば「どうぞ」と言われる。タクシーに乗れば、タバコに火をつけようとしている運転手に「1本どう?」と勧められる。(135ページより)

こういうことは、ほとんど条件反射的に行われるもので、あまり深い意味はないのだとか。だから、まずは「ありがとう」とにこやかに断るのが礼儀。それでもしつこく言われたら「本気」と思って、ごちそうになればいいというわけです。(133ページより)




本書について著者は、ビール片手に一杯やりながら、「そういえば、イスラムって酒がダメなんだよな。なにが楽しくて生きてるんだろう?」などと思いながら読んでもらえればうれしいと記しています。たしかに、そうやって気楽に読めるところが本書の魅力。難しいことを考えず、まずは手にとってみていただきたいと思います。

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