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知識を活かすか殺すかは、インプット後の癖で決まる──『独学の技法』著者、山口周が実践解説

知識を活かすか殺すかは、インプット後の癖で決まる──『独学の技法』著者、山口周が実践解説
Photo: 吉田和生

本記事はオンラインメディア「BNL」の許諾を得て、転載しています。

時代が急速に変化するいま、インプットされた情報の多くはあっという間に「知識としての旬」を過ぎてしまう。お飾りの知的武装はもう役に立たない。自分だけの武器になる「したたかな知性」を身につける術を知るべきだ。

山口 周

1970年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ等を経て、組織開発・人材育成を専門とするコーン・フェリー・ヘイグループに参画。現在、同社のシニア・クライアント・パートナー。専門はイノベーション、組織開発、人材/リーダーシップ育成。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?――経営における「アート」と「サイエンス」』『外資系コンサルの知的生産術――プロだけが知る「99の心得」』『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』『天職は寝て待て――新しい転職・就活・キャリア論』『グーグルに勝つ広告モデル――マスメディアは必要か』(岡本一郎名義)(以上、光文社新書)、『外資系コンサルのスライド作成術――図解表現23のテクニック』(東洋経済新報社)『外資系コンサルが教える読書を仕事につなげる技術』(KADOKAWA)など。神奈川県葉山町に在住。

誰もが簡単に情報収集できるようになり、「知る」ことの価値はもう昔ほど高くはない。これからは「大量の知識」よりも「自分だけの知性」が必要になるのではないか。でも、一体どのように学べば身につけることができるのか。

そのヒントとなりそうなのが、BNL Books Vol.6でも紹介した山口周の著書『独学の技法』だ。

山口が今のキャリアを掴んだ背景には、彼自身が独自に構築した「独学の技術体系」の存在がある。マーケティングも経営学も、組織論も心理学も全て、どこかで習うのではなく、独学で身に付けたという。その「独学の技術体系」は、独学を4つのモジュールからなるシステムとして捉えている。

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Image: BNL

通常、「学び」に関する本は、インプットの方法を説いているものが多く見られるが、山口は本書の中で、独学に欠かせないのはインプットした後、得た情報を「抽象化・構造化」し、独自の知識へと変換することだと語る。これが伴って初めてインプットが実のあるものとなり、自分だけの武器にすることができる、と。

ただインプットするだけでは、「もの知り」にはなれても、状況に応じて過去の事例を適応していくような、柔軟な知識の運用はできない。インプットした知識は、生きた知恵にしなければ、本当の意味でビジネスの世界における洞察や示唆にはつながらないからだ。

しかしこの「抽象化・構造化」のプロセスは、本書にも書かれているが慣れていないと少々難しい。そこでさらに詳しく解説してもらうべく、著者本人を訪ねた。

インプットの「抽象化・構造化」とは?

──具体的に教えてください。

たとえば今朝、私はビートルズの『ジ・インナーライト』という曲を聴いていたら気になったことが出てきたので調べていました。その過程でたまたま、彼らの『マジカル・ミステリー・ツアー』というアルバムは、ビートルズの代表作とも言われる前作『サージェントペパーズ・ロンリークラブハーツバンド』というアルバムの録音が終わった4日後に制作が始まったことを知ったんです。

約1年間かけて1日16時間もスタジオに籠もり、完成させた『サージェントペパーズ』。それが出来上がった、たった4日後にまたスタジオに入った。まずこれが、私が得た具体的な情報で一つのファクトです。

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図を描いた方がわかりやすいですね、と取材スタートとともに立ち上がり、ホワイトボードを使って図説をしてくれた。
Photo: 吉田和生

──たまたま知った事実ということですね。

はい。ここで話を変えます。心理学者のディーン・サイモントンは、『Origins of Genius(天才の起源)』という本の中で、「良いアイデアや作品をつくる、唯一分かっている方法があるとすれば、それはたくさん作ることだ」と言っています。

その根拠は、バッハもモーツァルトも、人生の軸と生み出した作品の量の相関をとると、人生におけるマスターピースが生まれる瞬間は「たくさん作品が作られている時」だったということ。さらに音楽家だけでなく、科学者の論文も文学者の作品も同じであることもわかりました。

次に、彼らの作品ひとつ一つのクオリティのばらつきを見ると、作品の数が少ない時期はばらつきが小さく、作品が多いときはばらつきが大きい。これを言い換えれば、作品の数が多いときはSクラス級の作品も一番ダメな作品も生まれる、ということです。

つまり、最初から傑作だけを一つ作ろうとしても生まれないわけで、たくさん作らなければいけない。非常に抽象的ではありますが、これがサイモントンの話から導き出された答えで、命題です。

──ビートルズの話とどうつながるのでしょう?

ポイントはそこです。まず、サイモントンの研究結果から「品質は量に相関する」という「抽象的な命題」を導きました。これが、具体性の高いものを帰納し、抽象化する作業です。事実を元に示唆・洞察を繰り返して、抽象化された命題が導き出される。

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Image: BNL

一方、ビートルズの4日しか休まなかった話も、示唆・洞察を繰り返すことで「品質は量に相関する」というサイモントンの話と結びつくわけです。つまり、命題を導き出したら「この命題は音楽や経済、社会学など他のジャンルでも言えることだろうか?」と考え、他のインプットとくっつける、これが「構造化」です。

「Why?」と「So what?」の繰り返しで知的な武装を

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Image: BNL

──ビジネスにおいてこの命題はどのように活かされるのでしょうか。

議論の時、自分の意見はまず「抽象化された命題」として表現します。例えば「品質の高さは、一つのものにかけた労力より、全体の量に相関すると思います」と。そして、こう主張するとします。

「ですから、今の日本の多くの企業も、イノベーションを起こすために一つのことをやるよりも、たくさんの失敗をしましょう」

すると周囲から返ってくるのは「Why?=なぜそう言えるのか」という質問です。そこで「たとえばディーン・サイモントンの研究によると」とか「ビートルズはこうでした」というファクトをもってして「Why」と戦う。

先にファクトを伝える場合にはだいたい「So what?=だから何?」と訊かれます。そうすると逆に「失敗しても、たくさん作るべきです」と命題の主張に戻ればいい。

人と議論をするときに受ける攻撃は「Why?」と「So what?」の2つです。それに対応し、武装を固めていくためのものとして、具体と抽象を行き来するのです。

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抽象化するプロセスは、言ってみれば「癖」のようなもの。コンサルティング会社では、若手社員がリサーチ結果を報告すると、まずは言われるのが「so what?」。この抽象化を徹底してトレーニングする。
Photo: 吉田和生

「So what?」に対するその回答は、一つずつの事象を元に、抽象化・構造化によって見える部分を大きくし、普遍性を確かめていく。

ある抽象化された命題が正しいかどうかわからなくても、バッハの話、ビートルズの話、アインシュタインの話、というようにつなげていく。さらにその中の一つ、たとえばビートルズが1日16時間スタジオに籠って作業をしたという話からは、「仕事が好きだったのかな」などと示唆が生まれ、「ワークライフブレンド」などの別の命題にくっつくこともある。これを繰り返すことで知識が自分だけのものとして広がる、そんなイメージですね。

ジクソーパズルって、途中から急激にやりやすくなりますよね。それと同じで、ある程度インプットが貯まってくると、加速度的に情報の結びつきが進んで全体像が見えてきたりするわけです。

楽しくなければ「学び」はない

──抽象化・構造化のタネになる情報はどのように探すのが良いのでしょう。

意識的に探すのでも良いし、自然に入ってくることもありますが、人との出会いは非常に大事です。たとえば本を読んで学んでいくというのは、独善に陥る危険を常に伴います。ネットの世界がまさにそうで、島宇宙というか、ある種のバイアスみたいなものに気付けなくなり、結果として右傾化や左傾化といった原理主義に向かってしまうリスクはあると考えています。

でも、人と会って話せば、自分の偏りに気付けます。独善に繋がるリスクを未然に防ぐための、自分の偏りや歪みに気付く契機になるからです。それに、そもそも「人」自体がものすごく効率のよい情報ツールなのですから。

ただし、同じような主義主張の人と凝り固まるのは、民主主義においては非常に危険なことだとも言えます。だからこそ「たまたま出会った人」は、非常に大事な意味をもつと考えています。

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基本的には人に会うのはあまり好きじゃない(笑)。住まいも都内ではないから遠いし、億劫に感じるタイプ。でも、会いたい人がいたらこっちから会いに行く。
Photo: 吉田和生

──人と会う時に「学ぼう」という意識は強く持ちますか?

気にしているとは思います。最近はありがたいことに「会いたい」と言って来てくださる方もいて、そうやって会うと学びに繋がるケースが多い。いろいろな気付きに繋がることもありますし。かといって、そんなときに「たくさん汲み取ってやろう」みたいなことは考えていませんが。

ただ、ラリーというか、学びや刺激の互恵関係はあった方が良いですね。良いラリーができるという場には、自ずと学びがついてくる。楽しさと学びはイコールだと思っています。

──楽しくないところに学びはないと?

そうですね。楽しさは個性です。楽しいと思うことをやっているとそこに個性の資産ができるわけです。でも、今の世の中の人は「これが大事」と言われているものにこだわりすぎているような気がします。そうすると、「その人らしいもの」ができにくくなる。定番のものを知識としてもってはいるけど、結局はそれだけという人も多いと思いませんか? 個性がないのはつまらないし、そこに学びは生まれにくいんじゃないか、そう思っています。


Photo: 吉田和生

Image: BNL

文/志村江

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