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舞台で演じることから学ぶ「共感力」を身に着けるための方法

舞台で演じることから学ぶ「共感力」を身に着けるための方法
Image: Bob Muller / flickr

役者として舞台に立つ経験から、私は多くを学びました。身のこなし方に妙なクセがあり、声も風変わりな私ですが、舞台の上ではそれがまたとない個性になります。また、人前で演じることが自分の殻を破るきっかけになり、「人にどう思われているのだろう」と気に病むこともなくなりました。ありのままの自分を受け入れられるようになったのも、演劇のおかげです。何より、演劇をやってきた最大の成果は、共感力が上がったことです。

多くの人にとって、演技と言えば「決められたせりふを覚え、かっこよく披露するもの」というイメージでしょう。ハリウッド映画などを観ていると、確かにこうしたイメージがある程度当てはまります。でも、実際に演技をする側から言わせてもらうと、演技とは、もっと複雑なプロセスです。まずは、変身という要素があります。そもそも演技は「仕草や言葉によってストーリーを伝える行動」と定義されます。そのためには、自分とは違う人間を演じる技術が必要です。ときには演じる人間に完全になりきることさえあります。演じるには、その人物にふさわしいしゃべり方、身体の動き、思考、感覚を身につけなければなりません。

共感力は、誰でも伸ばすことができるスキルですが、人間性の追求を目的としている演劇は、この能力を身につけるのにうってつけの場です。「自分以外の人を演じるのは楽しそうだ」といった軽い気持ちで始めても、そのうちに、演じている相手の人となりを理解し、その人を行動に駆り立てる動機に思いを馳せるようになります。『ロミオとジュリエット』のロミオや『ハムレット』のハムレット王子といった役柄を掘り下げていくことで、実社会に生きる人たちについても、それまでとは違った視点で見られるようになるのです。

演じるときは、まずはその役柄に共感する必要がありますが、この能力は、日々の生活でも役立ちます。考えてみれば、あなたが暮らす世界のあらゆるところに、さまざまな役柄が存在しますよね。隣人や同僚、上司になったと仮定した時の気分はどうでしょう? ニュースで見る、虐げられた人たちの気持ちとはどのようなものなのでしょうか? あるいは、あなたが毛嫌いしている人だって、家に帰ればたった1人でストレスに悩まされ、明日が来るのを恐れているかもしれません。

このように、フィクションの役柄を長年演じていく中で、私が身につけてきた他人への気遣い(マインドフルネス)は、本当に貴重な財産になっています。「演劇が私の人生を救ってくれた」と思うこともしばしばです。それは言い過ぎだとしても、私の目を開かせてくれる助けになったのは間違いありません。

私が演劇を始めたのは10代のころですが、当時の私は、人間そのものや人の振る舞いについて、全く理解していませんでした。他人をけなしたがる人の気持ちもわかりませんでしたし、貧しい人を見ると「なぜもっと一生懸命働かないのか」と思い、豊かな人は「なぜ富を分け与えないのだろう」と思っていました。人はなぜお互いに傷つけ合うのか、なぜ身体に悪いはずの酒などに逃避するのか、なぜ知っているルールをあえて破るのか、全くわからなかったのです。正直に言えば、当時の私は、人間やその行動を嫌悪していました。けれども演劇を学ぶ中で、私は洞察力理解力を身につけ、自分だって、「なぜこんなことをするのかわからない」と見下げていた人たちとそう変わらないことに思い至ったのです。

共感力を上げるうえで、自省は非常に強力なツールになります。そして演技は、自分の行動を顧みる鏡の役割を果たしてくれます。ある役柄を演じると、ふだんの自分のクセに気づくものです。演じていく中で、役柄の短所に気づき、さらには自分にも同じようなところがあると思い至るかもしれません。自分も社会の中で役柄を演じていることに気づかされるでしょう。さらに、複数の違う役柄を演じる体験を通じて、「客観的な視点」が持つ力を思い知るはずです。ある役柄の視点は、ほかの役柄とは全く同じではありません。これは実生活でも同じです。対照的なシナリオを演じれば、実社会に住む人たちがさまざまな意見や信条を持っていることを身をもって実感しますし、自分が信じるもののために戦う人たちの気持ちもわかるようになるでしょう。演劇を通じて、人にはそれぞれ事情があることを知れば、こうした事情が人の選択や思考過程に与える影響についても理解できるはずです。

登場人物の行く手を阻む運命の容赦ない力は、実社会でも同じように、人々の前に立ちはだかります。以前私が、シェイクスピアの戯曲『から騒ぎ』で悪人のドン・ジョンを演じた時には、悪役の目から舞台を見ることになりました。しかし、この人物について深く知るにつれて、彼が単なる「悪人」以上の存在であることに気づいたのです。主人公の異母弟として生まれたドン・ジョンは、生まれた時からのけ者扱いされているのに、より恵まれた立場にある家族と同じ義務を負っています。多くの意味で、彼が悪意を持つのはやむを得ないことでしょう。この体験から、私は実生活でも、「悪役」とされる人たちを違った視点から見るようになりました。彼らも心の底から邪悪というわけではなく、自分たちを受け入れてくれない環境のせいで、悪の道に進んだのかもしれない、と思うようになったのです。

演劇の重大な役割として、複雑な人の感情や、その行動の謎を解き明かしてくれる効果があります。この2つは、共感力の基礎となる重要な要素です。母親と娘の中身が入れ替わってしまう映画『フォーチュン・クッキー』のような奇跡が起きるなら別ですが、それ以外とすれば演劇は、「人の身になって考える最善の選択肢の1つと言えるでしょう。舞台の上では、金持ちにも、貧乏人にもなれます。人民を抑圧する支配者にも、支配される側にも、さらには殺人者にも、被害者にもなれます。恋に落ちることも、キスの経験さえない人を演じることも可能です。舞台の上では誰にでもなれますし、あらゆるタイプの人間を演じる方法を身につけることができます。これは、誰もが覚えておくべきスキルだと私は思います。

シェイクスピアは戯曲『お気に召すまま』で、「この世は舞台、人はみな役者だ」との名せりふを残しました。「もし自分が別の役を演じていたら?」と考える時間が、私たちにはもっと必要なのではないでしょうか。


Image: Bob Muller / flickr

Patrick Allan - Lifehacker US[原文

訳:長谷 睦/ガリレオ

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