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アートとビジネスは協働できる? 現代アートの学校「MAD」に聞く

アートとビジネスは協働できる? 現代アートの学校「MAD」に聞く
Photo: Ryuichiro Suzuki

ライフハッカー[日本版]学び特集、お次は「現代アート」です。

現代アートとビジネスといえば、水と油のような印象を受ける人も多いのではないでしょうか?

それでも、ビジネスの領域に「デザイン思考」なんて概念が浸透しつつある今、そろそろ改めて、アートについて学ぶ機会があっても良いのではないかと思います。

現代アートとビジネスや人、社会との関わりは? 視覚文化を考えるための場作りを行うNPO団体「AIT(アーツイニシアティヴ トウキョウ)」副デイレクターで、現代アートの学校「MAD」にてプログラム・ディレクターを務めるロジャー・マクドナルドさんと、「AIT」ディレクターで「MAD」講師の塩見有子さんにお話を伺い前後編に分けてお届けします。

前編は、アートとビジネスの関わりについて。

イノベーション創出の手段…なのか?

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左:ロジャー・マクドナルドさん、右:塩見有子さん
Photo: Ryuichiro Suzuki

今回取材に伺った「MAD」の名称は、「Making Art Different =アートを変えよう、違った角度で見てみよう」という意味を込めて名付けたもの。

まだ小さかった日本の現代アート界を盛り上げたいと、海外でアートを学んだ若者たちが2001年にMADを開校し、翌年にNPO団体「AIT」を立ち上げました。ロジャーさんと塩見さんも当初から関わるメンバーです。

90年代のロンドンにいたふたり。ヨーロッパ中心的なアートシーンを肌で感じる状況の一方、日本ではまだまだできることがたくさんあると考えました。

Tate Modernキュレーターによるダミアン・ハーストへのインタビュー
Video: Damien Hirst at Tate Modern/YouTube

ヨーロッパには、少なくともイギリスには、戦前からアートが社会や市場に浸透してきた歴史がありました。特に90年代はイギリスのアートシーンがブームで、ホルマリン漬け作品の「Natural History」シリーズなどで知られるダミアン・ハーストが先頭に立って激しい作品を多く世に出して、日本でいう東スポのようなタブロイド紙の一面を飾ったり。記事の内容は「こんなのが何千万?」なんてものですが、社会の一部として誰もが知る現代アートがあって、市民の議論となるような土壌がありました。

一方、20年前の日本でアートは一部の人のものでした。現代アートを見たいと思っても場所は限られていたし、もちろん大学でも学べない。翻訳される文献も多くありませんでした。(ロジャーさん)

そんな日本で潜在的な現代アートへの関心を確信したのが、2001年に行われた第一回「横浜トリエンナーレ」の開催。100人以上の著名アーティストを招き、約35万人動員、ボランティアも700人以上と成功を収めた「横浜トリエンナーレ」を通じて、アートに興味を持った人たちがずっと関心をもち続けていられる場所、プラットフォームが必要だと強く感じたのだと言います。

そんな「MAD」で学べるのは、アートの歴史や方法論のみではなく、社会や共同体の中でアートが持つ可能性の探り方。受講者は現代アートに関心のある20~60代の社会人が中心です。しかし、学びの目的は、この十数年で大きく変わっているようです。

開校当初はファンとして現代アートを学びたいという受講者が多かったんです。「アート関係の仕事に転職したい」という受講生がいれば、「アート界は薄給だ」「今のステディな仕事を大切にしたほうがいい」と言って全力で止めていました(笑)。

しかし、最近はここで得たことを何らかのかたちで仕事につなげたいという人がほとんど。企業が掲げるイノベーション創出の手段のひとつとして、ビジネスでも声高に求められる背景も大きいと思います。 職種を生かしてアート界に転職できるかもしれない、という可能性が開校当時より増えてきました。(塩見さん)

クリエイティブ・シンキングを身につけたい人はもちろんのこと、ビエンナーレやトリエンナーレなど国際的な展覧会が日本でも行われるようになったり、さまざまな企画展やアートフェアで現代アートにふれる機会が増えたりしたこともあって、多くの人が現代アートに関心を持つきっかけになっています。

企業、実業家がアートに注目する理由

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Photo: Ryuichiro Suzuki

Googleが世界中のオフィスの壁をアートで飾るためにアーティストを招聘するなど、企業とアートのコラボレーションは増えつつあります。「MAD」を運営する「AIT」も、さまざまな企業と提携してプロジェクトを進行しています。

2003年から関わっているのが、メルセデス・ベンツ日本の芸術支援活動「アート・スコープ」。これは、彼らが1991年から始めている先駆的なメセナ事業のひとつで、現代美術を担うアーティストの育成と、日欧の国際交流が目的です。プログラムが変化するタイミングでAITが関わるようになって、一緒にプログラムを考えたりアーティストを選考したり、事務局の運営をしています。

また、マネックスグループとは、2008年から「ART IN THE OFFICE」という取り組みを行っています。これは、作品案を公募して選ばれたアーティストが、本社プレスルームの壁に1年間、新作を展示するというプログラムです。マーケットの「場」を提供する企業がアーティストの作品発表の場をつくり、社員とアーティストが出会う場を意識的につくっています。

隔年で開催されている日産自動車の「日産アートアワード」の運営にも携わり、アワードを通じてグローバルで活躍できる日本人アーティストの後押しを行っています。

一方、近年の現代アート人気を助長していると言えるのが、実業家たちのアート収集のニュース。なかでも、最近何かと話題を集めているのがZOZOTOWN創業者で株式会社スタートトゥデイ代表取締役社長の前澤友作氏です。

現代アートコレクターとして名を馳せ、2016年にジャン=ミシェル・バスキアの作品「Untitled」を約62.4億円で落札して世界的ニュースになりました。また、つい最近は長谷川等伯の「烏鷺図屏風」を自身のコレクションに追加したばかり。

インスタグラムに惜しみなくアップされるコレクションを見るだけでも美術館に行ったような気持ちに。

ほかにも、株式会社スマイルズ代表の遠山正道氏、株式会社ストライプインターナショナル代表取締役社長の石川康晴氏も現代アートコレクターとして有名です。

実業家がアートのパトロンになる理由はどこにあるのでしょうか。

ここ数年、企業がアートに力を入れて社員研修を行ったり、先ほど触れたマネックスグループとの取り組みのような、オフィスに作品を展示したりする“アート・イン・ザ・オフィス”の動きは高まる一方です。CSR的な意味合いもありますし、ブランディングにもアートがひと役買っています。

昔からアートはコミュニケーションツールとしてビジネスやヨーロッパの階級社会では「社交の接着剤」的な役割を果たしてきましたから、実業家がアートをコレクションするというのも不思議ではありませんね。もちろん、アートそのものの魅力や価値を見出しているからこそというのが前提にあってのことですが。(ロジャーさん)

もう一人注目したいコレクターが、精神科医の高橋龍太郎氏。一途に日本の現代アートだけを買い続け、2500点以上にも及ぶ所蔵品の中から、国内外で自身のコレクション展を開催するなどの活動も行っています。

若手がギャラリーで行う個展に足を運び、気に入ればその後もずっと作品を買い続ける、コレクターの鑑と言える人。若い作家の発掘や育成に力を注いでいます。

アートコレクターといえばこの夫婦

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Photo: Ryuichiro Suzuki

さらに視野を広げ、世界の著名なコレクターについて聞いたところ、マクドナルドさんと塩見さんが口を揃えたのが、建築業と保険業で財を成したイーライ&エディス・ブロード夫妻。2015年にロサンゼルスのダウンタウンに個人の美術館「The Broad」をオープンしました。入場料は、なんと無料。

いわゆるビッグネームアーティストのコレクションは数千点。世界中の美術館に惜しみなく作品を貸し出すことから『ブロード・ライブラリー』と例えられることも。フィランソロピストとしても有名で社会貢献にも力を入れています。(塩見さん)

Arts Economicsの2017年の調査によると、世界における美術品市場規模の国別割合は、アメリカが40%でダントツ。続いてイギリス(21%)、中国(20%)、フランス、ドイツとヨーロッパの国々が続き、残念ながら日本は6%の「その他」に分類されています。

こうして見ていくと、世界では現代アートはどのような位置づけなのか、どのように文化として根付いてきたのか、日本の現代アート市場の今後など、知りたいことが湧いてきます。

「アート」的思考はビジネスに役立つ?

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Photo: Ryuichiro Suzuki

気になるのは、アーティストの創作プロセスが我々の仕事にも直接的に活かせるのではないかというところです。

我々もビジネスの世界に活かせることがあるのではないかと思い「デザイン思考」のワークショップをやったこともあります。それ自体は興味深い体験ではあったのですが、ではそれがアートづくりになるかというと違うなと思います。

表現のプロセスを紐解いても、ジャーナリスティックな作家なんかは比較的わかりやすいですが、ピカソみたいな「抽象」の作家を対象にすると、曇りガラスの向こう側のようにわかりにくいことが多いですよね。

アーティストの表現を体系化するのは相当難しくて、美大で学べる訳でもないし、作家ひとりひとりの感情、知識、いろんなものが複合的に形成するものです。

こういった構造はアート界でよく議論されることですが、それらを表面的にマーケティングの世界に持ってきて企画書に落とし込んでしまうと、概念だけを弄ぶものとなってしまいます。 (ロジャーさん)

そう前置きしつつ、キーワードとして「観察力」があるとロジャーさんは続けます。最近ではアーティスティック・リサーチという手法があるように、アーティストが世界をどう捉えているか、その観察力を意識するだけでも、ビジネスの役に立つのではないかということです。

たとえば、人の顔の一部をずっと観察していると、鼻や顎のかたちが変に思えてることってありませんか? ピカソの、特にポスト・キュビズムあたりの作品はその不気味な領域を捉えているなんて批評もされています。ピカソもすごく強く観察を行った結果、その表現方法にたどり着いたともいえます。(ロジャーさん)

観察の一例としては、ヨゼフ・アルバースというアメリカの作家が1930年代に進歩的な芸術学校ブラック・マウンテン・カレッジで教鞭を取っていた際の授業がThe Josef and Anni Albers Foundationの公開する映像の中に残っています。

無声の映像ですが、丸い巨大な円が教室の中央に浮いていて、生徒30名ぐらいがそれが何であるかを確かめようと、円を見ながらその輪郭をなぞったり、その周りを歩きながら、空間との関係を探るようなエクササイズをするんです。

ものを見る視点が変化すると丸のかたちも変化する。「円」だと思っているものの形、色、素材をつぶさに観察することを通じて、自分が何を見ているかに意識を集中させ、その本質を掴み取る演習。そうすると、たとえば「コップだと思っていたものコップじゃなくなる」瞬間がある。(塩見さん)

また、60年代には現在では考えられないような演習が行われていたと言います。たとえば、ロンドンのセントラル・セント・マーチンズでは、入学初日の学生を大量の発泡スチロールが積み上げられたアトリエに閉じ込めて外から施錠、2日間放置とするという試みが行われていました。

2日後にドアを開けると、何らかの作品と生徒たちの関係性が出来上がっていたといいます。

そこまでビジネスの世界でやるかって言ったら…とりあえず2日間やりましょうって言ってみたいですね(笑)。人間は、同じ行為を繰り返すと癖が出て思考が固まる生き物です。それを「やわらげる」「否定する」「壊す」というプロセスが美大での実験の第一段階にある気がします。 (ロジャーさん)

「壊す、ってキーワードですよね。壊したら作りたくなりますもん」 と塩見さん。

社交しつつ、アートの可能性を探る

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Photo: Ryuichiro Suzuki

おふたりに、ビジネスパーソンが「MAD」という学校で学ぶことで得られるものについて聞いてみました。

講師はもちろん、異業種の人たちとのネットワーク。そして「こんな世界があるんだ」という驚きと発見かな。

特に「アート・パートナーズ」という通年講座は「社交」がキーワードのひとつ。アートコレクターの吉野誠一さんが運営する三宿のギャラリー・カフェでおいしいものを食べながらアートについて語り合う機会があったり、現代アートのデジタルプラットフォーム「Artsy」を取り上げて、アート×テクノロジーの可能性も探ります。(塩見さん)

アート・パートナーズ」のクラスでは、先にふれた精神科医でコレクターの高橋龍太郎氏を始め、アートコレクターの吉野誠一氏、森美術館館長の南條史生氏など、豪華な講師陣を迎えたプログラムになっています。

第一回目はすでに終了していますが、次の5月18日(金)の講座から受講することも可能です(通年講座のため、5/18以降は受講不可)。「アート・パートナーズ」のほか忙しいビジネスパーソンでも受けやすい単発のクラスも豊富なので、この機会にアートを味方につけてみてみるのもいいかも知れません。

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ロジャー・マクドナルドさん プログラム・ディレクター

東京に生まれ、イギリスで教育を受ける。学士では、国際政治学。修士では、神秘宗教学、博士号では、『アウトサイダー・アート』(1972年)の執筆者ロジャー・カーディナルに師事し美術史を学ぶ。1998年よりインディペンデント・キュレーターとして活動。「横浜トリエンナーレ2001」アシスタント・キュレーター、第一回「シンガポール・ビエンナーレ 2006」キュレーターを務めたり、2003年より国内外の美術大学にて非常勤講師として教鞭をとるなど幅広く活躍。ハウスミュージアム「フェンバーガーハウス」(長野県佐久市)の館長でもある。

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塩見有子さん AITディレクター

学習院大学法学部政治学科卒業後、イギリスのサザビーズインスティテュートオブアーツにて現代美術ディプロマコースを修了。帰国後、国内外の展覧会やアート・プロジェクトのコーディネート、コーポレートアートのコンサルタント、マネージメントに携わり、2002年、仲間とNPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ(AIT/エイト)を立ち上げ代表に就任。組織のマネージメントや企業による芸術支援プログラムのコンサルティングなどを行う。

Image: 鈴木竜一朗

Source: AIT, MAD, YouTube(1, 2), 横浜トリエンナーレ, アートスコープ, ART IN THE OFFICE, Instagram, The Broad, Arts Economics, The Josef and Anni Albers Foundation, Artsy

大森りえ、岸田祐佳

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